このままではヤバイ

シル様が我が家にやってきて三日が経過した。彼女を狙った殺人未遂事件は、やはりシル様の美しさに勝手に篭絡されてしまった騎士が、ハルトくんとシル様の仲睦まじい様子を見て嫉妬して襲いかかっただけという結論に至った。


「美しいって罪ね」


「シル様、それ冗談になっていませんから」


美女に転生したら命の危険があるらしい。

うちのモブ顔のっぺりヒロインのエレノアですら、刺客が送られてくるのだろうから、シル様ほどの美女ならばそれはそれは大変だろうな。


まあ、エレノアとは襲われる理由が違うけれど。


シル様は三日後に帰国が決まり、明日には王城へ戻ることになった。

帰路の護衛には、再びマティアス様たちが付き従う。来たときと同じく国境まで、約2週間もマティアス様がいなくなってしまうのだ。


「ねぇフォルレット。あなた妊娠しているんだし、マティアス様は置いて行きましょうか?私からレオナルド様に頼めば可能だと思うけれど」


私の妊娠を知って気遣ってくれたシル様が、そんな風に提案してくれた。けれどお仕事はお仕事、私のために業務を選ぶなんてそれはさすがにさせられない。


ありがたいお申し出だが丁重にお断りした。


「2週間くらい耐えてみせますよ。それに、おとなしくしていれば特に何があるっていうわけではないので。余命いくばくもないとかだったら、絶対に行かないでって言っちゃいそうですけれど」


「それもそうね。あ、あなた一人で満足しちゃダメよ?美形の遺伝子は、たくさん残さなきゃ。そうね、マティアス様とあなたの子なら五人は欲しいわね」


「五人!?多すぎやしませんか」


そんなに産めるかな!?子は授かりものだっていうし。


「ほら、なんだっけ。日本で言われていたじゃない?一姫、二太郎、三なすびって」


「シル様、最後なんか人間じゃないの混ざってます!」


正月に見る夢の縁起物が入っていますね!?


「あぁっ、私もハルクライト様の子を産みたい育てたい」


「まず付き合いましょう。結婚しましょう」


「わかっているわよ。どうにかならないかって、猛烈に策を巡らせているから大丈夫」


大丈夫と言い切るシル様がおそろしい。王家の権力やツテをすべて使ってきそう。


「そういえば、ハルトくんのことはうやむやになったんです。お義父様が初孫を喜んで、すっかり気がそっちにいってしまって」


そうなのだ。怒り心頭だったお義父様は、オーガスト家の跡取りが生まれるかもしれないことに意識が向いてしまったので、ハルトくんへの怒りは水面下に収まってしまったらしい。

顔を合わせる勇気はない、とハルトくんは言っていたけれど、マティアス様によれば後は時間が解決してくれるだろうということだった。


『ハルクライトももう成人している。自分が決めた道を進めばいい』


マティアス様は、筋肉の絵を描いていても弟は弟だとすっかり受け入れてくれていた。自分の決めた道を進めばいいだなんて、さすがは私という妻を持っているだけのことはある。心がめちゃくちゃ広い。


――カリカリカリカリ……。


「フォルレット、あなた食べ過ぎじゃない?ずっと何か食べているじゃないの。その豆そんなにおいしいの?」


「ピスタチオです。おいしいというよりも、口さみしくて」


あまり食欲がなかったはずなのに、なぜか今朝から炒った豆や木の実、ドライフルーツなどを食べ続けている。気づけば目の前にあるお皿が空になっていた。


「なんでなくなった……?時空が、歪んだ?」


「歪んでいないから。あんたが食べたから」


シル様に突っ込まれ、私はちょっと反省する。

食べづわりっていうやつなんだろうか、このままではヤバイ。確実にヤバイ。


「私が監視しないとダメかもね~」


「シル様が?どうやってミッドランドから監視するんですか」


転移魔法があるわけじゃない。どう考えても片道10日は遠すぎる。


「ふふふっ、まぁ見てなさい」


「はぁ」


自信満々だな。

空になったお皿に視線を落とし、私はため息をつきつつハーブティーを口にした。



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