どうやら親子関係が微妙らしい

ハルトくんが私たちの邸に戻ってきたのは意外に早く、夜更けすぎだった。


もう遅いからという理由で、私とシル様は早々に部屋に押し込められ、マティアス様が異動についてハルトくんに話をしてくれたらしい。


翌朝、寝不足でもきらきら笑顔でキューティクルが輝いているハルトくんに「おかえり」と言って抱きつくと、「心配かけてすみません」と笑ってくれた。


逮捕されるなんて微塵も心配いらないわけだけれど、やっぱり、ひどい扱いを受けていないだろうかとか、取り調べ官にセクハラされていないだろうかとか、かわいい義弟が心配だった。


夜食までもらって、わりと雑談っぽい取り調べだったと聞いて拍子抜けしたが、何もなくてよかった。


「シル様にも遅くまでお待ちいただき、出迎えまで……ありがとうございました」


柔らかく微笑むハルトくん。シル様は頬を染め、ここぞとばかりに手を握ってうるうる目で見つめていた。かわいいの大渋滞で、私は心臓発作が起きるかと思ったわ。


「今日はゆっくりできるの?」


けれど私がそう尋ねると、彼はゆっくり首を振る。


「寮に戻って着替えたら、すぐにレオナルド様に拝謁して、そこからオーガスト子爵邸へ戻らなくてはいけません。父に異動のことを話さないと」


レオナルド様から話が通っているとはいえ、自分の口で報告するのは当然か。


「お義父様、どんな反応をされるかしら」


はっきり言って、マティアス様よりも忠義と仁義と昔ながらの固定観念でガッチガチな騎士である。最前線の部隊ではなく、諜報部って言ったらあまりいい顔はしないだろうなと私にだって予測できた。


だいたい、私とのお見合いだって私が騎士団長の娘だから二つ返事でOKだったんだと思うんだよね。まじめな人だけれど、社会的な立場とか体裁とかをものすごく重んじる人だから。


万が一、私の趣味が知れたら……


ゾッとする。いや、もうね。絶対にバレてはいけない。もちろん、ハルトくんの趣味も。


「絵のことはどこまで説明するの?」


小声で尋ねると、ハルトくんは遠い目をして今にも倒れそうなほど顔色が悪くなった。


「……絵画鑑賞が趣味で、自分でも描いてみたら、意外に描けたという感じで説明しようかと」


あれは、ちょっと描いたら描けましたっていうレベルじゃないよ!?魂を込めて、美大の入試対策くらい本気で取り組まないと身に着かないデッサン力よ!?


「昨日、父に見せる用の絵をがんばって描きました」


「おお!ダミーね!!」


さすがに筋肉絵を見せるわけにはいかないと思ったハルトくんは、この数時間で素晴らしい似顔絵を描いていた。


「これは私?」


「はい、お義姉様と兄様です」


「家宝にしなくては」


まさかの家族似顔絵!

マティアス様のかっこよさが、線画で見事に描かれている!!


「父に見せた後は、色を付けてこちらに持ってきます」


「ありがとう!!」


ハルトくんはにこりと笑い、出発のために身支度を整える。

シル様は心配そうに見送った。


「お父様と何か揉めたら、わたくしが責任をもって我が国にお迎えしますからねハルト様。亡命は王女直轄部隊が許可して護衛いたします」


亡命って。

家族喧嘩でそこまでする必要はないんじゃないかな!?


シル様は目が本気だったけれど、ハルトくんは冗談だと受け取ってあははと軽く笑った。


「大丈夫ですよ。親子なんで」


そうよね?

お父様も末っ子には優しいんじゃないかな?


「軽く痛めつけられるか、斬られて重傷を負うくらいで済むと思いますよ」


ケガするのは確定かいっ!

マティアス様が渋面なのは、ちょっとその可能性があるなって思っているからなの!?どうなっているんだオーガスト子爵家。


私のお父様騎士団長からも、手を回しましょうか……?」


そっとマティアス様に尋ねると、「いざとなったら頼むかもしれない」と言われてしまった。いざとなったら、の「いざ」ってどんな事態なんだろう。


「無事に戻ってきてね?何があっても私たちはハルトくんの味方よ?


「ありがとうございます。それでは、行ってまいります」


兄弟で馬車に乗りこみ、まずは寮へと向かう二人。

見えなくなるまで手を振って見送ると、急に疲労感に襲われた。


「今日はもう、のんびり絵を描いて過ごしましょうか」


「そうね。フォルレットの同人誌コレクションを見せてもらうわ」


「クオリティはあまり期待しないでくださいね?トーンとかプリンターとかないんで、全部手作りですから」


「ある意味そっちの方がすごいわよ。国宝指定させましょう、レオナルド様に」


この日は一日中、私たちは友情を深め合うのだった。






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