腹黒プリンスによる異動命令
レオナルド様の私室にて、私たちはハルトくんの秘密を取り上げられてしまった。
戻ってきたガーク様は「ごめんね」と苦笑する。
「知っていました。ガーク様が腹黒魔王の四天王だって」
「えー、四天王?よくわからないけれど、それだったらマティアスもその一角に入っちゃうけれどいいの?」
「マティアス様は正義の騎士なんです。勇者のパーティーです」
私が不貞腐れてそう言うと、ガーク様はあははと明るく笑った。
「で、フォルレットはなぜハルクライトの部屋へ?」
レオナルド様が紅茶を飲んでからそう尋ねた。テーブルにはケーキタワーやババロアなどスイーツが並べられていて、取り調べっていう雰囲気ではない。
ただのお茶会である。
シル様は遠慮なくそれをパクパク食べていて、マティアス様はじっと置き物のように動かない。
私は諦めて、事情を説明した。
「ハルトくんは絵が趣味なんですが、それを見られたくなくて……私は偶然秘密を知ってしまい、家宅捜索が行われる前に絵を回収したかったんです」
「絵?」
レオナルド様は、勝手にスケッチブックの中をパラパラと見る。ガーク様も横目でそれを眺めていて、「へー、うまいね」と驚いていた。
さすがはガーク様。
前世、アニ〇イトの店員だけあって(?)オタク対応力が高い。この筋肉イラストを見ても、まったく驚いていないように見える。
「事情は分かったけれど、勝手なことして疑われたら困るよ。怪しくもなんともない君たちに、警備を建て前とはいえつけなきゃいけなくなるじゃないか。人員のムダだよ」
「はい、すみません」
怪しくもなんともない。
レオナルド様は呆れてそう表現した。
「あの」
「なんだい」
「レオナルド様は、その絵について……騎士が絵を描くことについてどう思われます?」
マティアス様によると、多分オーガスト家のお父様は怒るだろうと。
厳格なお父様は、騎士が絵を描く暇があるなら剣を振れというと思うと……。おもいっきり体育会系である。
レオナルド様は優雅な所作でケーキを食べて、しばらく考えてから言った。
「別に何とも。迷惑さえかけなければ、趣味をどうこう言う必要なんてないと思うよ。だって息苦しいと思わない?私生活のことまで上官に監視されるとか」
「ですよね!!」
「だいたい、趣味にまで規制をかけていたら、君はどうなるの?マティアスの銅像とか本とか作ってるって報告が上がっているけれど」
嘘ぉ!!
ガーク様からそんなことまで報告されているの!?
ただ一つだけ訂正させてほしい。
「私が作っているのは、銅像ではなく彫刻です」
「どっちでもいいよ」
あぁ、私の趣味が国のトップに……。
ふらりと倒れ掛かった私を、マティアス様がそっと支えてくれる。
「フォルレット、心配しなくてもこれは私たちだけが知っていることで、騎士団で共有している情報ではない」
「当たり前です……!オタバレが騎士団レベルになるなんて、私は生きていけません」
メンタルをやられた私に、レオナルド様は言った。
「それはまぁどうでもいいとして、エレノアの肖像画を描いてくれれば全部を水に流してもいい。まぁ、こんなしょうもないことを公にしても仕方ないし、ハルクライトには適当な理由をつけて絵を取りに来させるように。バレたくないなら、ここが一番安全だから」
「え。この絵を没収するつもりですか!?」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる?ちょっとハルクライトにもお願いがあるだけだよ」
にこりと微笑んだレオナルド様。これは、間違いなく腹黒スマイルだ。何か企んでいるときの顔!!
じとっとした目で見つめていると、ガーク様が困った顔で補足をくれた。
「レオナルド様は、ハルクライトに諜報部へ異動してもらいたいだけだよ」
「諜報部?」
ガーク様によると、敵国の要人や間者の似顔絵が欲しいらしい。ハルトくんみたいに絵が描ける騎士は他にはおらず、諜報部の人間も得意とはいえないんだそうな。
「つまり、ハルトくんを騎士よりも似顔絵師として使いたいと?」
「ほら、絵が上手い人って芸術的に描くじゃない?そういうのじゃなくて、客観的に事実だけを捕らえた絵が描ける人材が欲しいんだよ。それに彼はよくも悪くも騎士っぽくない。街に紛れ込むのにはいいと思うんだよ。敵に警戒されない雰囲気もいい」
「確かにハルトくんを見ていると癒されてキュンキュンしますもんね」
「キュンキュン……?」
あれ、レオナルド様が小首を傾げている。男同士ならキュンキュンしないのかな。
シル様は猛烈に頷いてくれて、同意を示してくれているのに。
「オーガスト子爵にはこちらから話を通しておくよ。出世コースではないけれど、持ち味は生かせるんじゃないかな」
「わかりました」
レオナルド様が秘密を守ってくれるのは、諜報部として使いたいから。それがわかると信用できる。この人は、利益のためなら必ず動く人だから!使えると思われている以上、むげにはされないだろう。
「ところでシル様はどうしてそんなにハルクライトに肩入れするの?ほぼ初対面だったはずなのに」
「そ、それは……とてもすばらしい方だったのでお役に立ちたいと」
レオナルド様の指摘に、シル様が目を泳がせる。まさか前世の記憶のことは言えず、世界線を越えて惚れていますとも言えず。
だいたい、他国の王族に迂闊なことは言えない。
「フォルレットと随分親しくなったみたいだけれど、襲撃されたことだししばらくおとなしくしてくださいね。滞在も延長です」
「え!本当に!?」
滞在延長。
シル様は瞳を輝かせた。またハルトくんに会えるのが、堪らなく嬉しいという表情だった。
「よかったですね!シル様」
「ええ。……そうですわ!今日からオーガスト伯爵邸に泊まっちゃダメかしら、レオナルド様」
「ええ!?シル様、うちに泊まるんですか!?」
私は思わず声を上げた。
姫様が我が家に、日本人にはわからない感覚だが、VIPの滞在はとんでもない誉れであり、使用人たちが踊り狂うことが予想された。
レオナルド様は「王子がお許しになるなら」とだけ言って、すぐに伝言を持たせた従者を行かせる。後は返事があるのを待つだけである。
「シル様!私のコレクションと同人誌も見てみます?」
「いいの?うれしいわ!!」
「全部マティアス様が出てきますけれど」
「ハルト様のはないのかしら」
「ちょっとだけ」
こうして私たちは、また三人でオーガスト伯爵邸へと戻っていった。
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