モンスターがあらわれた!
シル様は二階の客間で休んでいた。ご本人は平然としていたのだが、姫君が戦うという意識のないオーガスト家の使用人やこの国の騎士からすれば、襲撃を受けて心が傷ついたかわいそうなお方という認識なのだ。
湯につかって私のドレスに袖を通したシル様は、長い髪をゆるく右側で編みこんで愛らしさが倍増していた。
どう見てもさくっと騎士を倒した人には見えない、
私が客間を訪れると、シル様はにこりと微笑んで姫様オーラを放つ。
あ、私の隣にいるマティアス様のせいですね?でも取り繕っている時間がもったいないので、もうここは普通にしてもらおう。
「シル様、けっこうやばい事態なので、マティアス様がいても普通になさってください」
「え、何なの?急ぎ?」
途端に切り替えたシル様を見て、マティアス様がぴくりと反応した。が、さすがはマティアス様、「急に王女の態度が変わったんだけれど~」とか言わない。レオナルド様なら言いそうだけれど、マティアス様は平静を保っていた。
「実は、シル様の推しが苦境に立たされていまして。ハルトくんにはある秘密があるんですが、それが無理やり暴かれようとしてい」「いくわよ。全権力を持ってしてハルクライト様を守るわ」
おぉっ。お話が早いっ!
私の言葉を途中で遮ったシル様は、ドレスの裾を翻して素早く出かける体勢に入った。
「シル様の馬車なら、この邸を出られると思うんです。お城に戻るってことにして、行き先を騎士団の寮にしてもらえます?」
「らじゃっ!」
「すみません、頼りにしてしまって」
廊下に出て、歩きながら事情を説明する。シル様はすたすたと歩きながら、凛々しい表情で言った。
「何を言っているの!?大事な大事なハルクライト様のためでしょう!すなわち私のため!そして推しのためなら全力を尽くすのはファンの務めよ!」
「頼もしい……!」
さすがジモティー!心強い!
私たちはすぐに馬車に乗りこみ、騎士団の寮へと向かった。
寮へは三十分ほどで到着する。
まだ家宅捜索の手は及んでいないらしく(多分、どうでもいいから後回しなのだ)、私たちは難なくハルトくんの部屋に辿り着いた。
マティアス様を見張りとして扉の前に残し、私はシル様と共に部屋へと足を踏み入れる。
「これがハルクライト様のお部屋」
「あ、シル様。ベッドに寝ころぶくらいなら許してくれると思いますよってもう寝てる!」
半分開けているのは、妄想のためね?ダメよ、本人不在でそんなエアーを楽しんでは。
私はシル様に呆れつつも、ハルトくんの使っている机まわりにあったスケッチブックや画材など一式を袋に詰める。
引き出しの中やクローゼットの中、ベッドの下もチェックして。それらしき紙や画板はすべて回収しておく。
ものの五分ほどで私の仕事は完了し、ついでにシル様も回収して部屋を出る。
「お待たせいたしました」
「もう終わったのか?それが荷物?」
「はい」
マティアス様は私の手から荷物をスッと引き取り、さりげなく持ってくれた。いちいち惚れさせるのやめてほしい。心臓が止まりそう。好き。
しかしキュンとしていられるのは、一瞬だった。
「これは中身を見ても?」
「…………」
私が許可できるものではないので、つい沈黙してしまう。
「えーっと、ハルトくんが戻ってきたら一緒に見るってことでどうでしょうか?」
「わかった」
ほっと胸をなでおろすと、シル様が感心したように言った。
「できた男ね。あなた、うちの騎士にならない?」
こら。勧誘しないで。
「騎士がご入用とは思えませんが」
おおっと、マティアス様なりのジョークですね?!
シル様はくすりと笑った。
「ええ、特に不自由はしていないわ。けれどあなたがうちに来てくれれば、フォルレットがついて来るでしょう?私、この子がとってもとっても気に入ったの。ぜひ自国に連れて帰りたいくらい。だからどうかなと思ったのよ」
友情は国境を越えた。世界線を越えたんだから当然ともいえる。
「私はレオナルド様の騎士です。おそばを離れるつもりはありません」
「残念だわ」
シル様はもちろん知っている。マティアス様が命を投げ出しまくるほどの忠臣だということを。ゲームシナリオとは色々と変わっているけれど、そこは変わっていない。
「フォルレットのことは、いずれシル様の元を訪問するときに連れて行きましょう。もちろん、あなた様がこちらに来られるときには、共に過ごす予定を組むように城の者に伝えておきます」
「助かるわ。よろしくね」
シル様は伏し目がちに、頬を染めて言った。「ハルクライト様も、ぜひ」と。
か、かわいい。
かわいすぎる。
さっきまで推しのベッドに寝転がっていた変態とは思えない。
ギャップ萌えって、ハルトくん好きかしら?
あああ、今すぐシル様とハルトくんを会わせてあげたい。
でも今日は帰ってこないだろうなぁ。
仮にも王女様が襲われた現場に居合わせたんだから。
荷物を持って寮を出た私たち。後は馬車に乗りこみ、オーガスト邸に戻るだけだった。
そう、それだけだった。
なのに……
「やぁ!おもしろそうなことをやっているって聞いて来ちゃったよ」
軽快な声と無駄にキラキラしい笑顔。
赤銀髪の髪がふわりと風に揺れる。
私の頭の中では、ドラ〇エで敵が現れたときの音楽が鳴り響く。
たたかう
逃げる
アイテム
はい、どれもできませんっ!!!
もうこれ絶対にガーク様が報告したよね!?信用してたのにぃぃぃ!!でも仕方ないか、彼もこの腹黒プリンスの手下だもんね。
レオナルド様によって、私たちはお城の客間へと連行されるのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます