事態は思ったより深刻だった


事件発生からわずか5分後。

我が家にはたくさんの騎士がやってきて、シル様を狙った暗殺事件はこれからより詳しく調べられることになった。


とはいえ、兄王子様には心当たりがあるようで「シルはよく勘違いした男に狙われるんだ」とあっけらかんとしていた。


シル様はもれなく己で撃退できるだけの力があるので、襲撃されても「毎度のこと」と受け流しているらしい。

なんていうか、我が国とは認識の違いがすごい。


ハルトくんは念のため容疑者との関わりがないか聴取されるというが、形式的なものだろうとガーク様は笑っていた。


マティアス様も騎士らと一緒に邸に帰ってきて、すぐに私を抱きしめてくれた。

それを見た同僚たちの顔が……魔物に遭遇したみたいだった。


『うわ、隊長って本当に奥様のこと好きだったんだ』


『人間らしいところがあったんだなぁ』


マティアス様は普段どんな感じでお仕事に励んでいるのだろうか。めちゃくちゃ優しくて素敵だから、神様的ポジションであり人間ではないと思っていたってことかな??それなら納得できる、と私は一人で都合のいい解釈をした。


「君が無事でよかった。シル様は武勇に優れているが、君が人質にでも取られたらと思うと……」


「心配かけてすみません。でも平気ですよ」


はい、覗き見していただけで、しかも隣にはチャラ男王太子がいましたからね?王太子の護衛もこっそりついてきていたから、一番安全な場所にいました。


マティアス様は私の髪を撫で、そして騎士と話しているハルトくんの方を見た。


「ハルクライトに嫌疑はかかっていない。取り調べや家宅捜索は形式的に行われるが、何も出ないだろうしな」


「そうですか……」


このとき、私の心に何かがひっかかった。



か、家宅捜索???



んんん???



おそろしい言葉を聞いた気がして、ハルトくんをじっと見つめる。


そして、今おそらく同じことを聞いたであろう彼が、顔を真っ青にしてガクガクと小刻みにこちらを振り向いた。



だめ。



家宅捜索、絶対にだめ!



((あれがバレる……!!!!))



騎士の裸体をスケッチしたあれが見つかってしまう!!

え、待って。私もガーク様に彫刻を見つかったときはかなり焦ったけれど、ハルトくんの場合は公的にあんなものが見つかってしまうというわけで。


ひぃぃぃぃぃ!!


「どうした?ハルクライト」


話していた騎士が、ハルトくんの顔色の悪さを心配している。


「あぁ、見られたら困るものでも部屋にあるのか。心配するな、男は皆通る道だから見なかったことにしてやる」


待て。

皆が筋肉イラストを描いているわけないだろう!エロ本が見つかるのとはわけが違う!!


男は皆通る道って、絵も描いたことのなさそうな人が……!

オタク業が皆が通る道だったら、こっちはこんなに苦労して隠してないから!


震えるばかりのハルトくん。


(ど、どうしましょう!?義姉上……!!)


あぁ、かわいい弟のピンチ。

社会的生命がかかっているピンチ!!


私はマティアスの蔭から、そっと右手を前に出し、親指をたてて目で訴えかけた。


(任せて!私が絵を回収してくるわ!!)


(ねぇさまー!!)


そうと決まれば、今は邸の中にいるシル様に声をかけて、権力を使って先回りすべし!!


私は上体をふらりと倒し、マティアス様にもたれかかった。


「あぁ、急に目眩が」


「フォルレット?」


「シル様のことが心配で目眩がします!」


無理やりな理由だが、見た目だけはか弱い私の訴えを退ける騎士はいない。

マティアス様の部下が、「奥様を早くお部屋へ!」と言って道を開けてくれた。


「それではわたくしはこれで……きゃぁ!」


身体がふわりと浮き上がり、がっちりとマティアス様にホールドされている。


「目眩がするのだろう?」


にこりと笑ったその顔に、ズギュンとときめいている場合ではない。


「何をするつもりか知らないが、一人で向かわせるとでも?」


あ、バレている。

マティアス様は騙されてくれなかった。さすが私の夫!


って感動している場合じゃない。


親兄弟にだって知られたくない秘密はある。

絶対的にある。

そして、それは秘匿されるべきだと個人的には思う。


家族だからって何でもかんでも共有していいとは、私は思わない。ええ、断固としてそう思う。

けれど、私がマティアス様の目を盗んでハルトくんの寮まで行き、そして忍び込んでスケッチブックなどを持って帰ってくるのは不可能だ。


協力を仰ぐしかない。


(ごめん、ハルトくん!)


私という妻がいるから、マティアス様のオタク寛容度は高いと思うのよね……!

きっと筋肉の絵を描いていても、白い目で見るようなお兄さんじゃないはず。


覚悟を決めた私は、お姫様抱っこのまま胸にそっと寄り添って言った。


「世界平和のためにどうしても聞いてもらいたいお願いがあるんですが、聞いてくれます?」

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