ヒーローとヒロインは表裏一体

シル様とハルトくんは、やや緊張気味にうちの庭を歩いている。


「本当にお似合いね……!」


水色の髪がふわりふわりと風に舞い、うっとりした表情でハルトくんを見つめるシル様は、この世のかわいいを集めましたっていうくらいにきれい可愛い。


そして優しい眼差しでシル様を見つめ返し、なにかを一生懸命に話すハルトくんもとってもかわいい。


クスクスと控えめに笑い合う二人は、まるで初々しい恋人同士みたいだった。


「シル様……!お幸せそうでよかった!!」


私の胸の高さまであるバラの垣根は、こっそりついていくのにぴったり。


反対側には、ガーク様たち護衛の姿もあり、見学者が異様に多いデートになっているけれど、二人は二人の世界に浸っていた。


王太子のガジェ様も中腰になり、私の隣で二人を観察している。


「へぇ、シルの好みはあぁいうタイプだったのか。どうりで将軍たちや近衛に興味を示さないと」


ガジェ様によれば、シル様にはこれまで縁談の話がいくつもあったらしい。

けれど、本人があまり乗り気でなかったという。


「うちは無理に結婚しろと言わない家系でね」


ほぉ、王家なのにそれはめずらしい。


「だって歴代の王子や王女は、自分から勝手に惚れた相手を見つけてきて、その者たちと結ばれたから」


あ、そっち!?

縁談が来る前に、恋しちゃうのね!?


さすがは恋の国。

王族であっても、恋はするのか。


「シルが望むなら、彼を我が国に連れ帰って騎士にするのもありかな」


「えっ」


ガジェ様はにこにこ笑ってそう言うけれど、この世界では日本人が海外に住むみたいな感覚で簡単に移住できないはず。


家との繋がりは切れてしまうだろうし、新しい土地で新しい暮らしは相当大変だろうし、私は心配になってしまう。


そんな私に気づき、ガジェ様はふっと柔らかな笑みをくれた。


「可能性の話だよ!弟思いなんだね、フォルレットは」


ガジェ様は断りもなく私の肩を抱き、もう片方の手で頬を優しくなぞる。



ぞわっとした!



マティアス様からなら、キュン!で、はうっ!だけれど、好きでもない人からこんなことされてもまったくときめかない。


私は即座に距離を置き、ガジェ様を睨んだ。


「あぁ、君は恥ずかしがり屋さんだったね。ごめんね」


恥ずかしがり屋さんではありません。

一般的な貞操観念を持つ人妻です。


ガジェ様はニコニコして、もう触らないと言う意思表示なのか両手を上げる。


「くだらないことやってないで、二人を追いますよ!」


私はくるりと背を向け、ひまわりの鉢植えを持ちながら移動する。


「今やってることが大概くだらないのだから、別にいいじゃないか」


「見守りは大事なんです!くだらなくないです!萌えの発生源を見逃してはいけないんです!」


「萌え……?それ、シルも言ってたな。なんか楽しいことなんだっていうのはわかる」


ジモティーとしては、シル様の願いを叶えたい。そしてそれを生で見たい。


終始穏やかな雰囲気でお散歩は続き、私たちの尾行は続いた。




ところが事態は急変する。



二人がお散歩をしはじめて、三十分くらい経ったとき、邸の外で何か騒ぎが起こった。


何かあったのか、と気を取られたその直後、ミッドランド側が連れてきた護衛騎士の一人が突然シル様に向かって襲いかかろうとする。


「きゃぁぁぁ!シル様っ!!」


私は悲鳴を上げることしかできなかった。

ガジェ様は警戒して剣を抜き、私の前に立つ。その身のこなしは軽やかで、チャラ男の雰囲気は消えていた。


ーーキィィン!!


騎士の剣は、ハルトくんによって弾かれる。

そしてすぐさま、落ちた剣を拾ったシル様が男の喉元に切っ先を突きつけた。


その間、0.2秒ほど。(私の目測)


シル様、めっちゃかっこいいいい!


あ、でも王女様なんだから、ハルトくんの背に隠れた方がよかったのでは。


シル様自身も、騎士に剣を突きつけながら「ん?」と気づいたようだった。


女子力より騎士力。


ハルトくんは驚き、目を丸くしている。

多分、彼が剣を抜いて応戦したのは反射的なもの。シル様が敵に剣を突きつけたのは、明らかにねじ伏せてやるという戦意のこもった一撃だった。


えーっと、なんていうかシル様がハルトくんを助けたみたいな雰囲気が出来上がっていて、ピチチチという鳥の鳴き声だけが宙を舞う。


シル様に集まる視線。

ガーク様だけはそっと歩み寄り、シル様の前から男を回収して殴って気を失わせ、すかさずシル様の握っていた剣も回収した。


できる。ガーク様は、できる。

マイペースな仕事人だわ。


けれど、何もなかったことにはできないわけで。


「おほほほほほほ、ミッドランドでは女性も強くたくましくが基本ですの」


シル様は引きつった笑みをハルトくんに向ける。


「そ、そうなんですか」


二人の間に微妙な空気が流れた。

ハルトくんは、ただただ驚いている。


私はガジェ様の背に庇われたまま、この場をどうしたものかと眺めていた。

ガジェ様は妹が襲われたことに意外性はないのか、剣を収めるとテキパキと護衛たちに指示を出す。


犯人は捕縛され、ずるずると引きずられていった。ガーク様はハルトくんとシル様を連れて邸の中へ戻り、私も一緒に部屋で待機することになった。


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