恋の国はフリーダム?

突如として現れたガジェット様。


使用人は混乱していたけれど、料理人たちは「隣国の王太子様をおもてなしする機会は、一生に一度の誉れ!」とやたらと気合が入っていた。


もちろん、今日はシル様をおもてなしするとあってうちの料理人だけでなく王城の料理人も借りてきている。

毒見や衛生面の心配はいらない。


「とにかく、ガジェット様が急に来ちゃったことをマティアス様にお知らせしないと」


家令に目配せすると、彼は頷いてすぐに邸の奥へと向かった。すぐに手紙を書いて、伝令係に持たせてくれると思うから安心だ。


私たちはゲストと共に、庭園をのぞめるサロンへと移動する。

ガーデンパーティーっぽくしてみたのだ。


我が家には、冬でも赤や黄色などの美しい花々が咲いている。これは、妻は花が好きだと思ったマティアス様の指示で作られた庭。


私は、花を背景に背負ったマティアス様を見るのが好きなのだ。うん、彼の解釈は間違ってはいない。


「まぁ!素敵なお庭ね」


うふふふふと王女様の仮面をかぶったシル様が、それこそ花よりも美しい微笑みでこちらを振り向く。

その姿を見たハルトくんは、シル様のかわいさにキュンときたような感じがわかった。


何も言わないけれど、私にはオーラでわかる。

かわいい義弟のことは観察しまくっているから、雰囲気やオーラで感情が読み取れるようになっているのだ。


こ、これはいい感じ!?

シル様はシル様で、ハルトくんをちらちら見ては胸を両手で押さえて悶える。


「ふぐっ……!おえっ」


あ、キュンが詰まって乙女がどっかいっちゃった。

私はそっと背後に寄り添い、その背をさする。


シル様はものすごいしかめっ面で訴えかけてきた。


「ちょっと……!何、あの神々しいまでの清廉なお姿は……!あああ、心が洗われるー!溶けるー!」


「その流れでいくと、シル様がめっちゃ穢れてることになりますよ?浄化されていますよ?」


「恋する乙女は穢れてるのよ!!私はこの短時間で、彼と両想いになって結婚して出産して、年老いて一緒に旅行するところまで想像したわ」


「早っ!人生駆け抜けすぎっ!」


目が怖いです。

ギラギラしていますよ、シル様。


ガジェット様やみんなが不思議そうに見ているので、私はとにかくシル様を宥めてテーブルにつかせた。


ハルトくんは残念ながら私のそばに立って控えている。

親族だからぜひご一緒しましょう、と誘ったのだが王太子様の乱入によってそれができなくなった。


シル様だけだったらどうにでもなったんだけれど、さすがに王太子様がいらっしゃるテーブルに一介の騎士で嫡男でもないハルトくんが一緒に座ることはできない。


本当に邪魔してくれたな!!


シル様も私と同じ怒りを抱いている、というか私の数万倍は怒っているので、私たちは二人してガジェット様に敵意を燃やすが彼はニコニコと笑っていて何も気づいていない。


王太子のスルースキル、陽キャのパワーを思い知った。


あぁ、でもここで苛々しても仕方がない。

私には、隣国からのゲストをおもてなしするという重大な任務がある。


差し障りない会話をして、料理人自慢のスイーツとお茶を振舞った。


ガジェット様は、普通のご令嬢なら見惚れるか倒れるかしそうなほどの甘い笑みを浮かべて私を見つめる。


「花もいいが、君はいつまで眺めていても飽きないね。澄みきった湖のように清廉で、心が洗われるようだよ」


「あ、そのくだりもうやりました」


「ん?」


しまった。さっきのシル様とのやりとりを持ち出して、遠慮なく突っ込んでしまった。相手は王太子なのに、ガジェット様にはレオナルド様にはないフランクさがあって、ついつい距離が縮まってしまう気がする。


これは危険。

あまり親しくすると、マティアス様が妬いてしまう。彼はとにかく一途で潔癖な人なのだ。妻を愛するあまり、夜会でも自分以外の男と躍らせないという徹底ぶりだ。


推しに妬いてもらえるなんて、私は出世したものだわ……!!


「何でもございません……そのようにおっしゃっていただけて光栄ですわ」


おほほほ、と笑ってごまかすと、ガジェット様は笑みを深めた。


「ねぇ、フォルレット。私の側妃になる気はないかい?君ならいつでも大歓迎だよ」


「ご冗談を」


冗談とも本気とも取れる甘い声音を出した王太子に、護衛や使用人が全員空気を変える。

ガジェット様の侍従は、主人を制する準備に入っているのがわかる。できる、彼はできる男だ!


「冗談だと思うのかい?つれないなぁ」


クスッと笑って私の手を取ろうとしたガジェット様だったが、あいにくマティアス様以外との接触は絶対にお断りなので私はさっとよけた。


「冗談にしておいてくださいませ。私は生涯でたった一人しか愛せませんので」


にっこりと微笑んだ私を見て、ガジェット様は目をすがめた。

そして一言だけ、「残念だ」と述べて速やかに引いてくれる。どうやら無理強いするタイプではないらしい。


そんなやりとりを見たシル様は、めずらしいものを見たとでもいうように目を丸くする。


「お兄様、今日は諦めるのが早いですね」


いつもはもっとしつこいんだろうか。


「ふっ、空気は読む。それに私は、抱かせてくれない女性は追わない主義なんだ」


露骨に身体目当て!

さすがはモテモテ王太子、楽しく恋愛できるかどうかわかるってことか。遊んでるのはどうかと思うけれど、しつこいよりはマシかな。


あぁ、こんなどうでもいいことをしている場合じゃない。

シル様とハルトくんの交流を進めなければ……!


私はパンッと手を叩き、さも今思いついたかのようにしゃべりだす。


「そういえばシル様!我が家の庭はこの奥のバラ園が見どころなんです!ぜひご案内を……と思いましたが、私はちょっと足を捻ってしまいまして歩けそうにないので、代わりにこちらにいるハルクライトがご案内いたしますわ!!」


完璧な作戦だ!

エスコートしながらバラ園を案内して、親睦を深めてもらおう。わざとらしいがこの作戦で二人きりにしようと思ったのだ。


が、シル様はなぜか狼狽えている。


「フォルレット!?大丈夫なの!?あなたここまで普通に歩いてきたのに、いつの間に足を捻ったっていうの!?」


ひぃぃぃぃ!!

私の嘘を真に受けているー!!


足なんて捻るわけないだろう!テーブルについてお茶していただけで足捻るとかありえないから!


こらっ、ハルトくんまで「え?いつ捻ったの?」っていう顔しない!

そこは何か重要な国家機密があるんだろうな、くらいの配慮ができないの!?


「シル様~?バラお好きですよね~?とっても好きですよね~?」


「いいえ?普通よ」


伝わっていないー!

そこは大好きって言うところでしょーよー!!


私は顔が歪みそうになるのを必死でこらえ、ハルトくんにエスコートを促した。


「ほらっ!いきなさい!二人で永遠に散歩してきなさいっ!」


「は、はい」


混乱しつつも、ハルトくんはシル様に近づいてスッと手を差し出した。


「ハッ、ハルクライト様……!!」


ようやく意味がわかったようで、シル様は私とハルトくんの顔を交互に見ると顔を真っ赤に染めた。美女の照れた顔、ごちそうさまです。


二人は初々しい感じが満載で、つい私は頬が緩む。


「で、ではお兄様。しばらく私はお散歩しますから、フォルレットに無茶言わないでくださいませね?」


「あぁ、いっておいで」


ガジェット様は、妹の異変に特に突っ込まずに手を振った。

紅茶を飲む姿は優雅で美しい。


私も二人に手を振ってその背を見送り、ようやく一仕事終えた感じになる。

数人の護衛がさりげなく移動し、つかず離れずの距離で二人を追う。


あぁっ、いいな~。

私も追いかけて二人の様子を見たいな~。


でもさすがにガジェット様は放置してそんなことはできない。


諦めて紅茶のカップに指をかけ、コクリと一口飲んだ。


すると、じっと私を見ていたガジェット様が静かに立ち上がる。


「ねぇ、あの二人どうするか見に行こうよ」


「えっ?」


驚いて目を瞠ると、ガジェット様を私に向かって手を差し出した。


「だってシルと彼を二人きりにしたかったんでしょ?どうなるのか見届けたいよね~」


「え、え、え?あの」


「ほら!行こう行こう!」


ガジェット様は私の手を強制的につかむと、すぐに歩き出した。


やばい。

シル様とハルトくんをくっつけようとしているのがバレた!?

これって兄王子的にはどうなんだろう!?


右手をガジェット様に捕まれ、左手でスカートの裾を持った私は恐る恐る彼の顔を見る。


「……楽しんでいらっしゃる?」


口元はどう見ても笑みを浮かべているし、目はとてもキラキラしていてワクワク感でいっぱいだった。


え、いいの?

恋の国だから……王女でも恋は自由なの?


私はガジェット様に連れられて、二人の後を追った。

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