人には誰しも秘密がある

シル様と茶会の約束をした翌日、私はさっそくハルトくんを誘いに騎士団の寮へとやってきた。


ハルトくんは王都にあるオーガスト家の邸には住まず、独身寮で生活している。ここから学校も城も近いので、便利がいいからだ。(オーガスト家は学校から遠い)


私は侍女のシアと一緒に寮に入り、受付を済ませて三階にあるハルトくんの部屋へと向かう。


彼の部屋は三人部屋。けれど、新人が入ってくる春までは一人部屋だそうだ。


重たいドレスの裾を持ち上げて木の階段を上ると、日当たりのいい廊下の端っこにその部屋はあった。ハルクライト・オーガストというネームプレートを確認してから、扉をノックする。


――コンコン。


「「……………………」」


――コンコン。


「「……………………」」


返事がない。


「まだ学校から戻っていないのかしら」


「いえ、今朝ご連絡したときには『午前中には戻っているので、大丈夫です』とお返事がございましたが」


シアも私も首を傾げて目を合わせる。


「まさか、過労で倒れている!?」


「そんなっ!」


そういえば、試験と訓練の両立は大変だって言ってたような!

私は不安に駆られ、一応そっとドアノブを掴んで押してみた。


――ギィ……。


何とも不穏な音がする。

古い蝶番が動く鈍い音がして、扉はゆっくりと開いた。


「ハルト様……?」


扉を開けると、ダークブラウンのフローリングに同色のベッドやテーブルがあった。

そこは無人で、私たちは扉を閉めて奥へを向かう。


すると、奥の壁際にある書机でハルトくんが突っ伏して眠っているのが見えた。何かしながら寝てしまったらしい。


私はほっとして、彼の背後に近づいていく。


「お茶をご準備いたしますね」


「ええ、お願い」


シアは手にしていたバスケットから、パウンドケーキやチョコレート、茶葉を取り出して簡易キッチンでそれを広げる。


「ハルト様、お義姉様ねえさまが来ましたよ~」


美形の寝顔を見てやろう、そう思った私は彼の肩にそっと手を置いて、すやすや眠る顔を見た。

まつ毛が長く、透き通るような肌が堪らない。さらりと流れる茶色い髪がこれまだキレイ。


あぁ、神様ありがとう!


「ふふっ、起きないとお菓子をあげませんよ~」


十七歳にかける言葉ではないけれど、ついついそんなことを言ってしまった。


しかし、何気なく彼の机の上を見たときに私は驚愕で目を見開く。


「っ!?」


机の上にはたくさんの紙があった。

少し黄みがかった手触りのいいこの紙は、私もよく購入して絵を描く紙だ。真っ白のものは表面の滑りが良すぎて、絵の具やインクが流れて乾きにくいからなのだが……今は紙の質はどうでもいい。


そこに描かれていた絵に、私の目は釘付けになる。


「こっ、これは……?」


屈強な男性たちの上半身裸の絵がたくさん描かれていた。首の後ろや肩、腕、足などパーツ別の絵もあり、様々な角度から丁寧に描かれているではないか。


え、まさかハルトくんって男が好きなの?

いやいやいや、シル様のゲームの攻略対象なのよね?


いくら私がマティアス様を生かしてシナリオを変えたからと言って、弟の性癖が変わるわけではないはず……!?


一体どういうこと!?


ドキドキしながらずっと絵を見つめていると、この絵を描いたであろうハルトくんがむくっと頭を起こした。


「ハ、ハルトくん!?」


声が上ずる。

まだ意識が完全に覚醒していないハルトくんは、目をこすって顔を顰めた。


「フォルレット義姉様ねえさま?」


「ご、ごめんなさい勝手に入って。お返事がなかったから、死んでたらどうしようかと」


何せ、絶対的早逝キャラの弟さんだからね!

すぐ死ぬ家系かと思って心配になったのよ。


あはは、と笑ってごまかす私。けれど目線は絵から離れない。


「ん……?お義姉様ねえさま、どうしたんですか……ってわぁぁぁぁぁぁ!!!!」


私の視線に気づいたハルトくんは慌てて机の上の絵を掻き抱いた。が、両腕で引き寄せようとも絵が多くてとてもすべてを隠せない。


ってゆーか、もう全部見ちゃったし。


「ハルトくん!落ち着いて!大丈夫よ!」


私は愛に偏見を持たない姉よ!

BLだってたしなみ程度には目を通すし、夫大好きギルト会員のレオリー様のご要望で、イザルド×ガークの同人誌も描いているからね!


シル様には申し訳ないけれど、かわいいハルトくんがBLに転向するのであれば応援しようじゃないの。


私はニヤニヤしながらハルトくんの肩に手を置き、ポンポンと宥める。


いいの……!いいのよ……!

美形のBLは大賛成よ……!


しかしハルトくんは、半眼で私を見て否定した。


「違いますからね?」


「いいえ、違わない。誰を愛するかは自由よ」


「そうじゃなくって」


ん?なんだろう、この意思疎通できていない感じは。

首を傾げて彼を見つめると、観念したように項垂れた。


「私はその……人の肉体が好きと言いますか……」


「肉体?」


「鍛え上げられた身体が好きなんです」


俯いて真っ赤になっているハルトくんがかわいすぎる。

私はあなたが好きー!生き物として好きー!


「えーっと、それはその、男性が好きというのではなくて」


「身体が好きなんです」


「純粋に身体目当てってことかしら」


「すごく不純に聞こえますが、端的に言えばそうですね。男と恋愛したいわけではなく、骨や筋肉といった造形への愛を絵にしているんです……」


「愛」


「はい」


このこと、マティアス様はご存知かしら……?


ハルトくんを見ていると、誰にもカミングアウトしていないような気がする。


私だって、夫に全部知られているって気づいていない時代は、オタバレしないようにがんばって隠していたもんなぁ。


「詳しく聞かせてくれる?」


「……はい」


部屋にふわりと漂うオレンジティーの香り。


ハルトくんは、気まずい雰囲気のままに席を立った。

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