腹黒リターンズ

パーティー当日。

淡い水色のドレスをまとった私は、マティアス様と一緒にお城にやってきていた。

やたらとキラキラ輝く真珠のネックレスとイヤリングは、結婚祝いにお母様からもらったものだ。


マティアス様の光沢ある紺色のジャケットと私のドレスはデザインを合わせて作られていて、どこからどう見ても仲良し夫婦に見えるはず。(実際、ものすごく仲良しですけどね!)


このまま二人でどこかに行きたい、何度そう思ったことか。

かっこいい夫を他の人に見せたくないという、私の独占欲がすごい。


「フォルレット、そんなに見つめられては穴が開くかもしれない」


「えっ!?」


はい、歩くときはまっすぐ前を見て歩きましょう!

隣の夫を見すぎるとクレームが入りますよ!!

優しい笑みを浮かべたマティアス様は、前を歩く近衛がこちらを見ていないことをいいことに、私の頭にそっとキスをしてくれた。


「ふぐっ……!」


推しが今日も甘い。

十二日会えなかったことで、その分を取り戻そうとするのは私も彼も同じだった。邸にいる間は片時も離れずイチャイチャしている。

おかげでここ数日はアトリエに篭る暇もない。


弟のハルクライトくんがちょっと顔を出したときも、あまりにイチャイチャしているのでさっさと帰ってしまった。珍獣でも見るかのような目で兄を見ていた、あの表情が忘れられない……。



私たちが近衛騎士の方々に案内されてやってきたのは、貴賓室である。

レオナルド様直々のご指名で、なぜか隣国からのお客様をご案内するという大役を仰せつかってしまったのだ。


お客様とは、隣国ミッドランドの王太子様と王女様のご兄妹きょうだい。帝国に対抗するための友好国として、長年親交があるらしい。


帝国が内側から崩壊してくれたことで、ミッドランドはちょっと国土が広がったとは聞いていた。とても陽気な国民性で、王族も例外ではないという。


「オーガスト伯爵夫妻のご到着です」


私たちは本日、ミッドランドの王族兄妹のそばに張り付き、護衛兼世話係をすることになっている。もちろん私は世話係のみだ。だって戦えないからね!


貴賓室に入ると、そこにはレオナルド様とエレノアがゲストと談笑していた。

こうして見るとエレノアもしっかり王子の婚約者をしているような。成長したのね、と心の中で褒めていると、私を見つけた途端にエレノアが飛びついてきた。


「フォルレット様ぁぁぁ!!」


「っ!?」


思わず怯んで一歩足を引くと、マティアス様が私たちの間にスッと身体を入れてエレノアを防いでくれた。


「これはエレノア様、お久しぶりでございます」


「そんな他人行儀な言い方しないでください~!会いたかったですー!!」


私とマティアス様が揃って礼をすると、エレノアの情けない声が響いた。レオナルド様がすぐに駆けつけて、この無礼な婚約者の腰に手を回して捕獲する。


もう二度と離すな。檻にでも入れてしまえ!

腹黒の癖に監禁もできないのか、と私は冷めた目で自国の王子を見る。


「やぁ!よく来てくれたね。ミッドランドの王族を紹介するよ」


エレノアのことをさらっとなかったことにしたレオナルド様は、相変わらず美しい。赤銀髪の髪を一つに結んだ姿は、どこからどう見ても麗しい王子様だった。


ミッドランドの王族がレオナルド様の腹黒をどこまで知っているかわからないので、迂闊なことは言えないなと気を引き締める私。


「こちらが第一王子であり王太子のガジェスタ様」


「ようこそお越しくださいました」


おおっ!黒髪・黒目に浅黒い肌の逞しい系イケメンだ!二十五歳だというが、年相応の快活さと明るさを感じさせる。


「堅苦しい挨拶は苦手だ。気軽に接してくれ」


そんな無茶な、と突っ込む暇もなく、ガジェスタ様は陽気な笑顔でマティアス様に握手を求めた。

ミッドランドは自由を愛する国で、あまり身分にうるさくないっていうのは本当みたい。


騎士の顔になってしまったマティアス様は、ほぼ無表情に近いけれど握手には応じて、口角だけかすかに上げて笑みをつくる。

これを先方が笑顔と思うかというと……多分無理だろうね!


そんな正反対な二人を見て苦笑いしたレオナルド様は、私を見て王女様を紹介する。


「こちらが第二王女のシルフェミスタ様だ。私のエレノアやフォルレットと同じ十九歳で、この国を訪問なさるのは初めてだからぜひ親交を深めてほしい」


「よろしくお願いいたします」


私が礼を取ると、シルフェミスタ様は控えめにニコリと笑ってくれた。おとなしそうで、優しそうな王女様でほっとした。


「わたくし、フォルレット様と仲良くなりたいわ。わたくしのことはシルとお呼びくださいませ」


ふわりと柔らかな水色の髪に黒い瞳の王女様は、声まで澄んでいて感動するほどかわいらしい。

愛されるために生まれてきたような存在!萌えの塊といっていいほどの美しさだった。


あぁ、悲しいかな、そばに寄るとエレノアの地味顔が目立つ。

本人はそんなこと気にも留めず、「私も仲良くしたいです!」と積極的に話しかけに言った。強い。ヒロインのメンタル強い!!


「はい、こちらこそ仲良くしてください」


「うふふ、フォルレット様とお会いできるのを楽しみにして来たのですよ?救国の乙女だと、ミッドランドまでお噂は届いておりますの」


「はぃ?救国の乙女とは?」


そんなもの初耳だ。戸惑っていると、レオナルド様があははと笑いながら言った。


「ちょっと便利な広告塔が欲しかったから、流行り病を鎮めて戦を回避した救国の乙女というものを作ってみたんだよ。おかげさまで、そんな素晴らしい女性のいる国はこれからもっと繁栄するだろうと景気が良くなって」


人をマスコットみたいにしないで!


「だって、初の男爵位を持つ女性だよ?話題性のあるうちに次の一手を打たないとね」


腹黒が勝手に人の名前で色々やってる!

そんなこと全然知らなかった!!


あれ、どっちかっていうと国内じゃなくて国外向けの広告宣伝なのかな?いくらなんでも国内で広まっていれば私の耳にも入ってくるはず。


そうか、まずは外堀から埋める気なんだな!!

ひぃぃぃぃ!怖い!怖いよこの人!!


「フォルレットにはこれから広告塔になってもらって、より国益を高めるためにがんばってもらうつもりだから!」


待て、勝手に仕事を与えるな。契約していないから!

ミッドランドの王族がいる手前、むぅっと膨れるわけにもいかず、私は「おほほほ、ご冗談を」と笑ってごまかした。


どうしよう、苛々する!

今すぐ赤銀髪の髪を全部引っこ抜きたいくらい苛々する!!


マティアス様が私の腰に手を回し、労わるように寄り添ってくれた。

あぁ、好き。

もう帰っていいですか?と聞かなかったのは褒めてもらいたい。

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