運命の出会い?

パーティーが始まり、ミッドランドの王族兄妹はずっと笑顔を振りまいていた。

特に、第二王女のシル様は婚約者がおらず、十九歳というお年頃。結婚適齢期真っただ中なので、彼女との縁を求める高位貴族の群がり方はなかなか露骨だった。


とはいえ、シル様がどんな誘いも口説き文句も鮮やかに交わしていってしまうので、玉砕していた貴族令息を見るのはおもしろかった。


「喉が渇きませんか?どうぞ、あちらで少し休憩なさっては」


私はテーブルと椅子が用意されたバルコニーへとシル様を誘った。

にこりと笑顔で返事をした彼女は、私と二人で静かに歩いて向かう。


「ふぅ……」


席に着くとさすがに疲れを見せるシル様。そんなちょっと隙のあるところがまたかわいい。

絵を描きたい。猛烈に絵を描きたい!


護衛や侍従はテーブルにドリンクと菓子を置くと、スッと下がって少し離れた。会話は聞こえないけれど何かあれば防げる絶妙な距離を取る。


マティアス様は私と王妃様、エレノアと踊っただけでその他の誘いはすべて断っている。今は談笑するレオナルド様のそばで護衛に徹していた。


ホールに目を向けると、ガジェスタ様が明るい笑顔でいろんな女性たちとダンスを踊っている。ずっと踊りっぱなしなのに、すごい体力だなぁと思う。


「お兄様、ダンスがお好きなのですよ」


「そのようですね」


シル様が半分呆れて言った。どこの国に行っても、自国のパーティーでもあんな感じらしい。


「あんな感じですから、側妃もたくさんいます」


「たくさん、とは……?」


五、六人はいるってことか。

すごいな、さすが自由の国!


シル様は遠い目をして、暗い夜空を見上げる。


「ミッドランドは多夫多妻ですから、王侯貴族はほとんどが二人以上の妻を持ちます。別れることも多いし、一人と添い遂げるという覚悟で婚姻する人は少ないのです」


「それはまた……」


「だからわたくし、できればこちらの国で嫁ぎたいと思っておりますの」


いきなりのぶっちゃけトークに、私は目を瞠った。

王女様が、婚姻という重大なことを気軽に口にしてもいいのか!?


困惑してると、目の前のかわいらしいシル様が突然に意地の悪い笑みに変わる。

あれ!?おとなしそうで、優しそうな王女様はどこに行った!?


「フォルレット様」


「な、なんでしょう……?」


その笑みが、怖いと思った。

何か得体の知れないものを前にしているようで、背中がゾクッとする。


私の怯えが態度に出ていたのか、シル様はクスクスと笑った。


「ねぇ、あなたどうやって生き残ったの?フォルレット・ステーシアは悪役でしょう?」



フォルレット・ステーシアは、悪役。

それを知っているのは私だけと思っていた。


そう、この世界で、私だけの秘密。


でも今、目の前にいるシル王女は確かに言った。私のことを悪役だと……。


「何か言ってくださらない?わたくしが一方的に喋っているみたいじゃないの」


くすりと笑ったその笑みは、美しいけれど怖かった。


逃げたい。


ものすっっごく逃げたい!!


私は震える手で紅茶のカップをソーサーに置き、ナプキンで口元を拭った。


そして。


バイバイすることにした!


「いたたたたた……!申し訳ございません、シル様!私どうやら、持病のペンダコが悪化して猛烈な痛さで倒れそうで、今すぐ邸に下がらせていただきますわ!!」


お腹を手で押さえて立ち上がろうとすると、シル様が光の速度で私のところにやってきた。


そしてすさまじい腕力で私の肩を押さえ、絶対に立たせないぞと圧力をかけてくる。


「あらー?フォルレット様、どうかこちらでゆっくりお休みになってー?」


「いや、あの持病が」


「ペンだこなんて持病が通じるか!なんでそれで逃げられると思ったんだよ、ああん?テメー、王女舐めてんのかよコラァ」


怖いっ!!!!

え、シル様ってヤンキーなの!?さっきまでと全然違う!


笑顔は愛らしいの塊なのに、小声でかけてくる脅しが怖い!


助けてマティアス様ぁぁぁ!!


必死で彼に助けを求める視線を送るも、私たちが仲良く戯れているようにしか見えないので、マティアス様どころか誰も助けてくれない!


「あのっ、私、悪役っていっても何も悪いことは……いや、あの、マティアス様のシャツとかこっそり嗅いだりしていますけれど、それは結婚してからなので合法的で許認可の下りた変態でして、被害者はいないといいますか」


「あんたそんなキモイことしてんの?そんなことマティアス様に知られたら困るわよね?」


「いえ、もうバレています。なんなら新鮮なシャツを渡してくれるくらい協力的で」


「なんてことっ……!夫婦揃って頭がおかしいの?」


辛辣なご意見だけれど、多分これが普通の反応なんだろうな。


うちでは私の奇行が見つかるたび、私が絶叫して死に急いで止められるっていうのが恒例行事なんだけれど、マティアス様は本当によくできた素晴らしいお方なので夫婦関係は円満である。


「とにかく!なんでフォルレットが生きてるのか、マティアス様と結婚しているのかぜーんぶ話してもらうわよ。わたくし、あなたにシナリオを歪められたんだから……!!」


「え」


「あなた知らないの?私、シル王女は続編のヒロインなのよ!」


「はぁぁぁぁ!?」


続編!?


私は、このゲームが発売されて半年くらいでこっちに来ちゃったから続編なんて知らない。

そしてなぜ、私が生きていたら続編に影響が出てしまうのか。


わからないことだらけである。


シル様は私が逃げないとわかると、再び向かい側の席に着いた。


ごくりと紅茶を飲み、ふぅっと息をついて話し始める。


「マティアス様が生きてるなんてね。まぁ、死ねばよかったと思うほど私だってイカれちゃいないけれど、それでもマティアス様が生きてると、私の推しのハルクライト様が家を継がないから困るのよ」


「推し……?ハルクライト様って……?」


ラブリー義弟のハルトくんのことよね?え、え、え?ハルトくんは続編で出てくるの?


「とにかく!あなたが乙女ゲームの世界ここに来てからのこと、説明してよね!!」


シル様は拳を握りしめて訴えかけてくる。


逃げられないと判断した私は、ぽつりぽつりと転生してきたときのことを話した。

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