供給不足は死活問題です
「ねぇ、シア。私、どこか変じゃない?かわいい?きれい?すぐに抱きしめたくなる!?」
「もちろんです。この世で一番美しい奥様ですわ!!」
今日はマティアス様が帰ってくる日。
なんと予定よりも二日オーバーして、私たちは十二日も離れ離れになってしまったのだ。
途中、悪天候により馬の進みが遅かったらしい。
午前中、すでにお城に到着しているはず。
旅の疲れもあるので、報告書さえ纏めたらすぐに邸に戻ってきてくれると聞いている。
「やっぱりこっちの方がいいかな……いや、でも」
「若奥様。この青いドレスがよくお似合いです。そちらの黄色とオレンジは、ちょっとお痩せになられたから横を詰めないといけませんよ?間に合わないかもしれません」
「そうね、こっちにしておく」
この十二日間で、私は少しだけど痩せた。
推しからの供給不足により、だんだんと食欲が湧かなくなってしまったのだ。前世なら、ポテトチップスやコンビニのチキンというお太り食材がある。
しかしここはそうじゃない。
ちょっとおやつを~みたいなときにコンビニはない。ドライフルーツやナッツ類はあるけれど、そんなものでは推しの供給不足は補えなかった。
「もう金輪際、遠征はなしにしてほしい。私、死んじゃうかも。あ、でも近衛になったら基本的に腹黒や王妃様のそばから離れないから、遠征はしないか」
「若奥様……!そんなに若旦那様のことを……!!」
あれ、シアが涙ぐんでいる。彼女は悲恋や純愛小説が好きで、その類を読みすぎてちょっと思考がおかしいのだ。
私の同人誌も一番のファンでいてくれるし、最近は一緒に絵を描きはじめた。
これはオタクの道に引きずり込んでしまっているのかもしれない。
ちょっと責任を感じていると、コンコンと扉を叩く音がする。
家令が私を呼びに来たのだ。
「すぐ行く!!」
ドレスの裾をぐっとつかみ、飛び出るように部屋を後にした。一秒でも早く会いたい。マティアス様の姿を目に入れたい。目に突き刺してもいい。
タタタタ……軽い足音をさせて廊下を進む。
「若奥様!いけません、転んでしまいます!」
「今日だけは許して!」
追いかけっこのように廊下を走り、私とシアは階段へとやってきた。
すると階下には、今戻ってきたばかりのマティアス様の姿が見えた。
「っ!!」
久しぶりに見るマティアス様は、後光が差していて私は目が眩みそうになる。後ろの扉が開いているから、そこから光が入っているのだということくらいは認識できるが、でもここはそんなの問題ではない。
黒の隊服のままということは、どこにも寄らずまっすぐ邸に戻ってきてくれたんだろう。
階段の手すりにつかまり、私は今にも倒れそうなほど感動した。
バンバンと手すりを叩いて悶えていると、私を見つけたマティアス様の顔がパッと綻んだ。
「フォルレット」
「あぁっ……!マティアス様!おかえりなさい」
いそいそと階段を下りると、すでに手前まで来てくれていたマティアス様の胸に飛び込む。
ちょっと激しく飛びつきすぎて、ドンッと音がしたのは自分でもびっくりした。でもさすがは騎士、一歩足を引いたくらいでしっかりと受け止めてくれた。
「お待ちしておりました!ずっとずっと待ってました!!」
「やっと戻ってこられた。淋しい思いをさせてすまない」
ぎゅうっと抱きしめられて、とてつもない安心感が胸に広がる。
焼き物が二十個もできちゃって、同人誌は一冊完成した。でもやっぱりご本人登場が一番うれしい。
私たちは使用人が生温かい目で見ていることも忘れ、強く抱き合った。
彼は私の髪に顔をうずめ、頬を摺り寄せる。
「ようやく帰ってきたと実感した。待っていてくれてありがとう」
「こちらこそ、帰ってきてくださってありがとうございます!」
供給不足が解消され、ごはんがおいしく食べられそうだ。
額や頬、こめかみに次々と口づけをされ、くすぐったさに目を閉じる。
「マティアス様、さすがにちょっとこれは」
玄関ですよ。忘れていたけれど、ここは玄関です!!
マティアス様も我に返ったみたいで、気まずそうに私を解放した。
「お食事、まだですよね?ご用意がありますから、お部屋で着替えて食堂へ」
長旅の疲れを癒してもらわなくては。そう思った私は、ハーブティーも用意してもらっていた。
しかしマティアス様は、そばに控えていた家令に残念なお知らせを告げる。
「夕方にはまた城に戻る。馬の用意を」
「わかりました」
私は驚きのあまり、目を瞠る。
「えええ!?戻ってきたばかりなのに、お城に行くんですか?お身体は大丈夫なんですか!?」
ストップ過労死!!
「大丈夫だよ。そんなにやわではない。明日の朝にはまた戻ってきて、それからは一日休みをもらっているから君と過ごせる」
「私のことはいいんです!また三日後には、隣国からのお客様のためのパーティーもあるんですよね?倒れたらいけないので、きちんと休んでください」
「……」
「どうしたんですか?」
マティアス様が急にぴたりと動きを止め、私をじっと見降ろしている。
不審に思った私は、同じく彼の顔をじっと見つめた。
「そういえば帰り際、パーティーのことで何かレオナルド様が言っていたような気がするが」
「何かって何ですか?」
「いや、雑談だったから無視して帰ってきた」
いいのか!?
レオナルド様の扱いが雑!!
「とにかく、今は休みましょう!まずは着替えてお食事です!その後は仮眠しましょう!」
過労死の死亡フラグを回収しなくては。
私はマティアス様の世話係に、栄養価の高い特製ドリンクの調合を頼む。
「では、私も特製ドリンクの材料を採取しに畑に」
「ダメだ」
「え!?」
裏口に向かって歩き始めた私は、ぐいっと肩をひっぱられて抱き留められる。
「そんなものはいい。まさか帰ってきた夫を放っておくつもりではないだろうな?」
「放っておくなんてそんな……!!私は死亡フラグを」
私は最後まで言い切ることができなかった。だってマティアス様から漂ってくる冷気がすごい。
「君は私のそばから離れるな」
「っ!」
推しがっ……!推しが攻めに……!!
たまに見せる高圧的なところも好きー!!
「好き、本当に好きです……!創作意欲が湧いてきます」
両手で顔を覆って悶えていると、ひょいっと抱えあげられてしまい、そのまま私室に連行された。
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