オーガスト家から萌えがやってきた
マティアス様が旅立って早三日。
私はおとなしく暮らしてはいるものの、彼のいない寝室は広すぎてさみしさが募る。
シアに一緒に寝よう、女子会しようと誘っても「ご冗談を」とくすりと笑われてしまった。使用人と一緒に寝る伯爵夫人はいないらしい。
それならば私が前例になればよいのでは、と訴えたけれど今度は家令に却下されてしまった。
主人の部屋で、主人のベッドで眠るなんてありえないと。
私が使用人部屋で眠るのもダメだと言われ、現在に至る。
「そうお気持ちを落とさずに、お
慰めてくれるのは、オーガスト本家から私の様子を見に来てくれたハルクライトくん。十七歳。
マティアス様とよく似た濃い茶色の髪に青い瞳だけれど、ちょっと加工すれば少女にも見えなくない儚げな美男子だ。
ハルクライトくんは亡くなられた長男さんに似ているらしく、オーガスト家の三男。とてもかわいい弟である。
背が高すぎるからぴったりのドレスが私の手もちにはないけれど、顔だけでもいいからメイクさせてほしいと常々思っている。
彼はとても優しくて友好的で、無口なマティアス様と違って社交的。私のことも気遣ってくれて、今日は様子を見に来てくれたのだ。
「そのドレス、マティアス兄様が贈ったものですか?」
私が着ている緋色のドレスは、結婚してから新たに仕立てたもの。ドレープの多いひらひらした重たいドレスだけれど、
マティアス様が「君には柔らかな意匠のドレスがよく似合う」と言って贈ってくれた私のお気に入りである。
「そうなの。せめてマティアス様がいない間も、彼のくれたドレスを身に着けたいと思って」
「お
おうっ……!なんて素敵なお世辞なんだ。そのまま受け取って、心の中に仕舞っておこう。
「ふふふ、そう言ってもらえるなんてうれしいわ。ハルト様は褒め上手ね、ちょっと心配なくらい」
「まさか。本心しか言いませんよ。ただ、兄様に叱られたときは庇ってもらいたいとは思っています」
いたずらな顔で笑ったところがまたかわいい。
どうしてくれよう、オーガスト家は私の萌えをとことん突いてくるな!!
さしずめ、兄弟を生み出したお義母様のことは、心の中で運営様とお呼びしている。
「もちろん、ハルト様を庇うわ。かわいい弟だから!」
「それは助かります」
あぁ、笑顔がかわいい。
キュンキュンしていると、ハルトくんがにっこり笑って言った。
「兄様が結婚すると聞いたときは、かなり心配していたんです。私も母も……でもお
そんなに!?どんな仮面夫婦なんだ。
新婚早々、そんな状態だったらもう結婚しなければいいのに。そんなに結婚ってしなきゃダメ?
まぁ、家の都合とか色々あるんだろうな……貴族って大変だ。
「マティアス様はお優しい人だから、私のことをとても大事にしてくれるのよ?海よりも広い心なの」
同人誌すら許してくれるくらいにね!
マティアス様の笑顔を思い出し、うっとりする私を見てハルトくんが苦笑する。
「他でもないお
ため息交じりに笑うハルトくんは、騎士一家に生まれて「王家の盾」という役割まで担う家柄なのに、実は剣に苦手意識を持っている。
お父様とマティアス様に厳しくしごかれて、昔はよく脱走していたらしい。
「私には、兄様たちのような才能がないんです。自分が一番よくわかる。だから、騎士団では隅の方でひっそり雑務をこなしています」
「あら、そうなの?それは宝の持ち腐れっていうものではないかしら」
ハルトくんはマティアス様という決して超えられない壁を近くで見すぎて、ちょっと自信がなさすぎるような気もする。
多分、普通の人よりは強いけれど、あくまでちょっと強いくらいで抜きん出ていないのだろう。マティアス様から聞いた話ではそんな感じだった、
私も前世ではそういう経験がある。
小学校の時は賢い賢いともてはやされ、ちょっと上のランクの女子校に中学受験して入学したら、私なんて下から数えた方が早いくらいの順位で凹んだのだ。
「あれ、私って普通以下じゃん?」って気づいたときの絶望よ……
早々に勉学に見切りをつけて、オタク化してしまったのはそのせいかもしれない。って違うか、単に勉学の才能よりもオタクの才能があっただけか。
苦い記憶を振り切るように、私はハルトくんと楽しいお茶会を過ごした。
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