いっそキャラ弁でもつくろうか

年が明けてすぐのこと。

窓の外が白みがかっていて、私はその柔らかな光で目を覚ました。


私を包み込んでいるのは逞しい腕。

愛する、いや、愛しすぎている夫のマティアス様が私を抱き込んで眠っている。


あぁ、世の中の幸せを独り占めしているみたいだ。世間の皆さん、ごめんなさい。

今日も私は幸せです。


すりっと彼の胸に頬を寄せ、その匂いを堪能する。

彼と一緒に眠るようになってから気づいたのだが、これまでは「二次元サイコー!」と思っていた私だったけれど、好きな人の香りというのは何物にも勝る価値がある。


今すぐ、ゲームメーカーに開発を依頼したい。

匂いつき、なんなら温度付きのゲームを開発することを。


朝起きたとき、マティアス様が隣で眠っているこの幸福感は、ファンブックに書き込まないといけない。このファンブックとは、私がつけている日記のことだ。


私による、私のための、私だけが読んでいいファンブック。これはまだ家令にもマティアス様にもバレていない。


だってこれは、私の下着を入れる棚に隠してあるから。侍女のシアは知っているけれど、さすがにここに隠せば男性陣にバレることはないだろう。


もしもバレたときは……「こんなところまでチェックするなんて、私のことどれだけ好きなんですか」ってなる。

間違いなく、そうなる。

つまり、バレても私には得しかない。天才だ。


「はぁ……困るわ」


幸せすぎて困る。

そんな煩悩だらけの私は、ひとりで頬を赤らめながら彼のシャツにスリスリした。

すると、私を抱き締める腕の強さがぎゅうっと増した。


「何が困るんだ?」

「へ……」


黒髪を指でそっと梳かし、甘い声色で尋ねたのはもちろんマティアス様。

ちらりと見上げれば、「おはよう」と言って額にキスをしてくれる。


朝からっ!朝からファンサービスが過剰供給!!

課金してないのに!課金していないのにぃぃぃ!!


「あの」


「ん?」


「幸せすぎて困っております」


言ってしまった。ご本人を前に惚気のろけるなんて……!

照れてさらに顔を埋めていると、マティアス様は私を抱えたままぐるりと仰向けになる。


「うわぁっ」


擬音に色気がないのは、何とかしなくてはいけない。

ここは絶対に「きゃあ」だったはず。一抹の後悔は置いておいて、私は彼の上に乗っかっているこの体勢に悶絶した。


規則的な心音は彼のもので、私の胸はバクバクと鳴っている。

結婚して半年ちょっと、まだまだ推しとの身体的接触には慣れそうにない。


そもそも、それなりどころかわりと豊かな胸を押しつけてしまっているけれどもいいのだろうか?夫婦だからいいのだろうけれど、推しに対するセクハラで訴えられたら困るな。


「下ろしてください……!」

「断る」


あっさりと却下され、大きな手が後頭部を撫でる。

はぁぁぁぁ、何だか手懐けられた犬みたい。何回かはマティアス様のことを大型犬みたいだって思ったけれど、今の私は忠犬に違いない。


でも彼の手がだんだんと腰回りやお尻、太腿に下がっていくと私はビクリと身体を震わせた。


「マティアス様……!?」


「しばらく君に触れられず、声も聞けないのは残念だ」


再びぎゅうっと抱きしめられると、その声の切なさに私も胸が苦しくなってしまう。

今日からマティアス様たちは、国境の街へ行き、隣国からの来客を護衛してまた王都に戻ってくるのだ。


「十日ですよね。そんなに離れるのは結婚してから初めてだから、とっても淋しいです」


往復で十日かかる任務なので、私たちはその間引き裂かれてしまう。

これは絵がはかどりそう……でも絵より彫刻より、本人が一番なのは身に染みてわかっているからつらい。


「絶対に、無事に戻ってきてくださいね」


厚い胸板にくたっと寄りかかってそう言うと、「あぁ」という低い声と共に喉が揺れた。


「むしろ十日でよかった。これが国境警備や戦の増援となれば、数か月は戻れなくなる。フォルレットに淋しい思いをさせてしまうのは困るな」


「その十日が長いんです。それに……淋しいのは私だけですか?」


そっと背を仰け反らせ、青い瞳を見下ろす。後頭部に回った手が私を沈め、二人の唇が重なった。


「フォルレットがいないと淋しいよ。私の方が我慢できないかもしれないな」


「ふふっ、まさか」


まだ時間は早い。しばらく誰も起こしに来ないだろう、と思った私は存分に額を彼に擦り付けた。

私もついていきたい。でも、キャンプすらしたことのないインドアなオタクが、騎士団の野営に耐えられるはずもなく、一緒に行くのは絶対に無理だろうなと思った。


しかも恐ろしいことに、フォルレットのこの身体はめちゃめちゃ肌が弱い。

大事に、だいじ~に育てられた娘さんだけあって、ちょっと安物の生地の服を着たり、雑草をむしったりするとすぐに被れて赤くなる。


とてもひ弱な肌なのだ。

生まれてからこれまで、上質なものしか纏っていなかったんだなというのがよくわかる。

ムヒを寄越せ、ムヒを。


こんな状態で野営なんてできるわけがなかった。


ちなみにレオリー様は、医療補助の技術を習得しているから、夫であるイザルド様についていくことができる。

あまりいい顔はしないらしいけれど、それでもレオリー様がどうしても一緒にいたいということで夫婦で共に行くのだ。


「いつの時代も手に職ね」


看護師や介護士みたいな資格のあるレオリー様がうらやましい。

嘆く私の寝間着の中にいつの間にか手を入れたマティアス様は、素肌の背を撫でながら言った。


「これから君がどんなに願っても、遠征には連れていかないから。それだけはダメだから」


「ええっ……」


基本的に自由にさせてくれるけれど、彼は私が王都を離れるのをよしとしないらしい。


「私は大丈夫ですって、マティアス様に比べると死亡フラグは少ないと思いますので」


「その死亡フラグというのが未だにわからないんだが、私は自分の身は自分で守れるが、君は非力な女性だ。だから絶対に外へは出さない」


「そんな……離れていたら助けられないじゃないですか。お兄様にボーガンも作ってもらったし、防具だって軽くて丈夫な…………って、なぜ脱がすのですか!」


話している間に寝間着を剥ぎ取られていき、ポイッとベッドの外に投げられた。


「なぜ?これから十日も離れるのだから当然だろう」


「私、早起きしたのはお弁当をつくるためなんです!」


そう、今日は、旅立つマティアス様に手作り弁当を持って行ってもらうために早起きしたのだ。

それが思いのほか早く捕まってしまってこんなことに……!

でももう遅い。全裸で転がされてしまっては、"どうぞ食べてください"状態だった。


ささやかな抵抗を見せる私の上に覆いかぶさった彼は、いじわるい笑みを浮かべる。


「嫌か?」


あぁ、そんな風に聞かれると嫌とは言えませんよね……

だって愛してるんだから。


「お見送りできるくらいに手加減してくださいね!?」


はい、ここは重要ですよ!?

十日も離れ離れになるのに、朝から激しめの運動をしてしまって起き上がれません、では伯爵夫人としての威厳というものがなくなってしまう!

ただでさえ、起きられなくてベッドに沈んでいる日も多いのだ。今日こそはお見送りしますよ!


「善処しよう」


そう言った後、さっそくがっつり唇を貪られた私は思った。


これは絶対にお見送りできない、と……。






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