密会ですか?

その日の夜。

私はこっそりと酒場にやってきていた。


家令にバレないよう、二階の窓からこっそり木を伝って下りようとやる気満々でいたら、シアが「裏口から出られますよ」とさも当然のように教えてくれた。ミッションはインポッシブルではないらしい。


こうしてあっさりと外出に成功し、シアと護衛のジャンを連れて現在に至る。


「若奥様、俺こんなことしてたら絶対に怒られるんですけれど……!」


「こっそり帰りましょう!」


「それフォローになってませんから」


半泣きのジャンはまだ二十三歳の若者だ。

騎士団の諜報員をしていたけれど、なぜかうちで護衛をすることになったのだ。


「いたっ……!やっぱりマティアス様だ。髪色を変えているけれど、絶対にマティアス様だ」


酒場の裏で、窓からこっそり中をのぞく。

頭にはショールを巻いていて、庶民的なワンピースを着ている私はちょっとだけ怪しい女だ。


「んー、あれって浮気?」


「艶っぽさがまったくないですね」


ガヤガヤとうるさい大衆酒場で、マティアス様は庶民のような服を着て、黒髪の女性と腕を組んでいた。女性は露出の多い服で水商売っぽいけれど、三十代後半か四十代に見える。お胸がバーンな感じで、マティアス様の腕にあからさまにそれを押し付けているのは許すまじ、だけれど、当の本人である彼は無表情もいいところだった。


「マティアス様、全然楽しそうじゃない。浮気じゃないのかな」


「そうですわね。そもそも若旦那様が浮気なんてありえなかったんですよ。ここまで来ておいてなんですけれど」


「そうよね。なんでこんなところまで、こんな時間に来ちゃったんだろう」


私とシアは、勢いで来てしまったことを後悔していた。

そうだ、マティアス様は正義・誠実、忠義の人だ。私という妻がありながら、他の女とこっそり浮気するなんてありえない。


あれ、なんで浮気疑惑なんて思ったんだろう。


「暇っておそろしい……!」


そうだ。奥様生活が暇すぎるからいけないんだ。だから夫の浮気を疑ってしまったんだ。


「お淋しかったのでしょう、若奥様。お労しい……!」


お労しいのは私の頭の出来である。

ジャンの視線が痛い。

私とシアに巻き込まれてしまった彼には、個人的に残業代を支給しよう。そうしよう。


「あぁ、でもカッコイイ。遠目に見てもかっこいい。このガラス扉、すごく汚くて曇ってるけれどマティアス様のかっこよさは輝いている」


ときめきが止まらない。

キュンとしてしまう。


ぼんやり眺めていると、酔っ払いが近づいてきて絡んできたけれど、ジャンが一撃で片づけてくれた。


「ちょっとコレそのへんに捨ててきます」


「はい、お願いね」


気絶した二人の男をズルズルと引きずっていくジャン。

さすがは元騎士団の諜報員、殺してはいないが後始末もスムーズだ。


ジャンが戻ってきたら、邸に戻るとしよう。貸し切り馬車も待たせてあるし、あまり遅くなったら家令にバレる。


しかしほんの二、三分の間に、事態は急変する。


「ねぇ」


背後から声がかかった。


「何?」


マティアス様のかっこよさをガン見していた私は、やや苛立ちながら答える。


「ねぇ、ねぇ」


「何?もう後始末は終わったの?」


「ここで何してるの?」


「は?」


てっきりジャンだと思って返事をしていたら、私に声をかけていたのは別人だった。

パッと勢いよく振り返ると、そこには見知った顔がある。


「ガーク様!?」


「こんばんは~」


ひらひらと手を振るガーク様は、水色の髪が今日もサラサラで美しい。

あ、これ見つかったらいけない人だ。


サーッと血の気が引いていくのがわかる。


「何をやっておられるのですか?若奥様のフォルレット嬢」


ニコニコと笑っているのがまた怖い。

ここはスルースキルで見逃してくれませんか!?


「えーっと、ちょっとお散歩に」


「こんなところに?マティアスが中にいるのは知ってるよね?あはは、どうしてかな?」


「どうしてでしょう?」


にっこり笑い合う私たち。シアが空気に徹している。

戻ってきたジャンは「げっ」と露骨に嫌そうな顔をした。戻ってきたら先輩がいるんだもん、びっくりだよね。


私は諦めて、ここに来た理由を白状した。

みんながマティアス様を目撃したというので、浮気が心配で出てきてしまったと。


ガーク様は半笑いで、呆れていた。


「マティアスも仕事だって、一言くらい告げればいいのに」


「仕事なんですか!?」


よかった。ガーク様からはっきりそう言われると、胸に安堵が広がる。


「あんまり詳しくは言えないけれど、あの女はここらの娼館を仕切ってるおかみなんだ。とある貴族の愛人だって噂で、最初はみんなで娼館に調査で遊びに行ったんだけれど」


「ええっ!?」


ぎょっと目を瞠る私とシア。ガーク様は慌てて否定する。


「マティアスは女の人を買ったりしていないよ?!あいつはそういうのダメだから、見張りで。でも見送りのときにあのおかみがマティアスを見てえらく気に入って……マティアスになら情報を話すって指名するもんだから」


「それは色仕掛けってことですか?!」


「やましいことはしていないよ!?ほら、マティアスがそんなタイプじゃないって君が一番知ってるでしょ?」


それはそうだ。女性を騙して情報を得るとか、色で迫ってっていうのは一番できなさそう。


「とにかくやましいことはないからね?ほら、今すぐ邸に帰ろう」


「はい」


帰りはガーク様が送ってくれた。ジャンもいるから遠慮したけれど、何かあったら申し訳が立たないからって。

それに、今日会ったことは黙っておいてくれるという。

どこまでもいい人だった。


「心配しなくても、マティアスは浮気なんてしないって」


いい人の親友はいい人。私は目をうるうるさせて感動してしまう。

邸の裏口につき、私はガーク様に丁寧にお礼を伝えた。


「本当にありがとうございました!そうですよね。私ったら取り乱して」


「もう夜に出かけたらダメだよ?今日は何もなかったからいいけれど、何かあってからじゃ遅いんだから」


「わかりました。気をつけます!」


「じゃ、またね!」


颯爽と暗闇に消えていくガーク様。貴族街は人通りがほとんどなく、ここから城は近いけれど徒歩移動は大変だ。それなのに送ってくれて、感謝しかない。今度、お礼の品を贈っておこう。


私はいそいそと邸の中に入り、自室へとこっそり戻った。



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