推しの心が広すぎる
男たちが捕縛されてすぐ、マティアス様が邸に駆け込んできた。
ガーク様つきで。
「フォルレット!!」
「マティアス様!!」
部屋で足の傷を手当されていた私は、夫の帰宅に安心して涙が滲む。
ぎゅうっと抱きしめられ、遠慮なくその胸に縋った。
「怖かったですっ……!」
とんでもないものを見られました……!!
伯爵夫人になって数か月、使用人たちといい関係を築いてきたのに、あんなものを見られてもうこの先うまくやっていける自信がない!!
盛大にオタバレしたのだ。
私がマティアスオタクであることがバレたのだ。
『若奥様、絵だけじゃなくて彫刻まで……』
『怖い。気持ち悪い。旦那様がかわいそう』
私の被害妄想は止まらない。使用人たちから白い目を向けられるのでは、と不安で仕方がない。
この世界でもオタバレは死活問題である。
「私っ……!私っ……!あんな恥ずかしいものを見られてもう生きていけません!一生ものの傷を負いました!」
秘かな趣味を見られてしまい、もう絶望でいっぱいだ。
マティアス様は私の顔を見て、茫然としていた。
「まさか……フォルレット」
「ううっ……!」
「襲われた、のか?」
「はぃ?」
目に涙をたっぷり浮かべて彼を見返す。
しんと静まり返る部屋、そこにガーク様の声が響いた。
「あのさ、ちょっといいかな?フォルレット嬢が気にしてるのって、これ?」
「ぶふぉっ!!」
その手に持っていたのは、私が隠し通したいと思っていた彫刻だった。マティアス様の頭部模型である。
「いやっ!やめて!!」
ガーク様の手からそれをぶん取ると、私はそれを抱き締めて床に
「えっと、フォルレット?」
「いやぁぁぁ!見ないで!ごめんなさいごめんなさい!これだけは夫婦の間でも秘密なんですー!」
私は絶叫した。
怯えた目でマティアス様を見ると、唖然としている。
やはり気持ち悪いと思ったのか。私という妻をもらったことを、猛烈に後悔しているに違いない。
「……お世話になりました」
泣きながらそう言うと、マティアス様が慌てて私の肩を掴む。
「どうしてそうなる!?」
「あははは、マティアス。がんばって慰めてあげて~。僕はもう帰るよ」
ガーク様は何も見なかったふりをして、扉を出て行った。
なんてすばらしい人なの……!?スルースキルが高い!
え、前世はアニメ◯イトの店員ですか?
マティアス様は私の顔を覗き込み、呆れるような困ったような複雑な感情が混ざり合った顔をした。
「フォルレット」
「はい」
「それ、知ってた」
「………………は?」
「だから、彫刻のこと、知っていた」
「……………………」
頭が真っ白になるとはこのことだろう。
マティアス様は目を逸らしつつ、ポリポリと頬を指で掻く。
「君がこそこそ夜中に何かやっていると家令から聞いて……、絵を描いていることも彫刻を作っていることも、私が主役のドウジンシというものをつくっていることも知っていた」
待て。
なぜ同人誌のことまでっ……!!
「えっ……、全部読んだんですか?」
「すまない」
謝罪は肯定だった。
仰向けに倒れそうになった私を、マティアス様が慌てて抱き留める。
「隠したがっているようだったから、あえて告げなかった。だが、全部知ってる」
「ひっ……!」
推しが、オタクの所業を全部知っていた。そして、マティアス様によると家令も知っていた。シアも全部知っているらしい。
「一思いに剣で刺してください」
命をもって償うしかない。目を閉じて胸の前で手を組む。
あなたの腕の中で死ねたら最高です。
「待て。別に趣味をどうこういうつもりはない」
「え?」
「それに、その……私のことをそれほど好いてくれているのかと思うと悪い気はしない」
目が点になった。
気持ち悪いと思わないのか。結婚しているのに、夜な夜な夫の絵や彫刻を作り、同人誌まで作っていたんですが。
心が広すぎて衝撃だ。
「あの、気持ち悪いと思わないのですか?」
マティアス様は目を細めて笑った。
「離縁したいとも?」
信じられない。
何この人、おかしいんじゃないだろうか?
いや、おかしい私が言うのもなんだけれど、絶対おかしい。
驚愕していると、彼は私の額に優しく口づけをした。
「離縁などするわけないだろう。私には君しかいない。君が離縁したいと言っても絶対に認めない」
「マティアス様……お気は確かですか?」
「この場で倒れそうな君よりは確かなつもりだ」
私の肩を抱く手に、ぐっと力が篭る。
「何があっても、私は君と添い遂げると約束しよう」
青い目が情熱的に訴えかけてくる。
「えっと……じゃあ、今後も活動は続けても?」
同人活動は、やっていいのか。そこは気になる。
「活動とは?」
「あ、いえ、趣味を続けてもいいのかということです」
少し間が合ったけれど、マティアス様は苦笑いで頷いた。
「マティアス様っ!ありがとうございますっ!!」
片手で彫刻の頭部を抱き締めて、片手で彼の身体に手をまわしてぎゅうっと抱きつく。
硬い、邪魔、でも大事だから手放せない。
そう思っていると、スッといつのまにかやってきた家令が私の手から彫刻を奪って去っていった。
できる。あの人はできる。
「とにかく、君が無事でよかった。脚のケガは大丈夫か?」
「はい、ちょっとレンガが
私の左足首は、絵を描くときに台の代わりにしていたレンガでちょっと切っただけだ。血が大量に出るようなことでもなく、単なるかすり傷だった。
「きれいな肌に傷がついたな」
彼はそう言うと私の足首を労わるように撫でた。
ふいに触れられ、どきりとする。
「あの、今日はもうこのまま邸にいてくれますか……?」
まだ仕事だろうか。そう思って上目遣いに見上げると、彼はそっと唇にキスをくれた。
「今日も明日も君のそばにいる。こんなときにフォルレットを一人にしたくない」
「うれしい」
使用人にドン引きされていないかどうかという問題は残っているけれど、マティアス様が私を愛してくれているから少し落ち着いた。
彼に嫌われたら生きていけない。
「大好きです!」
私からキスをすると、彼は少し驚いた顔になる。
あれ、もしかすると攻めには弱いタイプなんだろうか。
ちょっとおもしろくなって、もう一度キスをしてみた。
これまでは受けに徹していた私だけれど、唇を合わせて軽く吸い上げてみる。
「君は……」
「ふふっ」
照れる推しがかわいくて、私は調子に乗ってしまった。
こうなると後は仕返しされるだけだ。
「んー!!」
噛みつくような口づけをされ、そのまま床に押し倒される。
「明日も休みだからな、フォルレット」
「ひっ……!」
気づけばすっかり夜が更け、使用人たちに生温かい目で見守られながら、私は部屋に戻るはめになった。
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