決して見られたくないもの

エレノアの迎えを待っていると、突然邸の外が騒がしくなった。


……嫌な予感がする。


満足げにマフィンを頬張るエレノアをサロンに置いて、立っていた護衛に一言告げて私はそこを出た。


「エレノアをお願い。私は様子を見てくるわ」


侍女のシアを連れ、私はサロンから家令がいるであろう一階の奥へと進む。


「若奥様、サロンへお戻りになられた方が……」


「でも気になるわ」


歩きながら話していると、警備の人間が数人裏口へと走っていくのが見えた。


「何かあったのね」


やはりエレノア狙いか。侵入者か?

お兄様がくれたボーガンを部屋に取りに戻った方がいいかもしれない。


私は階段を上がり、二階の部屋へ向かう。


「確か北側の部屋に武器庫があったと思うんだけれど」


「はい、あちらです……って、若奥様?武器なんてどうするおつもりですか」


「万が一のためよ」


二階の北側は、倉庫や武器庫、衣裳部屋など物置が占めている。私が描いたマティアス様の絵や彫刻なんかも、その一室に置いてあるんだよね。もちろんそれは彼には言っていない。


廊下を歩いていると、窓から心地いい風が吹き抜けている。


「あら?」


「どうしたの、シア」


窓を閉めながら、彼女が不思議そうな顔をした。


「いえ、この時間は葉や木の実が廊下に入ってくるので、窓は開けないはずなんですが」


「え」


あああ、嫌な予感しかしない。

神様、仏様、マティアス様!どうか私に運をください……!


しかし神様なんてどこにもいなかった。


突然扉が開き、私は腕を引かれてその中に引きずり込まれた。


「きゃあっ!」


「若奥様っ!」


――ガシャンッ!!


部屋の中に入ると、そこは真っ暗でところどころに光が入るくらいだった。

あぁ、ここは私が普段使っている荷物置き場だ。


床に置いてあった彫刻にぶつかり、私は勢いよく倒れ込む。


「痛っ……!」


足首がちょっと切れたかもしれない。ヒリヒリする。


しかし傷口に手を伸ばしたとき、首元に剣を突き付けられた。


「ひっ……」


「声を上げるな。エレノア・クーラックか?」


違う。私、エレノアじゃない。

でも違うと言えば今すぐ剣で首を斬られるんじゃないか。そう思ったら言葉がまったく出てこない。


「そうなんだな」


だから違うって。

冷や汗がだらだらと流れる。

だいたい、エレノアが私の邸を自由に歩いているわけないじゃん。この人、何言ってるの?

使えない刺客だな、と妙に冷静に頭が働いていた。


「若奥様!若奥様!!」


扉の向こうでは、シアがドンドンと大きな音を立てて叩いている。

どうやらあの一瞬で、この男が鍵をかけたらしい。


「若奥様……?騒いだらこいつを殺すぞ!」


どきんと心臓が高く鳴る。

バレた。私がエレノアじゃないってバレた。私は床にふわりと広がったドレスの裾を握りしめ、苦悶の表情を浮かべる。


しんとする部屋。

男はあたりを見回して、室内を物色する。


「チッ……はずれか。よりによって黒獅子の嫁かよ」


黒獅子とはマティアス様の通り名である。黒い隊服を着て、一気に敵陣に攻め込むところからそう呼ばれているらしい。


はずれと思うなら解放して欲しい。

期待を込めて見つめるが、薄暗いので犯人の顔は見えなかった。


「ここで死ぬか、人質になって俺たちを逃がしてから死ぬかどっちにする?」


「えええ、その二択ですか……?」


ニヤリと笑った男は、持っていた短剣を私の胸元に突き付けた。


「ま、痛くないように一撃でやってやるから」


「うれしくない」


ああ、どうすれば。私に戦えるだけの力はないし、ボーガンとか何かないか!?

キョロキョロしていると、扉にドカンと衝突音がした。


「「若奥様!!」」


皆が来てくれたんだ。

立ち上がった男が舌打ちし、私の腕を引っ張る。


「きゃあっ!」


「来い!ここから飛び降りるぞ!」


「ええ!?」


確か窓は開かないはず。光が入ると画材がダメになるから、私が使用人に命じて光があまり入らないようにしてもらったのだ。

男はそうと知らずガタガタと窓枠をゆする。


「くそっ!なんだこの窓は!」


――ガンッ!


男が近くにあった棚を、八つ当たりで殴った。

すると、そこに置いてあったあるものが派手に転がり落ちてきた。それもいっぱい。


「なんだ!?」


「っ!」


やばい!これはやばい!

誰にも見せられない禁断の……!!


私は落ちてきた布をそれらに被せるが、とても隠しきれなかった。


「ぎゃぁぁぁ!首っ!」


落ちてきた大量のものは、首だった。首というか、マティアス様の彫刻を作ろうとして、私が失敗した数々の頭部模型。リアルさを追求して色まで付けたのがいけなかった。


暗がりでは人の頭が転がっているようにしか見えない。


「ま、まさか黒獅子がこれまで斬り捨てた刺客の……!?」


違います。

私の私物です。

え、でもかっこいいよね?

どう見ても生首には見えないよね?こんなイケメンの刺客が来たら、丁重にもてなすわ。


はっ!今のうちにこいつを無力化しなくては。


私は落ちていた頭部模型をひとつ取り、男めがけて投げつけた。


――ゴッ!!


「うがっ!?」


顔面に直撃し、男が怯む。


「若奥様!」


そしてちょうどそのとき、扉をぶち破った使用人たちが部屋になだれ込んできた。


光が部屋に入り、散らばった私の失敗作たちが白日の下にさらされる。


「「「………………」」」


私のとんでもない趣味が、使用人たちの目に触れてしまった。

犯人はすぐに取り押さえられたけれど、私は心にとんでもない傷を負うことになったのだった……。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る