第五話「ありふれた展開で世界最強」
『私は反省しています』
ある日、いつものように日記を開くとアヤノからそんなメッセージが届いていた。
『こないだのドラゴンの一件。やっぱり、異世界だからって、なんでもかんでも都合よく話が進むと思ったら大間違いだって』
僕はペンを握る。
『まあ、確かに少しは反省した方がいいのかもな』
僕ですら、さすがに調子に乗りすぎていると思った場面もあったくらいだ。偉そうなことを言う気はないけれど、さすがにもう少し気を引き締めてもらった方がいいのかもしれない。
『だから、新スキルを開発しようと思うの』
『新スキル?』
『さすがにユニークスキルも無しに主人公を気取るのは、あさはかだったかなって』
確かに、大抵の物語の主人公は、他のキャラクターが持っていない特別な能力を持っていることが多い。自在に武器を造り出したり、時を止めてみたり。逆に言えば、そういう特殊な能力を持っていることこそが、主人公の条件と言えるかもしれない。
『だから、私はそういう特殊なスキルを造ろうと思って』
『まあ、それは解るけど、スキルって、そんな造ろうと思えば、造れるものなのか?』
と、僕が問いかけると、
『まあ、その辺はなんとかなるでしょ、異世界だし』
『うーん、反省とはなんだったのか』
基本、ノープランなのは変わらないようである。
『というわけで、さっそく私の新スキル開発会議を始めようと思います』
アヤノは言う。
『ずばり、最強のスキルって何だと思う?』
『最強ねえ』
アヤノの問いを自分なりに真剣に考えてみる。
『やっぱり、時間操作系とか強いんじゃないか?』
と、僕はとりあえず思いついたことを発言してみる。
『たとえば、時間を巻き戻すとか。時間を止めるとか』
時間の巻き戻しとは、要はタイムマシンのようなものだ。自分にとって不都合な事態が発生したとしたら、それが起こる前に戻ればよい。また、時間を止められるのなら、動けない相手に一方的に攻撃を叩き込める。時間操作は、想像しうる能力の中で、最も強力なものの一つと言えるだろう。
『なるほどね』
アヤノは僕の言葉に応じる。
『確かに、時を止めれば、かわいい女の子にあんなことや、こんなこともし放題ということか……考えたね』
『そんなことは考えていない』
感心した風な口調で言うのやめろ。
『他には何がある?』
アヤノに再び問われ、僕はまた別の力を考えてみる。
『あと、強そうなのだったら、魔眼とか』
『魔眼?』
『特別な力を持つ瞳。敵の動きを見切るとか、相手に幻を見せて操るとか』
魔眼というのも、割と主人公が持っているイメージだ。能力に色々な幅を持たせられるし、なによりビジュアルがかっこいいからだろうか。人気の能力の一つと言えるだろう。
『なるほど……たとえば、千里眼なんかも、そういう魔眼の類だよね?』
『まあ、そうだと思う』
千里眼とは、文字通り、千里を見通すとされる瞳のこと。作品によっては、時を超え、過去や未来まで見渡せるものもある。
『千里眼あたりは、結構ありだよね……』
アヤノの言葉に僕は応じる。
『まあ、あったら便利だとは思うけど』
なぜ、千里眼に心惹かれるのだろうか。
アヤノは言う。
『千里眼があったら、女湯はのぞき放題だもんね』
『なんで女のおまえが千里眼を身に付けてまで、女湯のぞく必要があるんだよ……』
『え? 解らないの?』
アヤノは、まるで僕の方がおかしなことを言っていると言わんばかりの口調で言う。
『のぞきはロマン。のぞくという行為そのものに意義があるんだよ』
『性癖歪みすぎだろ』
『人は誰もが必死に明日をのぞき込もうと生きているんだよ』
『そんな名言風に言われても意味が解らないんだが……』
もう、こいつは手遅れかもしれない……。
『魔眼って、あとはどんな種類があったっけ?』
『あとは……人を操るとか?』
催眠術のような力で、目を見た人間を自在に操るというような能力もわりとありがちなのではないだろうか。
僕が、そう説明すると、
『うーん、さすがにその能力は私の主義に反するかな』
『そうなのか』
『うん。私はあくまで紳士だから、相手の意思を奪って無理矢理っていうのはちょっと……』
『一体、誰に何の目的で使うことを想定して話している?』
のぞきは非紳士的な行為じゃないのか?
『よし、じゃあ、もうちょい他の能力を検討してみよう。タカキ、他には何がある?』
『他か……』
僕は再び思考を巡らせる。
『召喚魔法とかもよくあるような気がするな』
召喚魔法とは、魔物や魔獣を呼び出し、使役し戦わせる魔法のことだ。神代の英雄や異世界の住人を呼び出す場合もある。ドラゴンやデーモンのような強力な存在を呼び出し、使役できれば、自分自身の能力が低くとも十分に戦うことができるだろう。
僕の説明を受けたアヤノは言う。
『あれじゃん。魔力供給と称して、あんなことやこんなことをするパターンじゃん』
『確かに、そういうのもあるけどさ……』
大きいお友だち向けの同人誌の展開じゃないか……。
続けて、アヤノは言う。
『でも、召喚系だと呼び出した対象と相性が悪かったときが最悪だよね』
『それは言えるな』
召喚し、使役するのであれば、当然力の強い存在を呼び出したいところだ。だが、強力な存在というのは往々にして癖が強い。強制的に使役できるのであればよいが、もし、あくまで助力を頼むという形式になるのであれば、召喚対象との相性というものも考えねばならなくなるだろう。いくら強力でも命令を無視したり、裏切ったりする可能性のある対象を召喚すれば苦労するのは目に見えている。
アヤノは言う。
『身体の相性ばかりは、実際にやってみないと解らないからね』
『何の相性を気にしてるんだよ……』
ダメだ、こいつ。早く何とかしないと……。
僕は流れを変えるためにも、別の能力について提案してみる。
『あと、よくあるのは、敵の魔法を無効化したりとか?』
見ただけで相手の魔法をかき消すとか、魔法を消滅させる剣を使うなんて辺りも、比較的定番の能力だろう。
僕がそう発言すると、
『えっと……』
アヤノはなぜか少し困惑したような返事をする。
『どうした?』
僕の問いかけに応えて、アヤノは言った。
『どうやって、その能力でエロ方向にもっていけばいいの?』
『なんでエロ方向にもっていく必要があるんだよ』
おまえはさっきから何の話をしているんだ。
『後出ていないところで言うと』
今度はアヤノの方が意見を出す。
『シンプルに属性の魔法とかかな。風とか水とか』
『確かにそうだな』
スキルと言われたので、特殊な能力の発想が先行していたが、ゲームなんかでありがちな属性の魔法。火の玉を発射するだとか、敵を凍らせるだとか、そういうシンプルな魔法のことは失念していた。
アヤノは言う。
『まあ、そういう魔法の中で狙うなら、風か水あたりで迷うところだよね』
『……風魔法でスカートをめくるとか、水魔法で服を濡らして下着を透けさせるとか言う気だな』
と、僕が先回りして指摘すると、
『すごいね……やっぱり、タカキは私のこと、なんでもお見通しだ……』
『そういうセリフは、もうちょっといい話のときに言ってほしかったな……』
こんなくだらないことを見通したくはなかったものである。
『まあでも、やっぱ木属性魔法かな』
『木属性?』
ないことはないだろうが、火や風に比べれば、それほど馴染みはなさそうな魔法である。
『木だったら、蔓を操って、触手プレイとか出来そうだし』
『そうですか』
『なんなら、自分にも使えるし』
「………………」
こいつは何を言っている……。
触手を自分に使うということは、つまり……。
「………………」
途切れることなく続いていた二人のやり取りが止まる。
一瞬の間の後に、アヤノは言った。
『タカキの変態……』
『おまえが勝手に言ったんだろうが!』
今更、純情ぶられても困るのですが……。
『ああ、もう! ともかく、今の意見を参考に新スキルを開発してくるよ!』
アヤノはなぜか逆切れしたまま、日記を閉じ、どこかへと行っていまったようであった。
と、こんなやり取りを行ってから数日後のこと。
『遂に、私のオリジナルスキルが完成したよ……』
『まじか』
先日の会議以来、アヤノはスキルのことを話題に出さなかった。だから、僕はてっきり新スキルはお蔵入りになったものかと思い込んでいたのだが。
『いったい何のスキルを開発したんだ?』
なんだかんだ言ってもこういう話題というのは、楽しいものだ。中学生のころはオリジナルの必殺技なんかを妄想していた僕からすれば、アヤノが得たというスキルがどういうものなのか、十二分に興味が沸いていた。
『私が得た能力は……』
だから、アヤノのテンションがどこか低いことに、僕は気がついていなかった。
『「
『ご丁寧にお洒落ルビまでふってくださった……!』
なんかどっかで見たことある雰囲気の言葉だった……。
まあ、単純に元の言葉を英訳しただけだし、この程度ならギリギリオマージュとして処理できる……はず……!
僕はそう考え、アヤノに問う。
『では、その「無限の日記」とやらの能力はどういうものなんだ?』
アヤノは僕の問いに答えて、言う。
『まず、詠唱が「身体は日記でできている」から始まって――』
『そこまでにしておけよ、アヤノ』
完全に某作品の弓兵のパクリじゃねえか。
僕の指摘を受けたアヤノは言う。
『……わかったよ。無詠唱魔法という設定に変えるよ』
『そんな変えようと思ったら変えられるものなのか……』
だったら、最初から詠唱なんかいらなかったのでは……。
僕が戸惑っている間もアヤノの説明は続く。
『能力の内容は、お察しの通り、「無限に日記を造り出す能力」……』
そして、一瞬の間の後、アヤノは言った。
『「他人の日記」のね!』
『他人の日記を造り出す能力……?』
僕はアヤノからのメッセージをもう一度読み返す。だが、やはり、アヤノはそう書いている。いったい、それはどう役に立つ能力なんだ……?
『いったい何の役に立つ能力なんだと思っているね……』
アヤノからのまるで僕の心を見透かしたかのような言葉。
それを読んだ僕は素直に彼女に聞いてみることにする。
『それを使ってどう戦うんだ?』
すると、アヤノは言った。
『この能力は……』
『能力は?』
『戦えない……』
『え?』
僕は再び混乱する。
『おまえ、戦うために能力作ってんたんじゃ……』
『そうだったんだけど、うまくいかなかったの!』
アヤノの話をまとめるとこういうことになる。彼女なりに何かの能力を作ろうと努力はしてみたらしい。だが、何をしても能力は発現しない。そこで自分が元々持っていた魔法の日記帳に、力を与えるように願ったらしい。その結果が、この能力……。
『私ももっとカッコいい能力がよかったよ!』
『まあ、確かに流石にダサいというか――』
『こんな能力じゃ、「私の能力見たくない?」って女の子をナンパできないよ!』
『おまえは不純な動機がなきゃ、何もできんのか!』
とはいえ、アヤノの能力がこれに決まったことはどうやら間違いないことのようで――。
『うう……私はいったいどうしたら……』
さすがの僕もこの現状には素直に同情したのだった。
だが、僕たち二人はどちらも気付いていなかった。
この能力がどれだけ恐ろしい能力なのか、ということに……!
以下は、アヤノの証言を元にした再現VTRである……。
ケース1 宿屋の主人
「お客さん……お代が払えないなら、出ていってもらう他ないんですけどねえ……」
ねっとりとした口調でアヤノに話しかけたのは、宿屋の主人だった。筋骨粒々で、二、三十人、人を海の底に沈めていそうな顔をしている。
「すいません……すぐに払いますから……」
この宿には随分と長居していた。以前、ソラちゃんたちから恵んでもらったお金も、もう底を尽きかけている。この宿は、ボロボロで部屋も狭いが、代金は破格の安さ。それを頼みに、今日まではなんとかやってきていたのだが……。
アヤノは部屋に戻り、ため息をつく。
「ああ……戦闘に使えない力なら、せめてお金になる力だったらよかったのに……」
こんな能力では、何かの仕事に役立て賃金を得ることも難しい。
「ああ、腹立ってきた!」
あの女神様はなぜこんな使えない能力をよこしたのだろう。世界を救えというのなら、もう少し役に立つ力を寄越してほしいものだ。この現状は、まるで、ひのきのぼうで魔王を倒してこいと言われているようなものである。
「出てこい! 宿屋のおっちゃんの日記!」
アヤノが件の宿屋の主人を魔法の対象に選んだことにさしたる理由はなかった。ただ、単に直前に顔を合わせた人物が彼だったからというだけのこと。
だから、何もない中空から落ちてきた一冊の日記帳を手に取り、開いたことも単なる暇潰し以上の意図など存在しなかった。
「……え?」
だが、この瞬間、アヤノは気が付く。
この能力が持っていた価値に。
「おじさーん」
アヤノはにこやかに店主のもとへ近付く。
彼女の姿を一瞥した店主は、ため息混じりに呟く。
「……お客さん、宿代はもってきてくれたのかい」
「今はない」
アヤノは心底楽しそうな笑顔のまま、そう言い切った。
それを聞いた宿屋の主人は、今度はため息を隠そうともせずに言った。
「そうかい。なら、あんたを泊めるのも今日までだ。さっさと荷物をまとめて、出ていっておくれ」
だが、そんな言葉を突きつけられた当の本人は、余裕の態度を崩そうとはしなかった。
宿屋の主人はいぶかしんだ。それは、彼女の態度が、先ほどまでは明らかに変化していたからだった。
そして、余裕の笑みを浮かべたまま、アヤノは言った。
「おじさん、私にそんなこと言っていいのかな?」
「……どういう意味だ」
虫の知らせというのだろうか。何だか嫌な予感がする。
宿屋の主人は、身構え、彼女の言葉を待った。
「『ジェームズ』。こう言えば、解るよね」
「な……!」
『ジェームズ』。その名前は、誰にも知られていないはず……!
宿屋の主人は、あからさまに動揺する。
アヤノはにまにまと笑いを浮かべ、楽しそうな調子で言う。
「いやあ、まさかおじさんが、ゲイバーにドはまりしているとは予想外だったなあ」
「おい、やめろ!」
「ジェームズにいったいどれだけ貢いだのかなあ。これ、奥さんに知られたら、色んな意味でヤバいんじゃないかなあ」
当然、家内にゲイバー通いのことは話していない。そんなことを知られれば、家庭崩壊は間違いない。
「………………」
宿屋の主人は、喉の奥から絞り出すような声で言った。
「……何が望みだ」
少女は、ニヤリと笑った。
ケース2 某国の大臣
他人の日記を造り出す力。
その能力の説明には、一つ捕捉が必要だろう。
アヤノの力は、他人の日記を造り出す。
たとえ、本人が日記を書いていなかったとしても。
いったいどれだけの人間が毎日、律儀に日記をつけるだろうか。おそらく、毎日欠かさず、となると、少数派となることは想像に難くない。
また、仮に日記をつけていたとしても、日記に書く内容は取捨選択される。当然、すべての行動を一から十まで記すことは不可能。故に、日記の内容は必然的に書き手が書こうと思ったことのみにしぼられる。
だが、アヤノが能力で造り出す日記は違った。
そこには、対象とした本人の主観を交えた一挙手一頭足が、事細かに記されていた。
宿屋の主人を例にすれば、こういうことになる。
『今日も、またジェームズのところに行った。彼の鍛えられパンパンに膨れ上がった二の腕に、私の下半身は(以下、検閲により削除)』
……このように、彼がゲイバーに足繁く通い、ジェームズに貢ぎ、あんなことやこんなこと(抽象的表現)をしていたことも、すべて記されていたのであった。
つまり、アヤノは望んだ相手の秘密を知るという恐ろしい能力を得ていたのであった……!
「お初にお目にかかります、大臣閣下」
とある国の大臣は、フードを被った怪しげな女から声をかけられ、顔をしかめた。
大臣の顔面には、過ごしてきた歳月と苦労を物語るかのような皺が刻まれている。しかし、その老体に反する目に宿る光の強さは、彼の老獪さを如実に表している。
そんな彼が顔をしかめた理由は簡単だ。なぜ、この女が自分の素性を知っているのか、ということ。
なぜなら、この場所は――
「いやあ、大臣殿。さすがに未成年相手というのは、不味かったですね」
「……な」
「しかも、男色の趣味とは」
「………………」
大臣はまさに今、周囲のものに隠れて囲っている少年の家から出てきたところであった。この女の口調からして、すべてを悟られていることは想像に難くなかった。
「……くっ」
しかし、いったいどこから漏れた? 絶対に、悟られぬように細心の注意を払ってきたというのに……。
「ああ、大丈夫ですよ、大臣殿。あなたたちの仲を引き裂くような無粋な真似は致しません」
女は唇の端をゆっくりと吊り上げる。
「ひとつ、ちょっとしたお願いを聞いていただければですが」
ケース3 とある国の王
『無限の日記』の実験結果メモ
・日記を出せるのは、一度会った(視認した)ことがある相手に限られる
・出せる日記の総数に限界はないと思われる(要確認)
・日記は皆、一様に一般的な辞書程度の大きさ
・一度、召喚した日記は半永久的に実体化する模様。能力の使用者の意志一つで消すことも可能。
・日記の内容は、対象とした人間の行動が事細かに記されるが、過去に遡れば遡るほど、内容は曖昧になる
・日記には、対象者の心理状態、感想なども記される
・日記の内容を更新するためには、一度実体化を解く必要がある。再召喚することで日記は、最新の内容に変化する(古い情報から削除されていく)
若き王は孤独だった。
王の周りには、いつも人が集まった。誰もが彼を敬い、守り、彼の言葉に従った。
だが、それは彼を王という装置として見ていたからだ。
誰一人として、彼を一人の人間として見る者は居なかった。
故に、彼はいつも孤独だった。
「お初にお目にかかります、王様」
そんな王の前に現れた怪しげな風体の女。漆黒のマントに身を包み、フードを目深に被っている。その中身はようとして知れぬ。
いかにも怪しげなそんな存在が、玉座の前に平然と立っていることを王はいぶかしんだ。警護のものはいったい何をやっているというのか。
王の疑問を察したのであろう女は言う。
「警備をしていた兵士たちには下がっていただきました」
「なんだと」
「みな、私のお願いを快く聞いていただけました」
そんなはずはない。兵士たちが警護の任を放棄するなど……。
だが、同時に思う。
彼らは所詮、王という装置を守っていただけの存在に過ぎない。人は大切な存在を守るためならば、命をかけられる。だが、逆にただの職務として王を守っていただけならば、このように自分が見捨てられるのも当然のことなのかもしれない。
自分のような誰にも心を開けない人間は。
「王様、私は乱暴狼藉を働く気は一切ございません」
意外にも女はそんなことを言い出した。
「では、何が目的だ」
「ただ、一つ願いを聞きいれていただければ」
「……それはなんだ」
女は堂々と言い切った。
「王の位を譲っていただきたい」
「………………」
それは明確な反逆だった。
そんな言葉に頷く訳にはいかない。
自分には王としての矜持はなくても、責務はある。
王が抵抗の意志を見せようとした瞬間だった。
女の口からその言葉が放たれたのは。
「『オムツ』と言えば、おわかりいただけますかな」
「……!」
王は戦慄する。
オムツとは、当然、用便を厠で済ませられない幼児が下着の代わりに着用する布のことだ。無論、それは聞いても臆するような言葉ではない。
だが、この王にとっては、その言葉は最大の禁忌と言っても過言ではない言葉だった。
女はまるで世間話をするかのような口調で平然と言い放った。
「いやあ、王様がまさか、オムツを使わなければイケないという特殊なご趣味をお持ちとは、思いもよりませんでした」
「……!」
王は絶句するよりなかった。
王は孤独だった。
王は誰にも心を開けない。
王は孤高の変態だった。
「では、私の願いを聞き入れてくださいますね、王様」
女は唇の端を歪めて笑う。
「いや、元王よ」
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