幕間5
「お疲れ様」
幼稚園での初公演を終えた僕たちは撤収作業に入っていた。
持ってきた小道具をまとめている僕のところにやってきたのは樋川さんだった。
「小道具関係任せっぱなしでごめんなさい」
「いいよ。僕以外の一年生は全員役者としてステージに立ってたんだから」
「双葉くんも舞台に立ったでしょ」
「まあ、すぐにやられる敵の一人だったからね。『一年生は役者として全員参加』って言われたときはどうしようかと思ったけど、まあ、あれくらいで許してもらえてよかったよ」
僕たちの初舞台は成功に終わったと言ってもいいだろう。僕は主に舞台袖から観客の方を見ていたが、幼稚園児たちは真剣に劇に見入っていたように思う。単純に物珍しさもあったのかもしれないが、最後まで皆が劇に集中していたようだった。
僕がそんな感想を話すと、
「脚本のおかげですかね?」
樋川さんは冗談めかした調子で言い、にこりと笑った。
「……樋川さんたちの演技力のおかげじゃないかな」
皆、高校生というだけあって、中学生よりも、皆うまかった。
中でも樋川さんは頭一つ抜けていたように思う。役どころは赤ずきん。猟師から譲り受けた猟銃を振り回すアクションシーンも、ラストの仲間との切ない別れのシーンも見事に演じ切った。声の通りや活舌はもちろん、舞台上の動きの一つ一つに切れがあった。情感豊かというのだろうか。何よりセリフに感情を乗せるのがうまかった。脚本を読み込み、自身の役をきちんと把握しているからこそできる演技だった。
その演技のやり方に、一人の少女が重なった。
樋川さんの演技は、どこかアヤノに似ていた。
アヤノは中学時代、皆から天才だと思われていた。どんな役どころでもそつなくこなし、見る人を物語の世界へと引きずり込む力を持っていた。それは、きっと持って生まれた才能のなせる技なのだろう。そういう風に思われていた。
けれど、僕は知っていた。アヤノは誰よりも努力家だった。脚本を読み込み、人の演技を分析し、何度も何度も練習することで、役を自分自身に浸透させていた。皆が彼女を天才だと思っていたのは、彼女がそんな努力の跡を誰にも見せようとしなかったから。
僕は一度、なぜそんなに自分の努力を隠すのか、聞いたことがある。すると、彼女は言った。
「何でもできる天才役者って思われた方がかっこいいでしょ」
そんなことを笑って言うのだ。
だから、僕は言った。
「僕には、ばれてるけどいいのかよ」
すると、アヤノはいたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。
「タカキなら私がどんな人間でも、気にせずに受け入れてくれるでしょ」
「双葉くん」
僕は樋川さんに名を呼ばれて、意識を引き戻される。
「ぼうっとして、どうしました?」
「いや……何でもないよ、樋川さん」
不意にアヤノのことを思いだした僕は感傷的な気分になっていた。アヤノとは、日記越しとはいえ、ほとんど毎日話しているはずだというのに。
僕の言葉を聞いた樋川さんは言った。
「そうですか。ならいいのですけど」
そして、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「何かやらしいことを考えてましたか?」
「え?」
「私、解るんですよ、そういうの」
確かに僕は今、アヤノのことを考えていたけれど、やらしいことなんて……。
「まあ、嘘ですけどね」
「おい!」
ちょっと焦ったじゃねえか。
樋川さんはくすくすと笑っている。
この娘に対する印象も随分と変わった。初めはもっと固くて大人しい娘なのかと思っていた。少し話すと、妙な冗談ばかり言う変な奴だと思うようになった。
そして、今ならもう少しだけわかる。
彼女のくだらない冗談はすべて、周囲の人間と円滑に会話を進めるための手段だ。事実、彼女がくだらない冗談、嘘をついたときは、僕は彼女と自然な言葉を交わせている。彼女がどこまでそれを意図しているのかはわからないけれど。
「………………」
聞いてみようか。そんな考えがふと頭を過った。
他人に対して、自ら踏み込むこと。
それは昔の僕なら考えもしなかったことだ。あるいは、考えても無視して、なかったことにしてしまったこと。
ずっとアヤノの背に隠れていた頃の僕なら絶対にやらなかったことだ。
「………………」
樋川さんは黙ってこちらを見ている。まるでこちらの言葉を待っているかのように。
僕はそんな彼女を見て、ゆっくりと口を開いた。
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