幕間4
「今日は、幼稚園でやる演劇の内容を相談したいと思います」
週に一度の演劇部のミーティング。部長は部員を見渡して、そう言った。
「二年生以上は解っていると思いますが、一年生も居るので一応説明します」
そう前置きすると、部長は次に僕たちが行う公演について話してくれた。
うちの演劇部では毎年、近隣の幼稚園を訪れ、劇を披露するのが伝統になっているらしい。
「幼稚園児相手なら、肩肘張らずに演技できるから、一年生のデビューにはちょうどいいということで、毎年やらせてもらっているのよ」
部長はそう説明した。
確かに、大人や同級生の前で演技をするよりかは、幼稚園児に向かって演技を披露する方がいくらか気楽だろう。
「だから、まずは台本を決めなきゃいけないんだけど」
部長は言う。
「例年は、幼稚園児相手ということもあって、童話をモチーフにした劇をやっているわね」
「童話のアレンジですか。たとえば、どんなことをやったんですか」
樋川さんが部長の言葉に応じる。
「そうね。去年は、鶴の恩返しのSFアレンジだったわね」
(鶴の恩返しのどこにSF要素を加えたのだろう……)
「その前の年は、桃太郎の恋愛物アレンジだったわ」
(誰と誰が恋愛するんだよ……)
「なるほど、面白そうですねえ」
樋川さんは笑って応じた。
「それで今年なんだけど――」
僕は思う。
(いや、内容言わねえのかよ!)
SF鶴の恩返しと恋愛桃太郎の内容が気になっているのは僕だけなのか……?
樋川さんもどんな内容だったのか、聞いてくれればいいのに……。
(いや、まあ、気になるなら自分で聞けって話か……)
演劇部としての活動が始まって一月以上が経過したけれど、僕はまだこの演劇部の一員になったという自覚は薄かった。練習には出ているし、他の部員と少しずつ会話もするようになったけれど、本当に自分が言いたいことはいつも喉元で飲み込んでしまう。僕はずっと、狭い部室の隅っこからみんなの背中を見ていた。
「まず、今年は何の童話をモチーフにしょうか?」
部長の提案に様々な言葉が飛ぶ。
「浦島太郎」「白雪姫」「うさぎとかめ」「かさ地蔵」「金太郎」
まだやっていなくて、誰もが思いつく童話を好き勝手に取り上げたというところだ。
「うーん、結局、どうやって決めようかしら」
だが、逆に何か一つの童話をどうしてもやりたいという人間も居なかったようだった。まあ、特定の童話に特別な思い入れがある人間もそう居るものではないだろう。だから、皆、誰かが決めたものに従おうという空気ができていった。
僕は思う。
きっとアヤノならばこういうときに積極的に発言したのだろうな、と。
だけれど、僕はアヤノではない。
ただ、何も言わず、部屋の隅で皆の言葉を待った。
すると、発言したのは樋川さんだった。
「だったら、皆、それぞれが脚本を書いてきて、一番面白いものを投票で決めるというのは、どうですか?」
「なるほどね、面白そうね」
樋川さんの提案に部長は乗り気のようだった。
「せっかくだから、全員参加にしましょうか」
部長はそう言って、部員一同を見渡した。
「マジですか……」「俺、脚本なんて書けないぜ」そんな声が上がる。
正直、樋川さんの提案はあまりうれしいものではない。僕は遊びで脚本を書いたことはあるけれど、今まで誰にもそれを読ませたことはない。唯一の例外がアヤノで、そのアヤノは僕の書いたそれを手放しでほめたけれど、それだって身内びいきという奴だ。僕も人に見せられるような脚本が書けるとは、到底思えなかった。
すると、部長は言う。
「脚本を書くのも演技の勉強になるわ。普段とは違う角度から演劇を見つめなおすのも一興よ」
そして、結局、部員全員が童話をモチーフとした脚本を書いてくることになったのだった。
『ついに、タカキが脚本家としてデビューするんだね!』
部内会議の内容をアヤノに話すと、アヤノはこんなメッセージを送ってきた。
『別に僕の脚本が選ばれたって話じゃないぞ』
『選ばれるよ』
アヤノは、一言、そう言った。そのメッセージの短さが、逆に彼女の僕に対する思いを表しているような気がした。
一体、どんな脚本を書いたらよいのだろうか。
僕は思案する。
『脚本ができたら一番に読ませてね』
アヤノは言う。
言われなくてもそのつもりだ。出来上がったら、日記に書き込んでアヤノに一番に読んでもらおう。
ふと気が付く。
脚本を書いて皆に披露しなければならないということに意外に忌避感は薄かった。全員強制参加だからというのもあるかもしれないし、童話モチーフの幼稚園児に見せる簡単なものだと思っているからかもしれない。
「………………」
それとも、心のどこかで僕はこんな機会を待っていたのだろうか。
僕の机の引き出しの中。そこには今までに僕が書いた誰にも見せていない脚本が眠っている。脚本を書いたのは気まぐれだった。それを見せないのは、単純に恥ずかしかったから。
だけれど――
「はあ」
僕は回り始めた思考を断ち切るために小さく息を吐き、脚本の構想を始めた。
「これ、すごく面白いわ」
「そう……ですかね」
「双葉くんってこういうのが得意だったのね」
僕の書いた脚本のタイトルは『メルヘンヒーローズ』。桃太郎、赤ずきん、ヘンデルとグレーテルなど有名なおとぎ話の主人公たちが協力して、鬼や魔女の軍勢と戦うという設定の物語だ。
幼稚園児を相手にしたときに受ける舞台を考えたときに最初に浮かんだイメージがヒーローショーだった。だから、幼稚園児が知っていそうな物語の主人公を詰め込み、まとめてみようと考えた。こういう脚本であれば、主役級の登場人物も増やしやすい。そういう意味でも演劇部の初公演の脚本に適しているのではないかと思ったのだ。
「なかなかいいんじゃねえか」
「うんうん、これなら幼稚園の子でもわかりやすいしね」
僕の書き上げた脚本の評判は上々のようだった。
樋川さんは僕の脚本を読んで言った。
「やっぱり、双葉君は脚本を書くのがお上手なんですね」
僕は気恥しくなり、うつむいた。
何なのだろう、この気持ちは。
もちろん、自分が書いたものが褒められるのはうれしい。それは誰だってそうだ。けなされるよりも、褒められる方がうれしいに決まっている。そんなことは当たり前だ。
だから、僕が今、感じているこの気持ちも、ごくありふれた感情に違いないんだ。
僕はそんな風に自分の感情を整理する。
だけれど、少なくとも嫌な気分でないことだけは確かだった。
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