第四話「賢者の娘」
『何故、世界から争いはなくならないんだろうね……』
『急にどうした』
僕がいつものように自室で日記を開くと、アヤノからどこか暗い雰囲気のメッセージが届いていた。
『いや、私は世界というものに無常を感じてしまってね……』
アヤノが今居るのは異世界だ。異世界というと、剣と魔法の世界として皆のあこがれになっているイメージだが、実際は多くの場合、平和とは言えない世界であることが多い。魔物との争いや人間同士の戦争。日本という平和な世界から急にそんな世界に足を踏み入れれば、虚しさや悲しみを覚えるのも、ある意味、当たり前のことなのかもしれない。
『何があったんだよ』
僕はせめて彼女の話を聞こうと思う。
それが僕にできる唯一のことだから。
そして、アヤノは語り始めた。
再び金銭を稼ぎ、今度こそギルド登録を果たした私だったのだが……。
「だから、最初はEランクの依頼からスタートだって言ってるだろうに」
「そんな薬草採取とか、鉱石集めとか、地味な仕事がやりたいわけじゃないんだよ!」
例の受付嬢のおばあさんに向かって私は言う。
おばあさんは嘆息して呟く。
「まあ、冒険者なら派手な依頼をこなしてみたいって気持ちは解るけど――」
「私は楽して稼げる仕事がしたいの!」
「いや、あんたはそういう奴だったね……」
なぜかおばあさんはあきれ顔である。
おばあさんは、一枚の紙きれを突き付けて言った。
「ともかく、最初はEランク! これは変わらない。薬草採取にとっとと行ってきな!」
「うう……」
有無を言わせぬおばあさんの剣幕に、私はすごすごと引き下がる他なかった。
「薬草採取ねえ……」
私は依頼書を見ながら考える。
まあ、低ランクの依頼に暗殺者ギルドが絡んできたり、予想外の魔物の乱入で、高難度クエストに変貌するなんていうのも、異世界あるあるではあるけれど、さすがに薬草採取が高難度任務に変貌するというシナリオは想像がつかなかった。
「これ、行くの面倒だな……」
だが、いつまでも、うだうだ言っていても仕方がない。私が諦めて依頼の場所に向かおうとしていたときだった。
「あ、あの、すいません」
私がギルドの入り口から出て、すぐ背後から何者かに声をかけられる。
振り返ると、そこに立っていたのは――
(え……? めっちゃ可愛い)
とんでもない美少女がそこに立っていた。
長く美しい金髪の髪は、丁寧に編み込みが入れられ、その隙間から長くとがった耳が出ている。これはエルフにみられる特徴だ。深い海のように青く透き通る瞳は確かに私をとらえていた。
そして、何より――
(え、めっちゃ胸でかい……)
巨乳だった。もはや、これ以上の言葉はかえって無粋であろう。巨乳だった。
そんな美少女が私に向かって言った。
「もしかして、あなたは『大賢者フォーマルハウト』さまの娘ではありませんか?」
「え?」
私は誰かと間違えられているようだ。
「すいません、今、この町に『賢者の娘』が訪れていると噂になっていまして……『賢者の娘』は、他の方とは違う特別な魔法具を身に着けていると聞いていましたので」
私は自分の格好を見ながら考える。
(ブレザーの制服は、このファンタジー世界では特殊な格好に見えるからか……)
スライムに溶かされたせいで、露出が多めの改造制服じみた井出達になっていることも合わさってか、確かに私の今の姿は普通の格好とは言えないのだろう。
「あ、あの、もしかして、私の勘違いでしたでしょうか……?」
エルフ美少女は困ったように眉を曲げた。
「………………」
私はそんな彼女の様子を見て、言う。
「ああ、私がその『賢者の娘』だよ」
『ちょっと待てや』
思わず、僕はアヤノの話を遮る。
『完全に嘘じゃねえか』
僕の指摘に応えて、アヤノは言う。
『今までに一度も嘘をついたことがないものだけが、私に石を投げなさい』
『それ、自己弁護のために使う言い回しじゃねえぞ』
「私はネメシアと申します」
エルフの美少女は折り目正しく頭を下げて、そう言った。
ネメシアちゃんか……。
この子は何としても私のハーレムに加えたい逸材だった。そのため、思わず咄嗟に嘘をついてしまった。まあ、問題ないだろう。何せここは異世界だ。後で「嘘を吐いたことを謝る」イベントさえこなせば、攻略は完了できる。なにせ、ここは異世界だからな。基本的に異世界のヒロインはちょろいと決まっている。
私は言う。
「私はアヤノ」
「え……? アヤノさん……ですか?」
しまった……本名を名乗ってはまずかったか……?
「確か、賢者の娘さまも賢者様と同じく『星の名』を得ていると聞き及んだのですが……」
なんだ、その設定聞いてねえぞ!
ネメシアちゃんの言葉を聞いて、私は気が付く。
(そう言えば、この町の名前も星の名前だった……)
どうやら、この世界では星というのが、重要なキーワードになっているらしい。
どう、誤魔化したらいいか……?
私は一呼吸ついてから言う。
「すまないが、我が真名は簡単に明かすわけにはいかぬのだ。我が名を利用する輩がいつ現れないとも限らないのでな」
「まあ、そうだったのですね。ですから、偽名を」
よっしゃ、ちょろいぜ、異世界人!
よくわからん言い訳でも通るあたりが異世界の素晴らしさである。
と、私がこっそりガッツポーズを決めていると。
「ふん……どうかしらね。本当にそいつは『賢者の娘』なの?」
と、ネメシアちゃんの背後から棘のある声が聞こえてくる。
「まあ、ソラ。そんな失礼なことを言ってはいけないわ」
「ふん……ネメシアは昔からすぐ騙されるからね」
敵意を隠そうとしない態度で私をにらんでいたのは、長い赤髪を結った女騎士だった。凛々しい瞳に、シャープな顔立ち。かわいらしさよりは、カッコよさが前面に出たタイプの美人だ。これはこれで、なかなかの逸材。おそらくはツンデレ枠だろう。
(しかし、警戒されているな……)
こんな序盤で正体が露見すれば、私のハーレム計画は水の泡である。なんとか、誤魔化さないと……。
私が何と言うべきか思案していると――
「ソラ! 私を侮辱するのは構わないわ。でも、アヤノさまに失礼なことを言うのは看過できない。アヤノさまに謝って」
私をかばったのは、ネメシアちゃんだった。
(う……)
さすがにこうまで純粋な気持ちで庇われると、胸が痛い……。
真剣な表情のネメシアちゃんに対して、ソラちゃんは澄まし顔である。
「ああ、そう。悪かったわね、賢者様」
適当な謝罪と共にソラは、我関せずという顔で後ろに下がった。
「仲間の非礼をお詫びします。申し訳ありません、アヤノさま」
「い、いや……こ、この程度では、怒らんよ……賢者の娘だからね」
「まあ、なんとお優しい!」
異世界人特有の過度な主人公上げが、今は胸に痛い。
次の瞬間、ネメシアちゃんは、私の手を取り、自分の胸の前で両手で握りこんだ。
「アヤノさま、実はお願いがあるのです……」
上目遣いで私の目を覗き込む美少女……。
これは……。
「なんだい。何をしてほしいのかな」
私は彼女の話を聞くことにした。
「我々と一緒にドラゴン退治をしてほしいのです」
ネメシアちゃんからのお願いをまとめるとこういうことになる。
ネメシアちゃんとソラちゃんは、幾人かのパーティメンバーと共にSSランク任務であるドラゴン退治を請け負った。しかし、パーティメンバーが急に病気になって依頼に参加できなくなったとのらしい。
「厚かましいお願いであることは承知の上です。しかし、我々二人ではドラゴン相手では不安が残ります」
他のメンバーの回復を待っていては、定められた期日までに依頼を達成することは不可能。そのため、代理でメンバーになってくれる人員を探していたとのことだ。
「『賢者の娘』であるアヤノさまがいらしてくだされば百人力です。ですから、どうかお力を貸してください」
私の手を握りしめながら言うネメシアちゃん。
美少女からのお願いは断らないのが信条の私だが、さすがにドラゴンは少し荷が重いだろうか……。まだ、スライムしか倒したことないし……。
「えっと、悪いんだけど……」
「どうか、お願いします!」
そう叫んだネメシアちゃんは前のめりになり、そのまま、私に迫ってきて――
「きゃっ」
足元の石か何かにつまづいたことで、私に抱き着くような恰好になり、
「こ、これは……!」
そうすると、自然、彼女のグラマラスなボディが私にしなだれかかることとなり、
「オウ、ダイナマイツ……」
正直、辛抱たまらん感じになった。
これぞ、ラッキースケベ!
やっほう、やっと異世界ものっぽい感じになってきたぜ!
「ご、ごめんなさい、アヤノさま!」
そう言って、ネメシアちゃんは私から慌てて離れる。
「気にするな……」
むしろ、もっとやってください……。
すると、彼女は申し訳なさそうな顔で呟く。
「ごめんなさい……やはり、こんなお願い、厚かましいですよね……。アヤノさまもお忙しいでしょうし……」
「………………」
「やはり、他の方を当たってみることにします」
私は彼女の胸元を見つめながら、呟いた。
「いや、行かないとは言ってないんだけど」
『完全に色仕掛けに嵌まってるじゃねえか』
僕がそう指摘すると、
『人はパンのみに生きるにあらず……時にもパイも必要なのだ』
『そんなにうまくないぞ』
というか、さっきから何なんだ、そのノリは。
こうして、三人でSSランクの依頼をこなすことになったんだけど……。
(せめて、何か装備くらいはほしいな……)
現在の私の装備は、破れたブレザーの制服のみである。防御力はほぼゼロに等しいし、攻撃力だってない。せめて、剣の一本くらいは貸してほしいところだが……。
「ねえ、賢者様。賢者様は丸腰だけど、ドラゴン退治に行くのに武器は必要ないのかしら」
と考えていたところに、渡りに船。ツンデレキャラであろうソラちゃんの方が私に武器について尋ねてくれる。
よし、ここで剣の一本くらいは貸してもらおう。
「そうだね。剣を――」
「まあ、ソラ! アヤノさまになんて失礼なことを言うの!」
「へ?」
なぜかネメシアちゃんは声を上げて怒っている。
「アヤノさまはあの賢者様の娘なのよ! 武器なんてなくてもドラゴンなんて一捻りに決まっているでしょう!」
「へ……?」
いや、さすがに武器くらいは欲しい――
「アヤノさま、ご無礼をお許しください……」
そういって、ネメシアちゃんは折り目正しく頭を下げた。
「………………」
えっと……。
「……そうだな。私クラスになると武器はなくても大丈夫だ」
おい、何を言っている私……。
「さすがです、アヤノさま!」
そう言って、さっさと歩いていくネメシアちゃん。
まあ、仕方がないか。なんとかなるだろう……。
と、そんなことを考えていると、
「うわっ」
ソラちゃんが懐から何かを取り出し、私に向かって投げてきた。私はそれを身体で受け止める。
「短剣……?」
装飾などのないシンプルな造形の短剣だった。
「まあ、賢者様でも、それくらいは持っていても邪魔にはならないでしょ」
「あ、ありがとう……」
「行くわよ」
え……。
ソラちゃん、優しい。
彼女はツンデレかと思っていたが、実は面倒見のいいお姉さんキャラだったのか……。
「では、まず依頼の地である山まで馬で移動します」
ネメシアちゃんは颯爽と馬に乗りながら言った。可愛らしい女の子だけれど、最高ランクの依頼を受ける資格を持っているだけのことは感じられる身のこなしだった。
ソラちゃんの方も、同じく軽々と馬にまたがる。
そして、彼女は言った。
「ねえ、賢者さまはどうするのよ。馬は二頭しかいないのよ」
確かに私は馬を持っていない。
仕方がないので、どちらかに相乗りさせてもらうしか――
「まあ、ソラ! アヤノさまになんて失礼なことを言うの!」
「へ?」
なぜかネメシアちゃんはまた怒り出した。
「アヤノさまレベルなら、徒歩でも馬なんかよりもずっと速く移動できるに決まっているでしょう!」
「へ……?」
いや、さすがに馬には乗せてほしい――
「アヤノさま、再びのご無礼をお許しください……」
そして、またネメシアちゃんは頭を下げる。
私は――
「まあ、馬なんてなくても……よ、余裕だし……」
「さすがです! アヤノさま!」
そういって、ネメシアちゃんは、すたこらさっさと馬で走って行った。
え……どうすんの、私……。
「仕方ないわね……」
呆然と立ち尽くす私の後ろに馬に乗ったソラちゃんが居た。
「乗る? 賢者様?」
「え……?」
「まあ、たまには庶民の移動法を知るのもいいんじゃない?」
え、めっちゃ優しい、この子……。
「あ、ありがとうございます……」
こんなんされたら惚れてまうで……。
こうして、私はソラちゃんの馬に相乗りさせてもらうことになったのだった。
「ドラゴンの居る山の前まで付きましたが、今日はここで野宿をして、明日の朝、ドラゴン退治に向かうことにしましょう」
そう言って、ネメシアちゃんは野営の準備を始めた。背負っていた荷物から簡易なテントを取り出して張り、スティック状の携帯食料を取り出し、食べ始めた。
そこで私は気が付く。そういえば、今日は何も食べていない……。
基本的に文無しなので、食料を買う余裕などなかったのだ。
「ねえ、私たちは食料を用意しているけど、賢者様は何も持っていないんじゃないかしら?」
と、そこでまたもや助け船を出してくれたのは、ソラちゃんだった。
お、これは食料を分けてくれる流れ――
「まあ、ソラ! 賢者様になんて失礼なことを!」
「へ?」
なぜかまたもやネメシアちゃんは怒り出した。
「アヤノさまレベルなら大気中の魔力を吸収するだけで生きていけるから食事なんて必要ないのよ!」
「ええ……」
私は仙人か何かか……。
「重ね重ねの無礼をお許しください、アヤノさま」
そう言って、ネメシアちゃんはまたもや頭を下げるのだった。
……ここまで来たら仕方がない。
私は意を決して口を開く。
「ま、まあ、そうだね……私クラスになると食事という非効率なエネルギー回収法に意味を見出せないというか……」
もう、ここまで来たら後には引けないでしょ……。
「さすがです! アヤノさま!」
そう言って、ネメシアちゃんはさっさと食事をとって、テントに入って寝てしまった。
どうするんだ、私……。
「まあ、たまには非効率を求めるのも悪くないわよ」
そう言って、ソラちゃんは私に携帯食料を手渡す。
「ありがとう……本当にありがとう……」
あんたは女神だよ……。
次の日。ついにドラゴンの居る山の攻略に乗り出したのだが……。
「まあ、風が強い谷の上でもまっすぐ歩けるだなんて、さすがです、アヤノさま!」
「まあ、精神を落ち着かせるために、深呼吸をするなんて! さすがです! アヤノさま!」
「まあ、体力を回復させるために、岩の上に座るだなんて! さすがです! アヤノさま!」
もう、この子、私を馬鹿にしてないか……?
しかし、ここまで来て引けないのも事実である……。
「まあ、大したことではないよ」と、余裕ぶって応えておく。いや、本当に大したことではないのだけれど……。
そんなこんなで大した障害もなく、目的のドラゴンの巣までやってきたのだが――
「え? ちょっと待って、でかくない?」
山の最奥に鎮座していたのは、とんでもない怪物だった。姿は一般的に想像される西洋的ドラゴンのフォルムからそう外れてはいないが、そのサイズは桁違いだ。今、私たちが居るのはドラゴンの尾の側なのだが、体が大きすぎて頭の方が隠れてしまっている。遠目には丘か何かと勘違いしてもおかしくないような大きさだ。
「ええ。あれは『エルダードラゴン』。クラスは『災厄』、別名『終焉の担い手』。四十年前の第二次人魔大戦において、魔物によって使役された『三大魔獣兵器』の生き残り……。かつて、同じ種類のドラゴンの襲撃によって、一晩で三つの町が火の海に沈んだといわれています」
「ここぞとばかりに設定を盛らないでほしいんだけど!」
なんだ、その禍々しい設定は!
「ていうか、そんな危ない存在を一ギルドだけで狩ろうとしてたの? こういうのって国家が出てくるレベルの敵なんじゃない?」
私が訪ねると、
「おっしゃる通りですが、あのドラゴンはあくまでこの谷に住み着いているだけで、今のところ人里を襲ったことがないんですよね。だから、国も積極的な討伐活動を起こさなかったんです。藪蛇の方が怖いですから」
「じゃあ、放っておけばいいのでは?」
「いや、そういうわけには行きません。実はあのドラゴンが住み着いているこの谷の法律上の所有者がここにレジャーランドを建てようとしていまして、そのためにはあんなドラゴンに居座られると都合が悪いのです」
「人間のエゴが滲み出ている気がする!」
なんかこっちの方が悪者じゃないかな?
ネメシアちゃんは真剣な表情で説明を続ける。
「確かにあのドラゴンは厄介です。しかし、ドラゴンが長寿とはいえ、四十年前の残党となれば全盛期の力には程遠いはずです。ですから、私とソラだけでは無理でも、アヤノさまのご助力があれば、決して不可能な依頼ではありません」
「う……」
これはさすがにヤバくないだろうか……。
異世界である以上、ピンチになったらご都合主義的な能力が目覚めるだろうと高をくくっていたが、もし、そう、うまい展開にならなかったしたら……。
ドラゴンはいつの間にか、こちらに目を向けていた。
血走った目は確かにこっちを見据えていて――
「ドラゴンがこちらに気が付きました!」
「待って! まだ、心の準備が!」
「アヤノさま、お願いします! 今こそ究極魔法『スーパーノヴァ』を使うときです!」
「だから、勝手に設定を盛るのやめてー!」
パニックに陥る私の前にドラゴンは悠然と現れる。
「GRRRRRRRRRRRRRR……」
あ、ダメだ、これ……。完全に喰われる流れだ。
「あのドラゴンを前にしても一歩も引かないなんて……さすがです、アヤノさま!」
と、後ろから聞こえる声。ネメシアちゃんは、いつの間にか、だいぶ後方に下がっていた。
「違う違う! 足がすくんでるだけだから! 逃げるタイミング逃しただけだから!」
もう、ガックガクのブッルブルだよ!
しかし、もはやそんなことを言っている余裕もなかった。私のすぐ目の前にドラゴンの鋭い爪が迫っていて――
「あ、死んだ……」
そこで私は意識を失った。
「お目覚めかしら、賢者様」
気が付くと、私は横になっていて、すぐ側には長い赤髪の美女が立っていた。
「あれ……天使? ということは天国?」
「あいにくと私は天使になった覚えはないわね」
赤髪の天使はそう言って、長い髪を手際よく結ぶ。
「あ……ソラちゃん……」
ということは、私は生きている。
ていうか、ドラゴンに襲われて……。
「って、ドラゴンどうなったの?」
「追い払ったよ、何とかね」
ソラちゃんの話によれば、ドラゴンの攻撃を見て、気絶した私をソラちゃんが助け出し、その後、二人で攻撃を加えた結果、ドラゴンは逃げて行ったらしい。
「まあ、今回の依頼はあの山を使える状態にすること。だから、ドラゴンが居なくなってくれさえすればよかったから、なんとかなったわ。ドラゴンは比較的知性が高い魔獣。逃げれば追ってこないことに気が付けばよそに行くのよ。特にあの山に執着しているわけでもなかったからね」
まあ、助かったのなら何でもいいやと私はそっと胸を撫でおろす。
そのときだった。
「えっと……アヤノさま……?」
「あ……」
私の後ろに立っていたのは、ネメシアちゃん。
すっかり忘れていた……。
「………………えっと」
ネメシアちゃんは、気まずそうな顔でこちらを見ている。
何か言わなければ……何か――
私は意を決して言う。
「私があえてやられることで、二人の気を引き締め、潜在能力を引き出し……」
「………………」
「………………」
「………………」
「……すいませんでした」
さすがに誤魔化しきれませんでした。
『それで? 適当な嘘をついて醜態をさらしたから、その謎のテンションになっているのか?』
僕は先ほどから妙に達観したような口調になっているアヤノに問う。
『話は最後まで聞くべきだよ』
『まだ、あるのかよ……』
僕はアヤノの言葉を待つ。
『結局、私の正体はばれてしまったのだけれど、二人は自分たちの報酬の一部を分けてくれたんだよ。一緒に居て楽しかったから、餞別だって……』
『人間出来すぎだろ』
普通、そこまでしてくれないと思う。
『だからね。私も反省したの。これからはこの金を元手にして真面目に生きようって。Eランクのめんどくさそうな依頼もこなして、とりあえずこの世界で生計を立てられるようにしなくちゃって』
『そうだな』
アヤノは昔からやれば何でもできるのに、適当に臨んだことで失敗することが多々あった。今回の件で、真面目にやっていこうという風に思えたのだとしたら、それは収穫だろう。
『だから、そのお金を持って、ギルドに向かったの』
そうだな、仕事を受けるためにはギルドに行かないと。
『でも、その隣のキャバクラで客引きをしていた女の子が私の好みの女の子で……』
は……?
『もらったお金を使ってしまって……』
は……?
『………………』
………………
『どうして、世界から争いはなくならないんだろうね……』
『賢者タイムになってんじゃねえよ』
彼女の冒険はまだまだ続きそうだと思う、今日この頃なのであった。
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