第12話「失踪」
翌日、登校した三人は学校の掲示板に目を奪われた。
「陽真君……」
凛奈は掲示板に貼られた赤いポスターを真剣な眼差しで見つめる。
ポスターの一番上には大きく「探しています」の黒い文字。真ん中には陽真の学生証の顔写真。その下には陽真の身長や髪型、失踪した日付と時間、失踪時の服装、プチクラ山に行っていたことの情報などが細かく記載されていた。
「浅野って……二年の?」
「うちの学校の生徒だって」
「家出か?」
「行方不明だって、ヤバくない?」
「誘拐……はないよな」
「私、この子陸上部で走ってるのみたことある~」
掲示板の周辺は、事態を知って騒ぎ立てる生徒で溢れていた。純粋に心配している者もいれば、中にはからかって嘲笑う者もいた。
「浅野君が行方不明!?」
「嘘でしょ……嘘だって言ってよ!」
「そういえば最近部活来なかったよな……」
陸上部の部員やマネージャー仲間達は、真剣に心配していた。生徒の群衆の中には、万里の姿も見られた。同じ学校でしかも同じ部活、こんなに身内の者が失踪したという事態は、非常に深刻な問題だ。
「ほらほら、ホームルーム始まるよ。みんな校舎に入った入った!」
いつまでも掲示板の周辺に群がる生徒の肩を押しながら、校舎に入るよう促す先生。昇降口に吸い込まれる生徒達にかき混ぜられながら、凛奈は掲示板を睨み付けた。陽真は何か理不尽な力によって連れ去られたような気がしたからだ。
「うーん、浅野君のことは知ってるけど、陸上部の人ってことくらいしか……」
「浅野って、学校の中で結構有名だから知ってるけど、あいつがどこに行ったかは分からないよ」
「彼、走るの好きでしょ? 走ってるうちに知らないところにまで行っちゃったんじゃない?」
「神隠し……かもしれないわね……フフフ♪」
「私!浅野先輩がいなくなってマジショックですぅ~! 浅野先輩の無事を心から祈りますぅ~!」
「君達、浅野探してるの? やめときな。俺らのような一般人の手で見つかるくらいなら警察はいらないよ」
凛奈達は陽真と同じクラスの生徒や彼の友人、彼のことを慕う後輩など、学校の生徒から幅広く話を聞いて回った。
どの生徒からも、役に立つような情報を引き出せなかった。あまりにもふざけた答えを口にした生徒に、哀香はカッとなって何度も殴りかかろうとした。その度に凛奈と蓮太郎は、何度も彼女を押さえ付けた。捜索は難航しそうだ。
凛奈はマネージャーとしての部活動の時間を利用し、陸上部の部員やマネージャー仲間達にも話を聞いた。
「いい奴だったんだけどな。行方不明って聞いて驚いたよ」
「心配だよな。早く見つかることを祈るよ」
「行き先は俺にも分からないな。すまん」
「プチクラ山に行っていたってポスターに書かれてたから、そこにいるんじゃないか? うーん……考え方が安直過ぎるか」
「凛奈、浅野君の幼なじみらしいね。早く見つかるといいね」
陸上部からも、有力な情報は得られなかった。最後に、凛奈は陽真のことを一番によく慕っていたという後輩と、万里の元を訪ねた。
「浅野先輩は、土日にプチクラ山のハイキングコースで体力作りをしてると言ってました。ポスターにも、プチクラ山に行っていたって書かれてありましたし」
「なるほど……」
「あと、あそこってなんか変な噂あるんですよ。森に入ったら神隠しにあうとか、行方不明になって戻れなくなるとか」
「……」
後輩の話を聞き、なぜか万里の表情が若干曇る。凛奈はその顔に気がづくも、後輩の話に耳を傾け続ける。
「まぁ、この噂はともかく、あの山は何か関係があると思います」
「ありがとう、
「いいえ、清水先輩の役に立てて何よりです」
「ごめん凛奈、私は何も役に立ちそうなことは知らないや」
「ううん、いいよ」
「凛奈、今日は早く帰っていいよ。後は私達がやっとくから」
「ありがとう、万里ちゃん。じゃあね、二人とも」
凛奈は哀香と蓮太郎の元へ戻って行った。万里は凛奈の背中を見つめる。いなくなった大切な人を、必死に探し続けるどこか頼もしげな後ろ姿。それを自分と重ねる。あの人が行方不明になってから、三年経つ。そういえば、自分はすぐに捜索を諦めてしまった。
「今さら見つかるわけないよね……お兄ちゃん……」
「ん? 先輩、何か言いました?」
「ううん、何でもない」
プチクラ山に隠れかけた夕日を眺める万里。あの人も今、あそこにいるのだろうかと、ふと思ってみたりする。
「うーん……やっぱりプチクラ山が怪しいね。明日はここに焦点を当てて聞き込みを続けようか」
「うん、私もここは絶対関係があると思う」
「ていうか、もう聞き込みの必要ないんじゃない? 絶対ここでしょ」
凛奈と哀香、蓮太郎の三人は、得た情報をまとめたメモ帳を睨み付けながら、帰り道を歩いていた。哀香はふとため息をつく。
「それにしても、みんなふざけすぎよ。一人の人間が行方不明になったっていうのに、あんなふざけたこと言えるなんて……信じられない」
二人は哀香の顔を見て驚いた。瞳に涙がにじんでいる。彼女が二人に見せる初めての涙だった。
「そうか、哀香も……」
蓮太郎は何かを思い出したような素振りを見せる。
「哀香ちゃん?」
「……また近いうちに話すわ」
哀香は溢れかけた涙を脱ぐって歩き始める。哀香には何か似たような事情があるようだった。今聞くわけにはいかないらしく、凛奈は時を待つことにした。
* * * * * * *
それから私達は本格的に陽真君の捜索を開始した。学校の授業が終わり、放課後の部活がない日はプチクラ山に寄って森の中を歩いた。
同じく陽真君の捜索をしているであろう警察官をたまに見かけた。声をかけられないように気をつけながら、私達は陽真君を探した。どんなに暗くなっても、午後6時までは探し回った。
哀香ちゃんと蓮君は早めに切り上げるけど、私は足の痛みが限界に達するまで続けた。足に激痛を感じる度に、陽真君のために動くはずの体に限界なんてものがあることを知らされ、心まで辛くなる。
何も知らない人が端から見れば、確実に馬鹿にする。もちろんこれが無謀な計画だということは、自分でも分かっている。それでもやらないよりはマシだ。
「……」
日曜日の今日も、森の中を捜索している。始めてから約2時間、私は自分が無意識に太ももに手を当てていることに気づく。
「凛奈、今日はもう引き上げたら?」
「……うん」
後ろから蓮君が心配して声をかける。時刻は午後6時を迎える頃だ。蓮君の言葉に甘えて、今日は引き上げることにした。最初に捜索を開始してから、今日で三日経つ。日に日に引き上げる時間が早くなっているような気がしてならない。
「痛っ……」
「凛奈!」
足を痛める私に、蓮君が駆け寄る。あれだけ好きだった陽真君を見つけられず、ただ無駄な時間ばかり浪費する自分の無力さに、心底嫌気が指す。
「うぅぅ……」
視界がぼやける。涙が出てきたんだ。いけない、またあの頃の私に戻ってしまう。元の弱くて泣き虫な自分に戻ってしまう。陽真君と出会ってから、少しは強くなれたと思ったのに。私は蓮君や哀香ちゃんに見られないように、素早く拭って立ち上がる。
「……帰りましょ」
哀香ちゃんは、明らかに私の涙に気づいているようだった。気づかないふりをして、森の出口へと足を運ぶ。私はいつまでも弱さを隠せないちっぽけな人間だった。
翌日の学校は再び多くの生徒が騒ぎ立てていた。生徒達はまたもや掲示板の前に群がっている。しかし、それは陽真君の行方不明の知らせのポスターに引き寄せられたからではなかった。
「また行方不明かよ」
「私この人見たことあるよ……」
「同じ学校で二人も出たのか」
「この人、超目立ってたよね」
「なんかおかしな人だったよな~」
私と哀香ちゃん、蓮君の三人は、生徒の群れの間をかき分けながら進む。掲示板のポスターが近くなるに連れて、生徒達の話の内容がより鮮明に聞こえてくる。
「この人、俺のことすごく詳しく知ってたから、最初気があるのかと思ったよ」
「毎朝めちゃくちゃ大きな声で校門前で演説してたよな……」
「どうすんの? 生徒会長選挙、この子負け確定じゃん」
演説……生徒会長……選挙……まさか! 私は陽真君の行方不明のポスターの隣に、もう一枚別のポスターが貼ってあるのを見た。その顔写真は、はっきりと見覚えのあるものだった。
「副会長……さん……」
貼られていたのは、生徒会副会長の村井花音さんの行方不明を知らせるポスターだった。生徒会長にふさわしい人間となるために、生徒達の情報を網羅し、朝早くから校門前に来てビラを配り、大きな声で選挙演説をしていた彼女。
学校の中でもひときわ目立っていた大きな存在の彼女が、陽真君と同様に何の前触れもなく突然失踪した。
「なんで……副会長が……」
「どういうことよ……」
哀香ちゃんと蓮君も困惑していた。短期間で同じ学校の生徒が、二人も集中して行方不明になるという異例の事態に、驚きを隠せないでいた。
「……」
私は副会長さんの顔写真の下に、記載されている文章を読んだ。どうやら彼女は失踪当時、プチクラ山にキャンプに行っていたという。プチクラ山……陽真君と同じ場所だ。やはりプチクラ山には何かあるのだ。私は生徒の群衆の中で、決意をより固めた。
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