第13話「神様を信じて」



「二人ともプチクラ山で行方不明になったらしいね。これは偶然とは思えないな」


「最近噂になってるやつ、あれもしかして本当なんじゃね?」


「だいたい、プチクラ山って怪しすぎなのよ。この間友達に聞いてみたんだけどね、一ヶ月前くらいのことだったかな? 一時期山に入ろうとしたら、入り口が封鎖されてるわけでもないのに、入れなくなるっていう変なことがあったらしいの。入り口で足がすくんで入れなくなるんですって」


 再び聞き込みを始めた私達。すると、生徒達は口を揃えて、プチクラ山のことについて話す。同じ場所で行方不明になったのだから、驚くのは当たり前だろう。私は真実の尻尾を掴むのに、一歩前進したような気がした。今日も部活が終わったら山に行こう。




「凛奈……」

「あ、万里ちゃん。どうしたの?」


 6時限目の授業が終わり、帰りのショートホームルームも済んだので、ノートや教科書を学校鞄に入れていると、万里ちゃんが話しかけてきた。彼女の手には、ジャージの入った袋が握られている。あれ? 今日の部活って、万里ちゃん、マネージャー担当だっけ?


「行きなよ、部活は私がやっとくから」

「え?」

「聞いたよ、毎日放課後に浅野君を捜しに行ってるって。今日は私が代わりに部活やっとくから、凛奈は浅野君を捜しに行きなよ」

「万里ちゃん……ありがとう!」


 万里ちゃんの手を握り、私は深く感謝する。なんて優しいんだろう。彼女の寛大な心に、涙が出てきそうだ。私は学校鞄を抱えて教室を出る。




「……私みたいにはならないでよね、凛奈」


 教室を出る前に、一瞬万里ちゃんの顔が暗く沈んでいるように見えた。気のせいかな。とにかく、私は早急にプチクラ山に向かう。協力してくれるみんなの期待を裏切るわけにはいかない。何としても陽真君を見つけ出すんだ。








 その日は結局午後7時まで探し続けたけど、結局陽真君は見つからなかった。あれだけ強かった確信が崩れ始めた。ここまでしても陽真君は見つからないのはなぜだろう。


 そもそも、陽真君がプチクラ山の森の中でさ迷っているなんて想像できない。私みたいな人でも、ハイキングコースから道を外れて森の中を少々歩き回っても、迷うことなく元の道に戻って来られている。

 なのに、警察ですら未だに捜索が難航している。もはや普通の方法では無意味な気がしてくる。陽真君は何か、私達の常識の範疇はんちゅうを越えた異次元の力によって、姿を消してしまったのではないか。


「……」


 私は自室のベッドに仰向けになり、天井を眺めながら陽真君に問いかける。陽真君……あなたは一体どこにいるの? どうすればあなたに会えるの?


 会いたい……会いたいよ……。




「……あっ」


 突如、私は可能性のある案を一つ思いついた。霊媒師に依頼してみるのはどうだろうか。私達の常識を越えた何かによって陽真君が消されたのであれば、頼れるのはオカルトチックな力だ。




 身内が行方不明になった人達が霊媒師に透視を依頼し、それに密着したテレビ番組を過去に見たことがある。


 ちなみに透視とは、通常肉眼では確認できない地上世界の存在物や、風景などを見る現象のこと。物質の壁を突き抜け、対象を認識するのが透視現象だ。

 遠方にいる人間や何百キロも離れた場所の様子を見る現象で、これを「遠隔透視」と言う。その他にも様々な種類の透視能力が存在し、それらが行方不明者の捜索に役立ったこともある。


 透視に関する事例の中には、こんなものもある。ある霊媒師が女児殺害事件の犯人の特徴の透視を依頼され、犯人の年齢層、身体的特徴、犯行当時の犯人の行動から犯人が幼少期から呼ばれていたあだ名まで、ピタリと言い当てたという。

 物的証拠が残っておらず、迷宮入りすると思われた事件だが、霊媒師の協力によって見事犯人を突き止めることに成功し、解決したのだ。


 当時はそのようなオカルトチックな力は真に受けなかったが、今となるととても頼もしく思える。目に見えない力は、時として大きな救いになるのだ。


「……よし!」


 かみさまのお告げのように降ってきた一つの考え。私はスマフォを手に取り、藁にすがる思いで透視を依頼できるサイトを探した。この際何でもいい。かみさまのいない日常を、味のないガムを延々と噛ませられるような日常を、私は今すぐ変えたい。




 陽真君……私は、あなたのとなりにいたい。








「んんん……」


 ここは七海町の隅にある寂れた住宅地。目の前にいるのは、近藤菫こんどう すみれと名乗る初老のお婆さん。見た目が怪しげだが、これでも霊媒師の方だ。いや、怪しげだからこそ霊媒師であるのか。


 彼女は自作のウェブサイトで透視・霊視の依頼を募集していた。過去にいくらかの依頼を受け、その力はかなりのものだという(レビュー参照)。とにかく、私達はこの人に透視を依頼することにした。


「ねぇ、こんな怪しい人頼りにして大丈夫なわけ?」


 哀香ちゃんが菫さんに聞こえない程度の小声で私に聞く。


「信じてみるしかないよ……」


 テレビで見たことあるとはいえ、実際に透視をしてもらうのを見るは初めてだ。私もかなり心配しているが、今頼れるのは彼女の力しかない。


「んんん……」


 最初に、私は陽真君と一緒に撮った高校の入学式の写真を菫さんに見せた。いなくなった者の強い念がこもった物を、そばに置かなければいけないらしい。


 でも、さっきから菫さんは手を組み、目をつぶって唸ってばかりいる。唸り始めてから10分くらい経ったような気がする。多分不思議な力を使って遠くの景色を見ようとしてるんだろうけど、何も知らない人からすればトイレを我慢しているようにしか見えない。怪し過ぎる。




「……はっ!」

「わぁっ!」


 突然菫さんが目を開く。本当にいきなりだから、私達はびっくりして声をあげる。急に何なんですか……。


「彼の気を感じる……」


 陽真君の気を感じる? 本当に? 私は菫さんに尋ねる。


「どこからですか?」

「……山」


 山? 山ってまさか……。


「プチクラ山から……彼の気を感じる……」


 やっぱり。ということは、陽真君はプチクラ山にいるのだろうか。聞き込みの時に、生徒達が騒いでいた噂の信憑性が高まった。


「しかし、この気の感じ方は妙だねぇ……。今までに感じたことがない。彼はそこにいるようでそこにいないような……うーん……」


 そこにいるようでそこにいない? どっちですか!? はっきりしてくださいよ……。


「あの、大丈夫ですか……?」

「うーん、確かにプチクラ山には気は感じるんだけどねぇ……」


 菫さんの曖昧な返答に、私の期待は薄れ始める。やっぱりオカルトに頼るのは間違いだったのかなぁ……。私は半ば諦めかける。


「私達、プチクラ山で陽真のこと散々捜しましたけどね~」


 哀香ちゃんは皮肉のように言う。菫さんの力を完全に疑っている。私も信じられなくなってきた。


「神隠しの類かもしれないわね……」

「あぁ、そういうのあなた方は信じるんですね……」


 蓮君が苦笑いする。まぁ、霊媒師の存在自体がオカルトみたいだもんね。場の雰囲気が微妙なものになってきた。


「信じるとか信じないとか、そういう次元の話ではないのよ」


 しかし、菫さんの表情が急に固くなる。私達は少しビクッとして身構える。部屋の窓から北風が急に入ってきたかのような凍えを感じる。


「そもそも、現代社会は科学技術の発展によって驚異的な進歩を遂げたとか世間は言っているけど、そんな世の中でも解決できない事柄はたくさん溢れているでしょう? それが目に見えない世界よ」


 目を細めながら、菫さんは私達に力説する。大事なことっぽいから、とりあえず真面目に聞いていよう。


「その目に見えない世界との橋渡しになるのが、私達の役目。この世に生きていようとも、あの世にいようとも、全ての者の切なる願いを受け入れて繋ぎ止める、神様の力を借りてね」


 え? かみさま? 菫さんがさりげなく口にした単語に、私は反応する。


「あぁ、言ってなかったけど、私は透視・霊視を行う時は、神様の力を借りるのね。神様にお願いして、行方不明者の姿を見る力を与えてもらうのよ。神様は何でも知っている全能の存在、良くも悪くも私達に様々な影響を及ぼしているの」


 まるでお婆ちゃんの昔話を聞いているかのような、心地よい雰囲気に私達は包まれる。つい先程は疑ってしまったけど、やっぱり今だけは目に見えない不思議な力を信じていいかもしれない。そう思えてしまう私達は、今錯覚でも起こしているのだろうか。


「そして、神様の力をより効果的なものとするのが山。山は神様への祈りがより多く集まる場所よ。神様はその山に住み着いて、祈りを絡めとるの。だから山は昔から神聖な場所だと考えられているわ。人間の常識を越えた不思議な出来事が起こる場所だってね……」


 そうか。仮に今菫さんが話していることが真実だとしたら、陽真君の失踪が神隠しによるものだという可能性も否定できない。菫さんの話が妙に説得力を持ち始める。説得力のある言葉の数々は、流れ星のようにすいすいと私達の耳に飛び込んでいく。


「かなり遠回しになっちゃったけど、とにかく彼が失踪したのはあの山かもしれないわね。私達の目には見えない不思議な力でね」


 菫さんは陽真君の写真を私に返す。私は鞄に写真をしまう。写真は渡す前より熱を帯びているように感じた。


「あまり役に立てなくて申し訳ないねぇ。お代は無しでいいから」

「ありがとうございます。とにかく、もう一度プチクラ山を探してみます」


 私達は菫さんにお辞儀をして席を立とうとする。すると、突然菫さんが私の手を握って言う。


「大事なのは、神様を信じて祈り続けること。神様は人間に悪影響を及ぼすこともあるけど、誠実な心を持って祈りを捧げれば、きっとあなたを助けてくれるわよ」


 不思議だ。彼女の言葉は一つ一つが温度を持っている。私の心はシワだらけの唇から放たれた言葉に包まれ、温かみを帯びていく。いつの間にか透視ではなく、メンタルカウンセリングのようになってしまった菫さんへの依頼。でも、来てよかった。私は心の底からそう思った。


「ありがとうございます」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る