第21話「フォーディルナイト」



「はぁ……」

「ごめん、調子に乗りすぎたわ……」

「ふふっ、あなた達って面白いわね♪」


 お風呂に入って癒されるはずなのに、なぜ疲れているのだろう。私達はエリーちゃんの寝間着を借りて着替え、さっきの部屋に戻ってきた。白いロングスカートのネグリジェを身にまとい、なんだかお姫様になった気分だ。

 今はエリーちゃんの椅子に座り、エリーちゃんにブラシで髪をとかしてもらっている。


「凛奈の髪ってサラサラしてて綺麗ね。黄色くて素敵♪」

「ありがとう」


 私は小さい頃からよくママに髪を手入れしてもらった。いじめっ子達からは外国人みたいだと馬鹿にされたけど、陽真君はよく「綺麗だぜ」と褒めてくれた。その言葉をもう一度言ってもらいたくて、今でも毎晩しっかりと手入れをするようにしている。


「哀香も後でやってあげるね」

「え? あ、いや……私はいいわ。もう眠いし」

「そう……」


 哀香ちゃん、またぼーっとしてたのかな? エリーちゃんの発言に、少し反応が遅れていた気がする。




「……ねぇ、エリーちゃん、ここは一体どういうところなの? どういう街なの?」


 ふと私は気になって、エリーちゃんに質問をした。ここに来てからずっと気になっていたことだ。しばらくこの世界で生きていくためには、詳しい情報を聞き出さなくてはならない。


「ここは街というか……国よ」

「国?」


 エリーちゃんは慣れた手つきでブラシを動かしながら、この世界について教えてくれた。とても寂しそうな声のトーンで。


「フォーディルナイト王国。約1000年前にできた小さな国で、クラナドス家っていう一族が治めているって聞いたわ」

「フォーディルナイト……」


 私は新聞記事のタイトルを読むかのように呟く。いかにも異世界っぽい名前だ。そしてこのフォーディルナイト王国は、クラナドスという王家が統治する国だという。


「まぁ、私もそのこと以外よく知らないんだけどね……」


 あまり有力な情報は得られなかった。でも、エリーちゃんもあまり知らないのなら仕方ない。髪の手入れが終わり、時刻はもうすぐ午前0時を迎える頃となった。そろそろ眠たくなってきた。哀香ちゃんもさっきからウトウトしている。




「そういえば、凛奈達はどこから来たの?」


 絶対に聞かれるであろう質問がきた。エリーちゃん達も私達を家に泊めるからには、相手のことをよく知っておく必要がある。今度は私達が説明する番だ。


「この国のことを知らないってことは、別のところから来たのよね?」


 エリーちゃんは興味津々な表情で私達を見つめる。泊まらせてもらっているのだから、事情を聞かれたら話すしかない。哀香ちゃんは事情の説明をすべて私に任せ、さっさと二段ベッドのはしごを登って布団を被り、眠ってしまった。


 私は眠気を振り払い、エリーちゃんにこの世界に来た経緯を話す。こことは別の世界から霧を潜ってやって来たこと。行方不明になった人達を捜しにやって来たこと。その全てを、エリーちゃんは静かに聞いてくれた。




「そんなことがあったの……大変だったわね」

「信じてくれるの?」

「もちろん、あなた達は嘘をつくような悪人には見えないから。ユタさんだって、そのことを信じてここに泊めたんでしょ? あの人が信じるんなら、私も信じる」

「エリーちゃん……ありがとう!」


 捜している人も見つからず、帰り方もわからなくて、私達は絶望的な状況にいる。そんな私達のことを受け入れてくれる存在は、非常に助かる。私はエリーちゃんとユタさんに大いに感謝する。


「それにしても、エリーちゃんはユタさんのこと、すごく信頼してるんだね」

「まぁね♪」

「私達を泊めてくれるし、エリーちゃんのためにお風呂まで改装してくれるんだから。すごく太っ腹だね!」

「体は細身だけどね」

「あははははははっ」


 二人して笑った。




 その頃、隣のユタさんの部屋では、蓮君とユタさんが、私達の部屋と隣り合う壁を見つめていたらしい。


「女の子って、どうしてお喋りだけであんなに盛り上がれるんでしょうね……」

「そりゃあ……女の子だからでしょ」


 どうやら私達の会話が、男の子の部屋にまで聞こえてたみたい。




「ユタさんのこと、本当によく知ってるんだね」

「うん、それにあの人は気づいたら私のそばにいたから」

「気づいたら? ……ねぇ、エリーちゃんっていつからこのバーで働いてるの?」

「……分からない」

「え?」


 エリーちゃんはうつむいたまま答える。自分のことなのに分からないなんて、余程の事情があるのだろうか。そして、彼女は自分の思い出を、先祖代々語り継がれた伝承のように話し始める。だんだん部屋の空気が重くなってきたように感じる。


「覚えてないの。ほんとに気づいたらここにいたって感じ。自分がどうやってユタさんと出会って、なんでここで働いてるのかも……」

「じゃあ、エリーちゃんはどこから来たの? パパやママは?」

「それも分からない。家も、家族のことも、何も覚えていないの」

「そんな……どうして……」

「それすらも分からないわ……」


 質問を繰り返す度に、エリーちゃんの表情が沈んでいく。私はなんだか申し訳ない気分になる。これ以上聞くのはやめよう。流石に無神経すぎた。


「ごめん。この話、あんまり話したくなかったかな?」

「別にいいわよ。こんな透明過ぎる記憶、もう慣れたし」


 家族のことを覚えていないなんて、まるで捨て子のようではないか。でもそのことはともかく、いつからユタさんと出会って働き始めたのかも覚えていないということが、不自然に引っ掛かる。

 それすらも、ずっと昔のことなのか。ということは、幼い頃にユタさんに拾われたということなのか。勝手な妄想が次々と膨らんでいく。


「家族に会えなくて寂しくないの?」


 これ以上質問を重ねるのは失礼かもしれないけど、どうしても知りたい気持ちが勝ってしまった。勇気を出して、私はエリーちゃんに最後の質問をした。


「うん。なぜか寂しさは感じないの。むしろ、これが本来の私って感じがして居心地がいいんだ。家族のことを覚えていないからかもしれないけど……。でも、ここでの生活、本当にすごく楽しいもの」


 エリーちゃんは十数分振りに笑顔に戻った。ここでの生活を気に入っているのは事実のようだ。でも、家族の温もりを覚えていないことは可哀想だと思った。

 たかが他人の分際でそう思うのは、余計なお世話かもしれない。でも、エリーちゃんの笑顔の裏には、やっぱり寂しさが隠れているようにも見えるのだ。


「いつか……家族と会えるといいね」

「そうね、ありがとう」

「うん」


 家族は大切な人だ。大切な人と会えないのは、やっぱり寂しいことだと思う。この話題になると、案の定また陽真君のことを思い出し、寂しさが積もり始める。絶対に見つかるから大丈夫だと自分に言い聞かせ、布団を手で掴む。


「あっ、長話しすぎたよね、ごめん……。そろそろ寝よっか」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」


 二人で一緒にベッドに入り、布団を被って眠りについた。久しぶりに誰かと一緒の布団で寝る心地よさは格別だった。夜空には、誰かの忘れられた思い出を写し出すかのように、小さな星々がちらちらと光っていた。


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