第22話「疑惑渦巻く夜」



 哀香は凛奈とエリーが寝静まったのを見計らい、体を起こす。先程まで寝たふりをしていたのだ。うとうとしていたのも演技である。二人を早くベッドに入るよう促すためだ。

 当然先程の二人の会話は全部聞いていた。哀香は二段ベッドから下りて自分のリュックを漁る。


「……」


 ペラッ

 中から一枚の写真を取り出す。自分の家の部屋の押し入れの中に、アルバムに入れてしまい込んでいたものだ。


「んん……」


 その時、エリーが寝返りをうつ。哀香は驚いて警戒する。起きてはいない。気づかれてもいないようだ。安心してため息をつき、哀香は静かにエリーに近づく。彼女の寝顔をじっくりと見つめる。




「やっぱり、似てる……」


 写真に写る妹の顔と、エリーの寝顔を見比べる。そっくりだ、二人の顔が。髪の長さや大人びた態度は違うが、顔立ちが瓜二つだった。いや、もはや同一人物と言ってもいいのではないか。


「優衣……」


 哀香はエリーこそが優衣なのではないかと、疑い始めていたのだ。その可能性が頭にちらつき、ぼーっとしてしまうことが続いた。妹とは誰よりも長く一緒に過ごしてきたつもりであり、哀香は顔の特徴をよく覚えていた。

 初めてエリーを見かけた時は驚いたものだ。なぜここに優衣がいるのかと、一瞬にして「エリー=優衣」という考えに陥ってしまった。


 しかし、仮にエリーが優衣だとして、なぜ実の姉と再会したにも関わらず、妹は何も言わないのか。赤の他人と接するような様子が疑問だ。

 まさか、三年もこの世界で暮らし続けたせいで、自分のことを忘れてしまったのか。だとしたら、彼女は記憶喪失になってしまったのか。様々な憶測が頭の中を飛び交った。


“お姉ちゃん……”


 頭の中にかつての妹の声が聞こえる。


“ねぇ、お願い……”


 三年振りに妹を目の前にし、幼い頃の優衣を鮮明に思い出す哀香。妹はよく上目遣いで姉におねだりをした。姉は「しょうがないわね~」と言って、妹の欲しがるおもちゃやお菓子を買ってあげた。

 あの上目遣いがたまらなく可愛くて、なんでも言うことを聞いてあげたくなったものだ。その度に優しいお姉ちゃんになった気分に浸り、可愛い妹を産んでくれた母親に感謝した。


 そのため、一人で勝手にキャンプに行き、そのまま行方不明になったと知った時は、酷く絶望した。


 そんな妹が、目の前にいる。家のことも、家族のことも、姉のことも全て忘れ去ったが、可愛さだけが確かに残った寝顔が、ここにある。もはや完全にエリーは優衣に間違いないと、哀香は信じ切っていた。


 哀香は可愛い寝顔に手を伸ばす。




「……」


 しかし、伸ばした手を止めた。頭を撫でようと思ったのだが、何かが自分を引き留める。何かが自分を迷わせるのだ。


「……寝よう」


 今は疲れている。とりあえず眠ろう。哀香は迷いを一旦振り切り、写真をリュックの中に戻した。二段ベッドのはしごを登り、布団を被って目を閉じた。




 フォーディルナイト王国と呼ばれる世界での初日は、あっという間に終わった。凛奈達は疲れに襲われ、深い夢の中へと引きずり込まれていった。








「はい、懲役45分の刑終了」

「クソッ! あの程度のことで無駄な時間過ごさせやがって……」

「全くだ」


 先程凛奈達に突っかかっていた二人のギャングが、城の幽閉場から釈放された。


「あの程度のことだと? 女性に卑猥な態度取っておいて、何があんな程度のことだ……」

「酒で酔ってたことと、みだらな行為に及んでいないことを考慮して、短くしておいたんだ。感謝しな♪」

「うっせぇ!」

「行こうぜ」


 ギャング達は騎士の手を強引に振りほどき、ズカズカと地面を鳴らして森の中へと入って行った。見えなくなるまで、騎士達はその後ろ姿を眺めた。自分勝手な態度にため息をこぼす。


「まったく……しょうがない奴らだな」

「もうこんな時間だ。俺もう早く寝てぇよぉ……」

「仕事も全部終わったことだし、そろそろ戻るか」


 二人の騎士は幽閉場の鍵を閉め、城の別棟へと向かう。騎士達が寝食を共にする騎士団棟だ。


「おーい! ロイド! ヨハネス!」


 別棟の方向から一人の騎士が走ってくる。


「お、アーサーじゃん!」

「ギャングの後始末はもう済んだぞ」

「悪ぃな、二人に任せて……」


 ロイドと呼ばれた騎士は、アーサーの肩に手を乗せてノリノリな口調で話す。


「気にすんなって♪ お前はあのお転婆王女様の相手してたんだろ?」

「あぁ……」


 アーサーの肩は重りを乗せたかのように垂れ下がった。ヨハネスと呼ばれた騎士は、落ち着いた口調でアーサーに尋ねる。


「てことはアレか。例の儀式、今夜もアーサーがやったのか?」

「いや、今日はアンジェラにやらせたよ。昨日は『明日もよろしく』って言ってたけど、さすがに三日連続サボるのはよくないだろ」

「さすがアーサー……しっかり王女様を教育してやがる……」

「大したもんだな……」


 ロイドとヨハネスは、アーサーに感心する。


「そろそろ戻るか」

「あぁ……」

「早く寝てぇ……」


 三人は一緒に城の別棟へと向かって行った。アーサー、ロイド、ヨハネスの三人は、よく一緒に行動している。騎士達はこの国の治安を維持するために日々奮闘しているのだ。






 幽閉場を後にしたギャング達は、森の手口の少し手前にあるボロボロの小屋に入った。

 ここはギャング集団のアジトの一つ。このギャングはフォーディルナイト王国を長年脅かし続けている狂暴な男の集まりだ。店を占領したり、住民から略奪を繰り返しては、住民や騎士を悩ませている。


「すんません、フェルニー様……」

「ったく……何捕まってんだよ」


 フェルニーと呼ばれたギャング集団の幹部らしき人物が、幽閉場に連行された部下達を叱りつける。周りは本を読んだり、酒を飲み漁りながら、仲間をクスクスと笑うギャング達でいっぱいだった。

 この頃、下っ端のギャング達が何かをやらかしては騎士に捕まり、短時間の禁固刑に処されるという失態が繰り返し続いている。


「酒に酔ってしまってつい……」

「もしガメロ様に知られたらどうすんだ」




「聞こえているぞ」

「ひぃぃぃぃ!!!」


 暗い廊下の奥からリーダーとおぼしき人物が顔を出した。幹部とその部下達は、突然現れたリーダーに驚く。ガメロと呼ばれたリーダーは、そのまま部屋の角に置かれた本棚に目を通す。


「話はもう聞いているぞ」

「ここ、この度の無礼をお許しください……」


 部下は深く頭を下げる。ガメロはしばらく無言で本棚の本の背表紙をなぞる。


「俺達はただでさえ立場が危うい。行きすぎた行動は慎め」


 ガメロは本棚から一冊の本を取り出し、また暗い廊下へと歩いていく。暗闇に隠れる前に、幹部と部下達の方を振り向いて言う。


「“その時”が来るまではな……」


 後は何も口にせず、ガメロは本をペラペラとめくりながら長い廊下の奥へと消えていった。ガメロは密かにある目的を遂行しようとしているようだった。


「……」


 幹部と部下達はその後ろ姿を呆然と眺めていた。


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