第8話「私は紙くず」



『それで、どうやって告白すんの?』

『ただの告白じゃなくて、記憶に残るような特別なものにしたいよね』

『やっぱり下着さらけ出すとか……』

『さらけ出すのは恋心だけにしようね』


 LINEの三人だけのトークグループにて、凛奈の陽真への告白のしかたを計画する哀香と蓮太郎。凛奈は会話に入る隙が見出だせず、会話が次々と展開していく。告白に協力してくれているのは助かるが、勝手に話を進められては困る。


『やっぱりキスしましょうよ! キス! 思い出になるわよ!』

『ハードル高過ぎでしょ』

『じゃあどうすんのよー』

『あ、プレゼント! 一緒にプレゼント渡すなんてどうかな?』


 凛奈はフリック入力で「それいいね」と入力する。しかし、送信しようとする直前に、哀香のメッセージが出てきて遮られる。


『えー? それありきたり過ぎじゃない?』

『別にいいだろ?』

『あ、まさかのプレゼントはわ・た・し♪ ……って感じ?』

『気持ち悪い』

『うっさい、レンタカー』

『レンタカー言うな!』


 二人だけの会話が長く続き、凛奈はふわぁとあくびをする。だいぶ眠くなってきた。プレゼントの話題から別の話題に切り替わらないうちに、凛奈は割り込んでメッセージを送た。


『今度の日曜日、プレゼント選びに付き合ってください』


 布団を被り、告白が上手くいくよう祈った。






 運命の告白当日、凛奈はプレゼントが入った箱を握りしめながら登校路を歩く。今日は運命が大きく変わる日だ。彼女の一世一代の告白によって。


「陽真君……喜んでくれるかな……?」


 中身は太陽のアートが刻印されたオレンジ色のペンダントだ。数日前にアクセサリーショップに行き、哀香と蓮太郎に付き添ってもらいながら買った。

 プレゼントを選ぶ際、哀香と蓮太郎が二人の間だけであれはダメこれはダメを長く続けるため、最終的に凛奈が自分で決めた。やはり、自分で喜んでもらえると思って選んだプレゼントが一番最適だと、後付けに二人は言った。


 燃える太陽のようなペンダント、太陽のような笑顔の陽真にぴったりだと思った。しかし、購入した後に思い出したが、それは小学生から中学生後半までのことだ。今の陽真は笑うとしても、落ち着いてクールな雰囲気の笑顔を浮かべる。


「うぅぅ……」


 告白という使命が重くのし掛かり、過去と現在の順番が揃えられなくなる凛奈。


「告白……」


 そもそもプレゼントを気に入ってもらえるかどうか以前に、告白の返事の方が重大である。相手に「好きです、付き合ってください」と伝え、「喜んで」か「ごめんなさい」のどちらかを受けとるのが告白の一般的な流れだ。

 返事次第でプレゼントが無駄に終わる可能性もある。どのように気持ちを伝えるかと、今まで積み上げた月日の濃密さが勝負を決める。


「……///」


 頬を赤らめる凛奈。成功すれば陽真と幼なじみの関係を越え、晴れて恋人となる。彼を狙っている全女子生徒を一気に打ち負かし、見事彼のファーストレディとなる。散々悩んできた心の距離も一層縮まり、問題は全て解決するはずだ。


「よし!」


 校門の前で仁王立ちする凛奈。覚悟を決めた。登校してくる生徒の群れの中から、愛しの陽真の姿を探す。一際イケメンオーラを放っているか、すぐそばに女子が群がっているかを確認すればよい。見つけるのは容易だ。


「あっ!」


 昇降口までの道の途中で、陽真の黒髪を見つけた。案の定周りは誰かしら女子生徒が寄ってきており、笑ってしまうほどに分かりやすい。朝から彼の姿を拝むことができただけで、女子生徒達はやかましく活気立つ。


「浅野君おはよ! 今日もいい天気ね!」

「お、おはよう……」

「浅野先輩! 私クッキー作ってきました! よかったら受け取ってください!」

「あ、えっと、ありがとう……」


 陽真の人気はとてつもなかった。先程まで友人とお喋りしながら歩いていた女子生徒が、彼を見つけた瞬間その友人を置き去りにし、彼の方へ駆けていく。その友人も彼のファンであり、やはり駆けていく。


 次々と陽真の元へ群がっていく女子生徒達。まるで高性能掃除機に吸い込まれる紙くずのようだった。


「陽真君!」


 早速凛奈は動き出した。まずは告白のための時間を確保するよう、彼と約束しなければいけない。彼女も紙くずになって一目散に駆け出す。




「止まって! 清水凛奈さん!」


 すると、突然目の前にメガネをかけた女子生徒が立ち塞がる。慌てて凛奈は立ち止まる。紫色のサイドテールヘアーで、メガネをかけた賢そうな女子生徒だった。


「あの、何ですか……?」


 凛奈はあからさまに嫌な顔をする。すぐに少々罪悪感を感じるも、陽真に声をかける機会を遮られたことが悲しい。彼女は凛奈にとって初対面だ。いや……


“待てよ。確かこの人、全校集会で生徒会役員のところに、生徒会副会長としていたような……”


「私の名前、知ってるんですか?」

「えぇ! 次期生徒会長候補として、全校生徒の顔と名前は全て把握するよう努力をしているのよ♪」

「はぁ……」


 女子生徒は自分のメガネをつまんで光らせる。朝から生徒会役員選挙の選挙演説のために、呼び掛けをしている。生徒会役員は大変だ。凛奈は苦労に共感した。


「というわけで、七海町立葉野高等学校、後期生徒会長はこの私! 村井花音むらい かのんをよろしくね!」


 アイドルの決めポーズのように格好をつけた彼女。村井花音と名乗り、手に抱えた大量のビラの束から一枚ビラを手に取り、差し出す。凛奈は渋々受けとる。


「は、はい……」

「じゃっ、そういうことで!」


 花音は次の生徒に狙いを定めて駆け出す。人を見つけて勢いよく駆けていく辺り、彼女もある意味掃除機に吸い込まれる紙くずだ。


「あ、あなた青葉満あおば みちる君よね!? そのメガネ似合ってるぅ~♪ ねぇ、同じくメガネっ子の私を、生徒会長に推してみない?」

「え、えっと……」


 内気そうなメガネの男の子が捕まる。凛奈は手に持ったビラを見つめる。紙くずになるつもりが、自分が紙くずを受け取ってしまう凛奈だった。


「あっ!」


 立ち止まっている場合ではない。こちらはこちらで、陽真に自分をアピールしなければいけないのだ。ハッと周りを見渡すと、陽真と彼を囲む女子生徒達の群れは、もう校舎の中に入ろうとしているところだった。


「陽真君!」


 凛奈は大きな声で叫ぶ。しかし、大勢の女子生徒達にもみくちゃにされながら、陽真は校舎の中へと消えていった。彼女の声は届かなかった。


「……」


 仕方ない、朝に声をかけるのは諦めよう。今日一日いくらでもチャンスはある。凛奈はプレゼントを学校鞄にしまい、とぼとぼと昇降口へ向かった。足取りは弱々しいが、陽真を思う気持ちだけは誰よりも強く持った。







 キーンコーンカーンコーン

 部活の終了を告げるチャイムが鳴り、陽真は水筒のスポーツドリンクを飲み干す。空になった水筒をマネージャーに預け、更衣室へ向かう。今日の練習はあまり集中できなかった。


「そういえば浅野先輩、プチクラ山ってあるじゃないですか。あそこって変な噂あるんですよね~。森の中に入ると、神隠しにあって戻ってこられなくなるとか。過去にプチクラ山の森に入った人が、今も行方不明になってるとか」


 陽真は更衣室で汗だくのスポーツウェアを脱ぐ。そして、うつむいて考え込む。そんな彼にお構い無しに、陸上部の後輩が隣で呑気な話をする。


「最近変な噂が広がることが多いですよねぇ。先輩、最近プチクラ山のハイキングコースで体力作りやってるって言ってましたよね? 気をつけた方がいいですよ」

「あぁ……」


 陽真は無気力な返事しかできなかった。それ以上会話が続くことはなく、彼は逃げるように更衣室を後にした。




 放課後、陽真は昇降口で凛奈を探した。今日の部活動は、通常より早く終わる。つまり、今日は凛奈と一緒に下校することができる日だ。その日は大抵凛奈が昇降口で待ってくれている。そして、凛奈はマネージャーの担当ではない曜日であることが多い。


 キー

 自分の靴を取り出し、しゃがみこんで履く。いつの間にか凛奈より大きく、強くなった自分の足を眺める。


「……」


 いや、強くなったことだけは、果たして事実だろうか。そもそも、自分自身は強くなったのだろうか。かつての優柔不断で心が弱々しい自分を、変えられたのだろうか。


 自分はいつだったか、ある一つの誓いを立てた。あいつを守ってやると。それが今の自分にできるのだろうか。




「陽真君……」

「よう」


 凛奈が下駄箱の影から姿を現した。陽真は小さく返事し、彼女が靴を履くのを待った。彼女は靴を履き終えると、予想外の言葉を口にした。


「伝えたいことがあるの。一緒に来て」


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