第7話「あの人が好き」
放課後は哀香ちゃんと蓮君が一緒に帰ってくれると言った。そのついでと言っては何だけど、三人で陽真君の部活の様子を見に行った。ちなみに二人は帰宅部だ。
「そういえば、今日部活いいの? アンタ、マネージャーなんでしょ?」
「うん。今日は私の担当じゃないから……」
「担当?」
おかしな話だけど、この学校の陸上部はマネージャーがとても多い。走者としての陸上部の部員が23人に対し、マネージャーは14人もいる。ほとんどが陽真君のカッコよさを耳にして、観賞目的で入部した子ばかり。正直私もその内の一人だ。
運動神経抜群で成績優秀、ものすごくイケメンの陽真君。彼と親しくなることを目的に近づく女の子は数えきれない。
話を戻すけど、一度の部活に14人もマネージャーがいては、仕事が上手く均等に分散できない。そこで、それぞれ曜日ごとの担当者を決めた。
一度の部活に3,4人入ってマネージャー活動を行うという、アルバイトの固定シフト制のような謎の環境ができあがってしまった。それで、今日は私の担当の曜日ではないということだ。
「ふーん」
「陽真君どこかな……」
私は陸上部が使っているグラウンドのスペースで、陽真君の姿を探す。走っている人達を一人一人見渡す。彼の黒髪を追う。
「きゃ~♪」
「浅野く~ん!」
「カッコいい~♪」
歓声の上がっている場所へ顔を向けると、ベンチに4,5人女子生徒が座って観賞をしていた。ジャージを着ている子と、制服を着ている子がいる。マネージャーもいるみたい。みんな陽真君の走る姿を見に来たようだ。
「あ、凛奈。浅野君ならあそこよ」
その中にマネージャー仲間の
「ありがと……」
「あ、浅野君今から走るよ!」
「頑張って~♪」
「はぁ……遠くから見てもイケメンすぎる……」
陽真君いるところに、女の子ありだ。あちこちに彼の勇姿を一目見ようと、女の子のグループが集まってきている。私の返事は彼を賞賛する会話に掻き消される。私も、もう蚊帳の外から彼を眺める一人の観客でしかないのか……。
「そういえば、もうすぐ体育大会よね?」
「浅野君、走ってくれるのかな?」
「だといいわね」
そうだ。来月には体育大会がある。陽真君は何か走る競技に出るのだろう。そのためにも必死に練習をしている。目標に向かってひたむきに努力している彼は、いつ見てもカッコいい。
パンッ
突然のピストルの音が、私の心の中でのひとりごとを引き裂いた。私は陽真君の姿を追う。
「浅野君~!」
「頑張って~♪」
「素敵~♪」
ちょうどピストルの音と共に、陽真君が走り出したようだった。大きく腕と足を大きく振り上げて、チーターのように早く走る陽真君。俊足で200メートル先のゴールを目指す。その横には他の男子部員が並走している。もしかして競争しているのかな。
私の喉に言葉がうごめく。こういう時に言うべきことは……。私は深く息を吸う。
「陽真君! 頑張って~!」
私は思い切り叫ぶ。哀香ちゃんと蓮君はもちろん、周りに陽真君の観賞をしに来た女の子達も、驚いてこちらへ注目する。いつもびくびくしてるひ弱な私だけど、陽真君のためならば勇気を出して大声を出すことができる。
「……!」
それは決して錯覚ではなかった。陽真君は私の叫びを聞いた瞬間、スピードを上げ、隣で並走している男子部員を追い越した。体から震え落とされる汗の雫が綺麗だ。そして、そのままゴールイン。陽真君は勝利した。
「やった~!」
「浅野君が勝った~♪」
「カッコいい~♪」
陽真君の勝利に喜びの声をあげる女の子達。陽真君の自慢のガッツポーズ、並走した男子部員と握手をする姿、すべてがいとおしい。私は何だか嬉しくなる。
「行こっ」
私は哀香ちゃんと蓮君に帰るよう促した。
「え? もういいの?」
「うん」
もう満足だった。二人はそれ以上何も言わず、私に付いてきた。最後に私は陽真君の喜ぶ姿を眺めながら下校路へ着く。
「……」
この時の私は気づかなかったけど、私が帰ろうとしていることに気づいた陽真君は、私の歩く後ろ姿を何か言いたげに見つめていたらしい。
「ほら、別に遠くないじゃない、アンタ達」
「うん……」
帰り道に、哀香ちゃんはまた私の相談に乗ってくれた。でも、何だか自己解決できそうな気もした。
「ん? 何か満足してなさそうな顔ね」
「うん。本当にこのままでいいのかなって思って……」
確かに、心の底から私達は通じ合っているような気がした。心の距離のことは、私の考え過ぎだったのかもしれない。今の関係のままで十分幸せ……のはず。
でも、何か足りない気がする。まだ何かが欲しかった。その“何か”は、今の私にはまだ分からない。相変わらず曖昧な私だ。
「幼なじみね~♪」
「え?」
哀香ちゃんは口元に手を置き、ニヤニヤしながら私を見つめる。
「そういう図々しいところ、本当に素敵だわ。いかにも幼なじみって感じ」
「哀香、何言ってるの……」
私と蓮君はいまいち哀香ちゃんの発言が理解できなかった。幼なじみって関係あるのかな? でも、よく考えてみれば、確かに私って図々しいのかも。あんなにカッコいい男の子と親しいだけで幸せなはずなのに、今の関係で満足していないところとか。
「ねぇ、凛奈」
哀香ちゃんは私の肩に手を置いて言う。
「いっそのこと告白したら?」
「!?」
告白という言葉を聞いた瞬間、私の体の中の熱が一気に頭に集中した。告白って……す、好きって言うの!? 私はあからさまに動揺する。再び恥ずかしさが込み上げる。
「ひぇっ、そんな、こ、告白って……///」
「言っとくけど、これは冗談じゃないわよ」
「でも、そんな……は、陽真君に告白って……わ、私……///」
私は赤くなった頬を両手で押さえる。告白するということは、私が陽真君を好きという事実があるということだ。ん? 果たしてそれは事実なのか。
「最初に相談受けた時から言おうかどうか迷ってたけど、もうはっきり言わせてもらうわ。アンタは陽真に恋をしてるの」
哀香ちゃんは堂々と私に告げる。彼女が言うには、私が陽真君のことを好きなのは、疑いようのない事実らしい。自分のことなのに実感が湧かない。恥ずかしさだけが一人走りして、事実を受け止められない。
「凛奈、胸に手を当てて」
「え? うん……」
突然蓮君がアドバイスを送る。私は彼の言う通りに自分の胸に手を当てる。隣で哀香ちゃんが「巨乳羨ま……」と呟いているのが気になるけど、私は静かに心臓の鼓動を感じる。
「陽真君のことを思い浮かべてみて」
私は心の中で陽真君を思い浮かべる。陽真君と歩いた夕焼けの帰り道。小さい頃いつも泣いていた私を、陽真君は優しく笑って手を引いてくれた。陽真君と一緒にいる時間は、本当に幸せだった。もう一度あの幸せを味わいたい。
ドクンッ ドクンッ
心臓の鼓動が早くなった。陽真君を思い浮かべた私の心は、ドキドキしていた。とても心地よい動悸だった。あぁ、そうか。これが答えなんだ。
「凛奈、どう?」
蓮君は心配そうに私に尋ねる。
「うん、大丈夫みたい」
哀香ちゃんも静かに私を見つめる。やっと落ち着いて事実を受け止めることができた。私はできる限りの笑顔で言う。
「私、陽真君のことが好き」
高校生になって、ようやく自分の気持ちが分かった。その答えに辿り着くまで、大変長い年月がかかった。締め切りが遅れた後に、ようやく存在に気がついた提出物のように、私の心はいつだってのろまだった。
「なら、問題はないわね」
「でも、陽真君はどう思ってるか……」
「『でも』じゃないの! 自分の気持ちに正直になりなさい! ナイスバディなのも魅力だけど、アンタ元から顔可愛いし、性格もめっちゃ優しいし、陽真くらい簡単に落とせるわよ」
哀香ちゃんが強気で励ます。ネチネチとした私のネガティブな思考を、瓶に蓋をするように押さえ込む。自分では気づけなかったけど、私にはたくさん魅力があるらしい。
「そうだよ。自信持って!」
「そんなに心配することないと思うわ。幼なじみって、かなり優位なステータスよ」
「迷うくらいなら今のうちに自分のにしときな。誰かに取られる前に」
二人にこれでもかと励まされ、私は少し勇気が湧いてきた。友達の存在がこんなに頼もしいと思ったことは、今までにないってくらい嬉しかった。
「哀香ちゃん……蓮君……」
覚悟を決めよう。いつまでも悩んでいるくらいなら、行動を起こそう。恋心を自覚すると、心に抱えた好きという気持ちがより鮮明に感じられる。私の陽真君への愛は、他の誰にも負けはしない。そう信じて突き進むんだ。
「分かった。私、陽真君に告白する」
自分で言うのも何だけど、それからの私は行動力がより強まったと思う。どんなに辛いことがあっても、陽真君のためなら乗り越えられるようになったのだ。
私の勇気は、哀香ちゃんや蓮君、私の助けになってくれた多くの人々、そして陽真君がくれたものだから。
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