第1章「告白」
第5話「強くなりたい」
優衣は尿意を感じてテントから出た。その他のキャンパー達は星空を眺めてまだ起きてるようだが、優衣はさっさと寝てしまっていた。しかし、プチクラ山の夜はだいぶ冷える。優衣は用を足すために仮設トイレに向かった。
「ふぅ……スッキリ♪」
優衣はふと足を止め、開けた草原で空を見上げた。空には無数の星が輝いていた。
「わぁ~、綺麗……」
星の一粒一粒が独特の色の輝きを放ち、地上で生きる人々の人生を祝福しているようだった。優衣はしばらく宇宙が織り成す奇跡に見惚れた。
「綺麗ですけど、やっぱり寒いですねぇ……」
隣から男性が声をかけてきた。見た目が少し若々しい。年齢は20は越えているだろうか。とにかく、優衣は頭を下げて挨拶した。
「こんばんわ。えっと、キャンプに参加してる人ですか?」
「はい。この山から見る星空は実に見事だとお聞きしたもので」
「確かに素晴らしいですね。あ、私……
「
二人は七海町が開催するプチクラ山星空観察キャンプに参加していた。プチクラ山はハイキングや天体観測に適していることで有名な観光スポットであり、毎年町が星空観察をするために抽選で選ばれた者達でキャンプをするという催し物を行っていた。
正直、優衣は星空よりキャンプが目当てで参加した。他のキャンパー達が星を見ている中、一人テントにこもって寝た。しかし一度見てみれば、あまりの美しさに思わず目を奪われてしまった。
そして、時刻がちょうど午後9時になった頃だった。
「いや~、本当に綺麗で……って、あっ! 流れ星!」
星空の上に重なるように、いくつかの線が現れては消えた。見事な流星だ。優衣は慌てて手を合わせて唱える。しかし、唱える前に流星は姿を消す。
「あぁぁ、えっと神様神様仏様……どうかこの願いをお叶えください!」
「元気ですね……」
流れ星が消える前に三回願いを口にすると叶う。まだまだ幼い優衣は、それを本気で信じていた。豊も優衣に倣って手を合わせて祈る。無数の流星はキャンプに参加した人々を、感動の渦に巻き込んだ。
シュー
「?」
何やら背後から音がする。二人は振り返る。
「あれは……」
「煙?」
森の奥からモヤモヤした白い煙のようなものが立ち込めてきた。暗い森の中で白く輝く。
「いや、煙というよりは霧のような……」
「もしかしたら誰か火を起こし過ぎてるのかも! 行って見ましょう!」
「はい……」
二人は深い森の中に入った。濃い霧の中をどこまでも走った。
二人の行方不明者届が出たのは、それから四日経った後だった。
* * * * * * *
それから私と陽真君の仲はますます良くなった。小学校中学校を共に卒業し、同じ高校に入学した。私達は再び同じ学校での生活を迎えた。彼と共に歩む月日は、何よりも幸せな時間だった。
「これから3年間よろしくね!」
「おう……」
桜舞い散る入学式の校門で、高校の制服に身を包んだ私達は記念写真を撮った。陽真君の方は、頬がやや火照っているように見えた。対して私は満面の笑顔だ。陽真君からもらった愛嬌を、大切に持ち合わせている。こうして私達の高校生活は始まった。
陽真君との間に距離を感じ始めたのは、一年後の二年生になり始めた頃。いや、別に彼と話さなくなったり、全く一緒に行動しなくなったわけではない。うまく言葉に表せないけど……心の距離の話だ。
陽真君は運動が好きだった。入学式の時も、運動系の部活動からの勧誘をすごく受けていて、それらに興味関心があった。野球、サッカー、バレーボール、バスケットボールなど、体を動かせるのであれば何でもいい様子だった。
彼は一番の運動の基本である走ることを扱う陸上部を選んだ。そのことを、高校生活が始まって一ヶ月ほど経った後に、彼が教えてくれた。
「私も陽真君と一緒に走りたい」
私は無意識にそんなことを口走っていた。相変わらず運動は絶望的に苦手なのに。
「お前には難しいんじゃないか?」
さすがの陽真君も、私の運動神経の低さを懸念した。最初は私も走者として入るつもりだった。女子部員も走者として2,3人入部しているらしく、私も今から練習すれば大丈夫だと思った。
だが、現役陸上部員の実力に圧倒されて自信を失い、結局マネージャーの道を選んだ。
そこまでして陸上部に入部するのは、やはり陽真君のそばにいたいからという理由だった。そんな半端な理由で部活動を選ぶのは、自分でもどうかと思う。
だが、嫌な予感がしたのだ。部活動に入れば、彼と一瞬にいる時間もうんと少なくなる。運動部なら尚更だ。このままだと、陽真君が私から離れていきそうな気がした。彼と離ればなれになるなんて、想像するだけで辛かった。
予感は的中した。陽真君は部活に徹底的にのめり込むようになり、帰りが遅くなった。彼の走力は現役部員も賞賛するほどで、さらに没頭していった。
私がマネージャーとして部活を行う日と部活動自体が休みの日以外は、陽真君は夕方まで練習を続けた。彼が先に帰るように言うため、私は一人で帰るしかなかった。
そこからだ。私は陽真君と心の距離を感じ始めた。マネージャーとして、彼にタオルやスポーツドリンクの入った水筒を渡すために、そばにいたとしても……
「陽真君、これ……」
「おう、サンキュー」
それらを受け取ると、陽真君はタオルで汗だけ拭き取り、無口になる。不機嫌なわけではない。考え事をしているのだ。
どうすれば早く走れるようになるのかを。体重をかける部分はどこに、疲れない呼吸のリズムは、体のフォームを安定させるコツ、これ以上工夫できることはないかと。
「頑張ってね」
「あぁ……」
この時の陽真君との会話は長続きはしない。彼をそっとしておいてあげるのだ。一人で考え込んでいる姿を見ると、とても悲しくなる。今の彼の目は私を見ておらず、遥か遠くのゴールを見ている。
私にも何か手伝えることはないかと考える、陸上の知識は何一つないため、ただタオルと水筒を渡すことしかできない。私が助けられることは限られていた。私は相変わらず無力だ。
私は強くなりたかったのかもしれない。いつも陽真君に守られてばっかりだったから。それがもどかしくて仕方なかった。今まで自分が彼を助けたことは、一度としてあっただろうか。
いつも陽真君は嫌な顔一つせず、私を助けてくれる。私が子供のように泣いていたら、頭を撫でて優しく慰めてくれる。小学生の頃から、それだけはずっと変わらない。
ただ、私はいつまでも弱い人間のままだ。強くなりたい。助けられるだけじゃなく、私が陽真君を助けてあげたい。
「今日も疲れた……」
「お疲れ様」
やっと一緒に下校ができる放課後がやって来た。しかし、下校路の最中の会話も長続きはしない。陽真君は頭の片隅でやはり陸上のことを考えているようだった。話があからさまに断片的だったからだ。彼のために、私は気づかないふりをしながら横を歩いた。
「凛奈、明日は今日より遅くなると思う。明日の放課後は先に帰っててくれ」
静寂が続き、ようやく言葉を発してくれたかと思いきや、私の期待外れの内容。これも最近よくあることだ。
「うん、分かった」
陽真君のために私は我慢する。本当は帰りが遅くなってでも陽真君と一緒に下校路を歩きたい。しかし、陽真君には今は別にやるべきことがある。私の事情を押し付けて陽真君に迷惑をかけるわけにはいかない。
「あれ?」
「ん? どうした?」
「いや、何でもない」
私は何か大切なことを忘れているような気がした。
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