第39話「あの日起きたこと」
今から約1000年前、アデスと呼ばれる全能の神が、一つの世界と100人の人間を造った。世界をフォーディルナイトと名付けたアデスは、造った人間の内の一人に「人の記憶を消却する能力」を与え、その能力を駆使して平和な世界を築くよう命じた。
それから約1000年間、その能力はクラナドス家と呼ばれる血筋に代々保持され、フォーディルナイトの平和を脅かす内乱が勃発した際に使われるようになった。
クラナドス家はフォーディルナイト最大の王家となり、能力を駆使して国を治めた。国中の全ての人々から記憶を奪い、無知の状態にして王家に服従させるというやり方で。
国の存亡の危機となると、能力を継承した王は人々から全ての記憶を抹消し、再び従わせた。そのように国を建て直しながら、平和を築いてきたという。
しかし、何度記憶を消却しようと、人々は内乱を引き起こすのだ。人間には感情が存在する。優しさや思いやりだけではなく、憎しみや怒りももちろん備わっている。
そこから派生する未来は、弱い者を捻り潰して強い者だけが生存する弱肉強食の世界。人々は何度も自分こそが頂点に君臨しようという欲望を持ってしまう。
アデスの与えた能力は、クラナドス家に代々継承されてきた。人々の記憶がない無知の状態こそが平和であり、だからこそアデスは記憶を消す能力を与えてくださったのだと、クラナドス家は解釈していた。
国が内乱によって滅びそうな時がくる度に国民の記憶消去が行われ、同じ歴史を王族は幾度と繰り返した。
そして約1000年後、その能力はフォーディルナイト第17代国王、アンジェラ・クラナドスに継承された。もちろんその能力は、彼女の代でも使われることとなる……。
ある日、いつものように街に出てきたアンジェラ。祈りの儀式も先程終わってしまい、退屈だった。城での生活は本当に窮屈で、彼女はそんな日々から逃げるように街に出た。命を狙われる危険性があることを知っていながら。
「フフ♪」
夜の繁華街は昼間とは違う賑やかさがあり、アンジェラは気に入っていた。商人が珍しい道具や宝、宝石類を売り出すことがあるのだ。彼女はそれらを見て楽しむ。
ちなみに街の人々は、彼女のことを「綺麗な服を来ている人で、たまに街をうろついている小さな女の子」程度でしか認知していない。
彼女こそが現在フォーディルナイトを治めている女王だと、誰も知るよしもない。王族が民との交流を避けているからだ。しかし、アンジェラだけは堂々と民の前に顔を出した。
「ん?」
アンジェラはふと立ち止まる。道のど真ん中で、ある一人の男を見つける。
「ここは……どこだ? 七海町じゃねぇな……」
その男は行く宛が無くさ迷っているように見えた。少々変わった服装をしている男だ。異国の旅人だろうか。
「それにさっきの霧……一体何なんだここは。おっと……」
男は道行く人並みに翻弄される。アンジェラが見る限り、非常に身長が高く、羽っ毛のある黒髪の顔立ちの良い男だった。汗でも拭いていたのか、彼の手にはハンカチが握られている。
そう、彼はプチクラ山の霧を抜け、フォーディルナイトにやって来た陽真だ。
ドキッ
なぜか心臓の鼓動が加速していくのを感じるアンジェラ。陽真はこの世界でも女性に大人気である。一国の女王までも惚れさせてしまった。アンジェラの心に今すぐ彼と知り合いになりたいという思考が働いた。
「お嬢ちゃん、こんなところで何してるのかな?」
「綺麗なドレスだねぇ~? 結構金持ってそうじゃん♪」
「よかったら俺達と夕食食ってかない?」
しかし、思い切って声をかけようとしたところで、行く手をギャング達が阻んだ。アンジェラはギャング達のことを知っている。アルバートが何度も言い聞かせていたからだ。街には危険な男の集団がうろついていて、目に留まった女性に言い寄ってくると。
だから絶対夜に外に出てはいけないと、何度も言い聞かされている。今は出てしまっているが。
「よくないですー。邪魔なんであっちいってくださーい」
馬鹿にするようにギャングからの誘いを断る。おまけにアッカンベーをかます。強面のギャング相手に、肝の据わった女王だ。間を通り過ぎようとすると、ギャング達は更に行く手を塞ぐ。
「あぁ? 俺達の誘いを断るだぁ?」
「お嬢ちゃん……いい度胸してんじゃん」
「こうなったら金だけでも搾り取らせてもらうからな」
スチャッ
ギャング達は剣を引き抜く。アンジェラは驚いた。食事の誘いを断られただけで相手を殺傷しようとするなど、一体どんな思考回路なのだろうか。まさか、こんな簡単に命を落としてしまいそうになるとは。
「はぁ? ちょっと……何よそれ……」
「うぉらっ!」
剣を振りかざすギャング。アンジェラは死を覚悟して目を閉じる。
ガシッ
「……?」
痛みを全く感じない。なぜか自分は死んでいない。アンジェラはゆっくりと目を開く。
「やめろよ、女相手にこんなこと」
なんと、陽真が後ろからギャングの腕を掴み、攻撃を阻止していた。
「あぁ? なんだテメェ……」
「変な格好しやがって」
「ガキが……大人をナメんじゃn……ぶふぉあっ!」
一人のギャングが勢いよく吹っ飛んだ。陽真が渾身のパンチを炸裂したのだ。体格の差を物ともせず、秘めた力を見せつけた。
「なっ……くそっ!」
すかさずもう一人のギャングが、剣で陽真に斬りかかる。陽真は素早くかわし、回し蹴りで剣を弾き飛ばした。足の力は陸上で鍛えられているのだ。
「えっ……」
陽真は間を開けず、ギャングの顔面にパンチを当てる。またもや数秒でノックアウトさせた。腕の力は砲丸投げで鍛えられており、優れた運動神経を遺憾なく発揮した。
「くっ……」
スチャッ
最後の一人がナイフを握り、陽真に斬りかかる。
「お前もやるか?」
「ひいっ!」
陽真は鋭い眼差しでギャングを睨み付ける。ギャングはすぐに戦意喪失し、ナイフを落とす。
「お、覚えておきやがれ~!」
三人のギャング達はそそくさと逃げて行った。倒された悪党のお決まりの台詞を叫びながら。アンジェラは陽真に駆け寄る。
「助かったわ! ありがとう!」
「あぁ、大丈夫か?」
「うん! 大丈夫。ねぇ、あなた名前は?」
「え?」
アンジェラは陽真に対して強い興味を持った。なぜかは分からないが、彼と一緒にいると毎日が楽しくなる気がした。運転というものは何の前触れもなく突然現れるのだと、彼の勇姿を見て実感した。
「浅野陽真……」
「浅野……よし! 『アーサー』と呼ばせてもらうわね!」
偶然フォーディルナイトに迷い込んだ陽真との出会いが、アンジェラの運命を大きく変えた。凛奈という幼なじみの少女を救った陽真。しかし凛奈だけでなく、アンジェラにとっても、彼は自分を救いに来てくれたかみさまだったのだ。
「アーサー? 何だそりゃ……」
「いいじゃない! カッコいいし、なんか騎士っぽいでしょ♪」
「騎士?」
「ねぇ、あなた……私のボディーガードになる気はない?」
「……は?」
「浅野陽真……」
「そっ、彼に私の護衛を頼むことにしたわ! 今日からアーサーよ」
ため息をつく陽真の横で、堂々と胸を張るアンジェラ。彼女は陽真を自分の城に招待した。そして、無理やり騎士団に加入するよう命じた。更に自分の護衛に就かせようという。誠に自分勝手だ。
「はぁ……」
アンジェラにフォーディルナイトのことについて、一通り説明を聞いた。突然異世界に迷い込んでしまったことに加え、一国の女王を守るために騎士になれという無茶振りを強いられ、流石の彼でも脳の処理が追い付かない。
「ちょっと、あなた……」
唸るアルバートにカローナが耳元でささやく。
「見ず知らずの人をアンジェラのそばに置いといていいの?」
アンジェラを助けてもらったことは感謝している。しかし、出会ったばかりで素性も知らない赤の他人を城に招き入れ、騎士団に加入させるということに少々抵抗があった。しかも、アンジェラの護衛という特別かつ最重要の任務に就くという。
「騎士は何人いても困らない。恐らく大丈夫だろう。それに彼の強さは本物らしい」
二人は改めて陽真の目を見る。黒く透き通った目の奥に、視界だけでは捉えきれない優しさのようなものを見据えたような気がした。彼の目は曇ってはいなかった。
「彼はそう悪い人には見えないが」
「あなた、それ何回目よ……前も同じことを……」
「いや、彼こそは大丈夫だと思うんだ」
「もう……」
カローナは観念した。アルバートは椅子から立ち上がり、陽真の元へ歩み寄った。
「よろしく、アーサー。アンジェラを守ってくれ」
「は、はい……」
陽真はアルバートとぎこちない握手をした。アルバートの手は少々シワが浮き上がっており、どこか頼りなく思えた。父親と言えど、もう歳なのだろうか。自分の力だけでは娘を守り切れないのかもしれない。陽真は謎の責任感を負わされる。
「よろしくね! アーサー」
笑いかけるアンジェラ。彼女の笑顔を見ると、アーサーと呼ばれるのも悪くないように思えた。この世界にしばらくいることも。
「あぁ……」
アンジェラとも堅い握手をした。
二人は常に一緒に行動した。森で狩りや乗馬をする時も、街を歩く時も。アンジェラは誰かと共に交流することの楽しさを知った。日を重ねるにつれて、陽真にも街の見廻りの任務が与えられた。
たまたま仲良くなった騎士の仲間のロイドとヨハネスに支えられながら、騎士としての生活にも少しずつ慣れていった。
一方で、あの時の出来事を根に持っていたギャング達は、アンジェラを執拗に狙った。しかし、アンジェラが街を廻る間は陽真が護衛として就いているため、彼らが直接手を出してくることはなかった。
ギャング達はアンジェラへの仕返しの機会を待った。ストーカーばりに彼女を追いかけ回し、アンジェラが城に入るのを目撃した。ついに彼女がこの国の王女であることを知った。
「ガメロ様! ついに王を見つけましたぜ!」
「そうか」
「しかもただのちっこい娘ですぜ」
「相手が誰であろうと構わん。こちらは全力で行かせてもらう」
そして、ギャング達は王族に戦争を仕掛けた。まさかこの戦争が、陽真にとっても大きく運命を変えるものだとは、彼も想像すらしなかった。
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