第38話「クラナドス城」
「なるほど。それでその彼は騎士団に所属してると……」
「異世界から来たなんて不思議ね……」
騎士団棟まで案内してもらいながら、凛奈達は事情を話す。話の分かる王族で助かった。いや、そもそもこの世界の人々は、優しい人が多すぎる(ギャングは除く)。異世界から来たという怪し過ぎる話を、あっさりと真に受ける。
そこまで信じてもらうと、逆に心配になる。嘘一つ流せば、簡単に国が滅びたりしないだろうか。
「はい。彼は私達のことを完全に忘れてるんですけど、何とか記憶を取り戻して元の世界に戻りたくて……」
「そうか……」
凛奈達は騎士団棟にたどり着いた。
「アーサーなら今は見廻りで街の方に行ってるぜ」
クラナドスナイツの拠点である騎士団棟のエントランスで、ロイドが凛奈達を迎え入れる。彼は陽真がバーで襲ってきたギャングを連行した時、一緒にいた騎士の一人だ。どうやら今は、アーサー……もとい陽真は、街の見廻りに行っており、騎士団棟にはいないらしい。
「そうですか……」
凛奈はしょげた顔をする。せっかく城までやって来たというのに、ふりだしに戻された気分だ。まだマシなのは、城の中を時折うろつく巡回の騎士が、反抗的な態度をしてこなかったことである。
凛奈達がケイトから教え込まれた武術や剣術の出番は、失くなってしまったが……。
「それにしてもあの時は本当にごめんな。アーサーの奴、仕事に真剣になり過ぎて、ヤバいことやらかすことが、しょっちゅうあるからよぉ……」
馬車で陽真を追いかけた日のことだ。凛奈達にギャングを連行する邪魔をされ、陽真はついカッとなって凛奈を殴った。覚えていない彼にとって凛奈は、何の義理もない会ったばかりの他人だからだ。
仕事に真剣なのはよいことであるが、遂行するために相手構わず、手段を選ばない危険な行為に及ぶ。最近の陽真にはよくあることだと、ロイドは言う。記憶を失くした陽真と、長く寄り添ってきた仲間の彼だからこそ分かる。
「いえ、もう大丈夫です……」
なるべく心配をかけまいと、凛奈は笑顔で答える。
「そうか。本当にごめんな。もうすぐ帰ってくると思うから」
「ロイド、行くぞ」
ヨハネスがロイドの肩に手を置く。彼も記憶を亡くした陽真を支えている仲間の一人だ。
「おう。そんじゃあ、ゆっくりしてってくれ」
ロイドとヨハネスは小走りで街の巡回に向かった。残された凛奈達にアルバートは言う。
「せっかくここまで来たんだ。お茶でも飲んでいくといい。飲みながら彼の帰りを待つとしよう」
アルバートの誘いに乗っかり、凛奈達は王族が暮らしているフロアまで案内してもらった。
「すごい……」
凛奈達は部屋に入って驚いた。壁に可憐な装飾が施されたアルバートとカローナの共同部屋。世界史の教科書で出てきた貴族の部屋を、そのままセットとして再現したようなリアリティだった。
花のように膨らんだランプに、ゴシック式のソファー、天井から吊るされた鍾乳石のようなシャンデリア。全てが王族の王族たる様を表した荘厳なインテリアだった。
「さぁ、召し上がれ」
カローナが右で示す先には、これまたシックなテーブルの上に置かれたお茶菓子の山。おしゃれな皿の上はケーキ、クッキー、マカロン、ワッフル、スコーンなどの洋菓子のオンパレード。やかんサイズのティーポットの口から香る甘いレモンティーの香り。
お茶会の準備が万全に整っていた。いつの間に用意したのだろうか。
「これ……食べてもいいんですか?」
花音は垂れるよだれを抑えきれず、大きく目を見開いてお菓子の山を見つめる。よだれが次々とこぼれ落ち、テーブルが汚れていく。実にはしたない。
「あぁ、どうぞ」
アルバートは満面の笑みで答える。
『いただきまーす!』
凛奈達は一斉にお菓子にありつく。
「むふふ♪ 美味しい……」
どのお菓子も自然で味わいが優しく、凛奈達のお腹を十分に満たした。貴族は普段からこういうものを当たり前のように口にしているのだろうか。そう思うと、彼女達は自分が少し惨めに感じられる。
「うーん……毒は入ってないみたいね」
「哀香、そんなこと言うなよ。失礼だろ」
怪しげな顔で紅茶をすする哀香を、横から注意する蓮太郎。流石哀香、相手が王族であれギャングであれ、全く動じない。
「ふふっ、君達って見てて面白いね」
「あはは……(笑)、よく言われます」
凛奈達は苦笑する。自分達は高校生だ。日常の一瞬一瞬を悔いの残らないように生きる若者だ。目まぐるしく過ぎていく日々を楽しむ様は、大人も眺めていて微笑ましいのだろう。
「そうか。はぁ……やっぱりいいものだね。民との交流というのは」
「えぇ……」
アルバートとカローナは一点を見つめ始める。表情も次第に曇っていく。何かを考え込んでいる時にする態度は、この世界の人間でも同じようだ。
「娘にいつも言われてるんだ。民との交流は大事だって。娘の言うことは、たまに至極真っ当なんだよなぁ……」
「娘さんがいるんですか?」
「えぇ……。フォーディルナイトの今の女王なんだけどね。私達はなるべく外に出たくはないんだけど……あの子は落ち着きがなくて、すぐに外に出たがるのよ」
「え?」
アルバートもカローナもしまらない顔で自分達の娘を語る。どうしてだろうか。国の女王を、自分達の娘を語るのにそんな困った顔をする必要がどこにあるのか。
「あの……何か悩み事でも?」
「……」
凛奈が聞いても、アルバートとカローナは黙り込む。
「この子達に話すか」
「いいの?」
「この世界の人ではないみたいだし、見たところ悪い人ではなさそうだから」
「でも、今までだってそうやって……」
「うーん……」
二人は小声で話し合う。時折凛奈達を見てくる様子から、秘密を話すのを少々ためらっているようだ。
「この子達は元の世界に帰りたがっている。もしかしたら、アレの内容が役立つかもしれないし」
「……信じるしかないわね」
二人だけの秘密の会話は終わり、ようやく凛奈達に顔を向ける。相変わらずしまらない顔のままで。
「アンジェラは本当に手の焼ける子だよ……」
アルバートとカローナの間に生まれた娘、アンジェラ。彼女は昼間勝手に城を飛び出し、森で狩りや乗馬で遊んでいるという。毎日窮屈な城に閉じ込められ、息が詰まっているのだろう。
両親としては、娘にはもっと女王らしくおしとやかに振る舞ってほしいと願っている。最近では、毎晩9時に行う神様へのお祈りの儀式を怠けており、そこら辺の騎士(特に陽真)に代わりに任せているようだ。
「困ったものだよ。子どもの頃からその性格は治らなくてね……」
カローナと揃って頭を悩ませるアルバート。身分の低い住民に悩みを共有してほしくなるほど、娘には苦労させられているらしい。
「そんなわんぱく娘に、あんな力を持たせて大丈夫かと思うよ……」
「アナタ! しっ!」
カローナがとっさに人差し指を唇に付ける。アルバートは両手で口を塞ぐ。
「力?」
「いや、何でもないんだ。こちらの話だよ」
「アルバートさん、話してください。私達、絶対に帰らないといけないんです。私達の探している人が、あなた達と何か関係があるのだとしたら、全てを話してもらいたいです。お願いします……」
「……」
凛奈は失礼を承知で頭を下げる。アルバートとカローナはため息をこぼす。もはや全てを隠さず、話し切るしかないようだ。二人は真剣な空気に負けた。
「話は長くなるけど、いいかな?」
「はい」
「恐らく……君達の友人の記憶が消えたのは、我々の能力によってだ」
そして、アルバートは語り始めた。長く壮大なフォーディルナイトの歴史と、クラナドス家に隠された秘密を。
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