第40話「世界の秘密」



 ギャング達は城を攻め落とし、アンジェラの命を奪おうと画策した。彼らは自分達がフォーディルナイトを治めようと目論んでいたのだ。唐突に攻めてきたギャング達に、騎士団は応戦する。城内はあっという間に乱闘状態となる。


「あん時のお返しだ!」


 ガキンッ


「くっ……」


 ギャングの一撃を必死に受け止める陽真。騎士団全員で迫り来るギャングの軍勢を迎え撃った。しかし、相手の一撃は予想以上に重く、一人また一人と倒されていく。ギャング達は前進し続ける。


 ダダダダダ……

 激しい斬り合いを続ける陽真に狙いを定め、多くのギャング達が剣を構えて向かっていく。流石の陽真でも、一人で十人もの数を相手にするのは厳し過ぎる。


「……」


 物影に隠れていたアンジェラは、陽真の戦う姿を眺めていた。しかし、今にも切り裂かれそうな陽真の姿が視界に映り、耐えられなくなって外へ飛び出す。堂々と敵の前で自身の姿を露にする。


「もうやめて!」


 叫ぶアンジェラ。陽真に攻撃を加えようとしたギャング達は手を止め、彼女に意識を向ける。


「バカ! 何やってんだ!!!」


 敵に狙われているにも関わらず、戦場のど真ん中に飛び出すアンジェラに、陽真は怒鳴る。


「いたぞ! 女王だ!」


 ギャング達は一斉にアンジェラに向かって駆け出す。剣を握る手に力が入る。自分達のターゲットが堂々と目の前に現れ、彼らにとっては実に好都合だ。


「死ねぇぇぇぇぇ~!!!」


 小さな少女に剣の雨が降り注ごうとしている。アンジェラは目を閉じ、手を組んで神様に祈りを捧げる。


 カァァァァァ……

 アンジェラの体を青白い光が包み込む。黄色い長髪が不思議な力によって逆立つ。


“アーサー……ごめん……”


 アンジェラは力を一気に解放した。一人の少女が全ての事象の中心で、世界をリセットした。負の歴史がまたもや繰り返された。




 バタッ バタッ

 ギャング達の腕から剣やナイフ、弓矢、棍棒などの武器が次々とこぼれ落ちる。騎士達の動きも止まる。まるでゼンマイの切れたおもちゃのように。


「この気……まさか!?」


 アルバートとカローナは自室に隠れていた。城全体に広がった奇妙な波動を感じ取っり、部屋を飛び出してアンジェラを探しに行った。


「俺は……一体……」

「ここはどこだ?」

「なんで剣なんか……」


 ギャング、騎士、フォーディルナイトに生きる全ての人間が、己の存在に戸惑う。一瞬にして、彼らの記憶はアンジェラの能力によって光の彼方へと消え去った。


「ここは……どこだ? 俺は何をしてたんだ……?」


 カキンッ

 そして、陽真の右手から剣がこぼれ落ちる。




「あれ? 俺……誰だっけ……?」


 ここにいる陽真も、当然記憶を失った。アルバートとカローナは、脱け殻のようにたたずむ騎士やギャングを見て騒然とした。アンジェラは倒れた馬車のワゴンに登り、周りを見渡す。


「私はアンジェラ・クラナドス、フォーディルナイトを統べる女王だ!」


 アンジェラは上部から大きく叫んだ。その場にいる者達は、全員アンジェラの姿に見入った。


 戦争はアンジェラの能力によって、強制的に終結させられた。陽真がフォーディルナイトにやって来て、五日目の日のことだ。






 アンジェラは両親から何度も聞かされてきた。自分達の王家が人々から記憶を消し、自分達に都合のいい国を創ってきたことを。だが、いつまでも同じことを繰り返しているわけにもいかない。記憶の消去は単なるその場凌ぎだ。

 そのため、能力を使うことはなるべく避けようと決意した。このことが王族以外の人物に知られてしまえば、再び民は反乱を引き起こすだろう。よって、必要以上に民と関わらず、ひっそりと暮らしていこうと両親に言われていた。アンジェラはそれが退屈で嫌だった。


 だが、またいつ命を狙われるか知ったことではない。彼女は葛藤していた。自由を求める己の欲求と、国の存亡のために鳥籠に囚われた生活をしなければならない義務の間で。




   * * * * * * *




 何と返せばいいのか検討もつかない。一つの国が築き上げてきた神話のような歴史。それに陽真君は絡め取られ、記憶を失った。

 話は複雑だったけど、要するに陽真君の記憶を消したのは、そのアンジェラという女王の能力が原因ということになる。私は複雑な心境に溺れる。


「つまり、反乱が起きる度に国民から記憶を消去し、再び国を再生するというのを繰り返した……ということですか?」

「あぁ……。フォーディルナイトは、人口がたった一万人程度の小さな国だ。それ故に、記憶を消した後も国を立て直すのは、思うよりかは簡単だった」

「一万人……国と呼ぶには少し寂しいわね」


 苦笑しながらの哀香ちゃんの発言。余計に暗くなった場を、少しでも和ませるためだろうか。そのアンジェラの能力で、自分の妹が記憶を消されたかもしれないというのに。悲しいはずなのに。


「まぁね。でも、私達はその能力のおかげで、約1000年もの間、国を維持できたんだ」


 自慢をするようで、己のしていることを恥じているような、心情の読み取れない口調でアルバートさんは話を続ける。


「まずは騎士団の者達に『お前達は騎士であり、この国を立て直すのに協力してくれ』と吹き込む。記憶を無くして自然状態となった人間は、驚くほどこちらの言う通りに動いてくれるんだ。彼らの協力を得て国民に記憶を刷り込む。国民一人一人のデータは記録してあるからね」


 アルバートさんは淡々と国の再生方途について語る。立ち上がり、部屋の奥に設置されている本棚に向かって歩いていった。


「でも、データにない者……つまり、君達の世界からやって来た者達の記憶の刷り込みには困った。彼らがどこの誰だか、さっぱり分からなかったからね……。君達には悪いが、代わりの記憶を刷り込ませた」


 つまり陽真君にはアーサー、豊さんにはユタさんとして生きてもらうことにした、ということになる。優衣ちゃんも別の名前を与えられ、どこかで生きているのかな。

 確かに、こちらの世界の人達にとっては、私達は異世界からやって来た人間で、元からどういう人間だったかなんて知らない。どうした処理をしていいか分からない。


 こうやって、陽真君達はこの世界に取り込まれてしまったんだ……。


「じゃあ、私が記憶を失ってないのは、陽真君がフォーディルナイトに来て、国民全員の記憶消去が行われた後のタイミングで来たからなのね」


 花音ちゃんが納得する。確かに、花音ちゃんは陽真君より後で行方不明になった。戦争が起こり、アンジェラが能力を使った後のタイミングで来たことになるので、幸いにも記憶消去は免れたということだ。


「困ったのはギャング達だ。彼らに何度も別の記憶を刷り込んでも、結局数日経てば、元の荒くれ集団に戻ってしまう。まるで記憶が復活したようにね。今までの反乱も、ほとんどが彼らによって引き起こされてきた」

「彼らはギャングであることを神に宿命付けられた、ということかしらね……」


 エリーちゃんが悲しい顔で紅茶をすする。憎しみを抱いていいのか分からない。アンジェラは悪気があってやったわけじゃない。陽真君を、騎士達をギャングから守るために、記憶消去の能力を使ったのだと理解している。

 それは、すなわち国を守ることであり、国王としての大切な役目だ。陽真君から私の存在が消えてしまうという、最悪なおまけがついてしまっているけど。


「とまぁ……話は長くなったが、彼が何も覚えていないのは私達の責任だ。本当にすまない」


 少なくとも、アルバートさんとカローナさんは責任を感じているみたいだ。でも、私達は納得ができなかった。私が積み上げてきた陽真君との思い出を、全て抹消されてしまったのだから。理解はできても、納得ができないのだ。


「そんな……どうにかして記憶を戻すことはできないんですか?」


 陽真君がフォーディルナイトに偶然迷い込んでしまった。そんな最悪のタイミングで、アンジェラが記憶消去の能力を発動させてしまった。

 巻き込まれた陽真君や、その他私達の世界の行方不明者達は、完全に被害者だ。そんな理不尽な現状を急に突き付けられ、一体どうすればいいというのか。


「できないとは断言しないが、どうすればいいのかは私達にも分からない。私達の能力はただ記憶を消すだけだから……」

「でも、さっき記憶の刷り込みって言って……」


 国民の記憶消去が行われる度に、王族は彼らに記憶の刷り込みをしていると言っていた。似たようなことをすれば陽真君達も記憶を取り戻せるのではと考えた。別の記憶ではなく、きちんと正しい記憶を刷り込めばいいのではないか。


「記憶の刷り込みって言っても、特別なことをしてるわけじゃないわ。手元にあるデータを参考にして、『この人はこういう人かもしれない』ってイメージだけで、国民一人一人に『あなたは〇〇〇です』と情報を教えてるだけなの」

「あぁ。元々パン屋だった人なら『あなたはここでパン屋として、パンを売りなさい』、武器職人なら『あなたはここで武器を作りなさい』って感じに言うんだ。これが国の再生であり、記憶の刷り込みなんだ。あくまでデータ上の記憶を教えているだけで、元の記憶を復活させているわけではないんだよ」

「そんな……」


 哀香ちゃんや蓮君、花音ちゃんも唖然とする。そもそも私達現実世界の人間のデータがない以上、陽真君達の記憶を完全に修復することは不可能だ。無慈悲な現実が私達の希望を打ち砕く。


「それに、今能力を使えるのはアンジェラだけ。私達にはもはやどうしようもないわ」

「能力は子を産むことによって継承される。子に継承された後、元々能力を持っていた者は、年月を経ていくうちに能力を失うんだ。私も昔は持っていたのだが、今はもう使えない」


 どうにかできるのはアンジェラだけ。しかし、能力が元々記憶を消去することだけというのだから、もはや打つ手は残されていなかった。


「……」


 私は言葉が出なかった。陽真君の記憶が無くなり、戻す方法もわからない。あの日々は永遠に戻ってこないのか。彼の隣で笑い合ったあの幸せな日々は、このまま無かったことにされてしまうのか……。


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