6. 孤独の一人娘

 次にその足で向かったのは、ソフィア・カルーゾの住むアパートだ。大通りに面した一本道に、似たような外装のアパートが立ち並んでいる。紺色の外壁に白い屋根、窓を囲う枠もぱきっとした白色で統一され、全体的に大人びた、今時の洒落たデザインの建物だ。

 駅からも近く、近所には大きなスーパーやショッピングモールもあり、休日ということもあってか、辺りは大勢の人通りが見られた。


 事前にアシュレイが調べていた部屋の前でインターホンを鳴らすと、「はい」というバリトンと共に、男性が顔を覗かせた。切れ長の目とストイックそうに痩せた長身が印象的の美丈夫だ。彼がソフィアの父親だろうか。想像していたよりもだいぶ若い。


 ダンジェロ家にしたのと同じ説明で家に入れてもらった三人は、ソフィアの年齢と照らし合わせると、些か年若い夫婦と向き合う形で、話を聞くことになった。少女の母である女性は、夫同様に浮世離れした美人で、クレオパトラのようなしっとりとした黒髪、東洋系のエキゾチックな雰囲気が殊更目を引いた。


 やけに物が少ない室内に、木目調のダイニングテーブルと揃いの椅子が四脚。ついていたテレビは消され、部屋の中には異様な緊張感が走った。

 ソフィアの父親は、カウンターキッチンの傍で壁に寄り掛かるようにして立ち、レオンとアルカードに向き合う形で、女性二人は腰を下ろした。


 早速レオンが、前の二件でしたのと同じ質問を投げかけると、彼女の母親が弱々しい声で話し始めた。

 ソフィアは、両親が手を焼くほどの不良娘で、学校もサボりがち、家も留守にしがちな、所謂いわゆる落ちこぼれであった。

 二、三日家を空けることはさして珍しくもないようで、無断外泊などは日常茶飯事、ことに父親との衝突が多かったという。昔は素直で純朴な少女だったのだが、十三歳を迎え、世間の言う《子ども》という枠を抜け出しつつあるようになった頃から、悪い仲間とつるむようになり、性格もだんだんときつくなっていったという。


「旦那さんと娘さんの、喧嘩の理由はどのようなものでした?」

 レオンが訊ねる。その質問に、彼女の父は、重そうな口を開いた。


「日ごろの振る舞いについてです。お話した通り、娘は学校や外で問題を起こして帰ってくることが多かったので、そのことを叱っていると、必ず口論になっていました」


 なるほど、とレオンが頷くと、その隣でアルカードが、

「大変申し上げにくいのだがな」と口を開く。「お宅の娘さんがしまったきっかけに心当たりはあるか?」


 変った身なりの客人の臆面もない質問に、カルーゾ夫妻は困り顔で視線を見合わせると、今度は妻の方から説明が入る。


「今は現役を引退しておりますが、娘が十二歳になる年まで、私たちはモデルの仕事をしておりました。ありがたいことに、たくさんの仕事をいただき、何度かは海外の大きなショーにも呼んでもらって。……あまり娘との時間が取れなかったのです。あの子が物心ついてからも、仕事の忙しさにかまけて、家を空けてばかりいました。……思い返せば、私たちは、あの子が初めて喋った言葉も、初めて歩いた姿も知らないんです。私たちの目のないところで、あの子は大きくなってしまいました。我儘わがままなんて一切言わなかった子だから、安心して仕事に専念してきたのですが、今になって、その付けが回ってきてしまいましたのね。これは、私たちに課せられた罰なのだわ」


 彼女は言いながら、涼し気な目元に涙を光らせた。

 モデルの仕事……。通りで、一般人にはないのようなものがある。今現在はモデルの卵を育てる仕事に従事し、全盛期ほどではないにしろ、相変わらずの多忙な日々が続いているらしい。

 父親は、早く娘に会いたい。きちんと家族で話をしたいと、切に願った。


 一通り話を聞き終え、カルーゾ家をお暇する前にソフィアの部屋に立ち寄ると、部屋全体に染み付いた酒や煙草の匂いに混じって、あった! 微かであったが、この俗っぽい匂いの満ちた空間に酷く不釣り合いなが。

 ショーコやマーリアの部屋にあったものよりも格段にはっきりと残っていたが、両親たちには感知できないようだった。


 こうして三人の懸念は、また一つ、確信へと駒を進めてしまった。

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