7.望まなかった確信
ソフィアの家を出る頃には時刻は午後三時を回り、深まる秋の空は微かに西日色に染まりつつあった。吹きすさぶ風も冷たい。アルカードの髪を結った赤いリボンが大きく揺れ、解けて飛んでいきそうになるのを、慌ててアシュレイが手で押さえて止めた。
午前中よりも風が出てきたようだ。木枯らしに吹かれて空気が乾燥する。渇いた落葉がカサカサと音を立てて、三人の進行方向の先へと滑って行った。それに続いて石畳の上を歩く三人分の靴音も、どこかもの寂し気でノスタルジックな雰囲気を演出し、世間はやがて、寒さの底に沈む季節がやってくるのだと知らせていた。
アルカードはかさついた手をこすり合わせ、隣を歩くレオンをちら、と見下ろした。何やら難しい顔をしている。きっとこの顔は、どちらかの選択肢を決めかねている顔ではなく、たった一つしかない覆しようのない真実を目の当たりにして危機に瀕しているときの顔だ。
そんな連れの様子を見て、アルカードは己の得た確信がさらに強固となったのを悟り、胸が重くなるのを感じた。その心情を一人で抱えているのは苦痛以上の何ものでもなかった。故に彼は、相手に探りを入れるような口調で、重い話題を口にしないではいられなかった。
「レオン。お前の見解を聞こう」そう言うと、伺うような視線だけがちらりとこちらに飛んでくる。「彼女らは吸血鬼、エドワード・モーリスに
その口ぶりには、事の真相に早く近づきたいという思いと、不安がる家族たちにこれ以上の心労はかけたくないという思いから、是非、否定の言葉を、と期待しているような雰囲気があった。
レオンは正面を見つめたまま、そっと立ち止まった。両隣を歩いていたアルカードとアシュレイも同時に歩みを止める。
上風が街路樹の葉を散らす。
アシュレイは乾いた喉を潤そうと唾を飲み込んだが、喉に張り付いた緊張の熱が胃に下ることはなかった。
「白々しい言い方をするんじゃない。お前だったわかってるだろ。これは吸血鬼事件だ。紛れもない。三人はエドワード・モーリスとやらに攫われてしまったと考えていた方がよさそうだ」
アシュレイは息を呑むようにして言葉を失い、右手で口元を覆った。やはり親友は化け物の魔手に囚われてしまったのだという確信に、動揺が隠せないようだった。
「……どこでそれを確信した?」アルカードが声を低くして問う。
「ショーコ・Aの部屋に入った時だ。考えるまでもなく、彼女らの部屋にあったものは、魔物が人間を誘惑するときに使う術の一つ。人間には編み出すことのできない、限りなく死に近い匂いだ」
アルカードは数回頷くと、「あの絵……」と口を開く。
「マーリアの描いた油絵あったろ? 海の絵。あのカンバスから、部屋に残っていたものと同じ香りがした。絵具と混ぜられたような匂いだ」
ひとけのない歩道の真ん中、三人の間に重苦しい雰囲気が流れ込み、アルカードとレオンの顔には落胆の色が滲む。それはアシュレイも同じで、こと依頼人とあらば、親友の安否に暗雲が立ち込める状況に、動揺しないではいられないだろう。
この瞬間より、三人の少女失踪事件は警察の手を離れ、実質、レオンの得意とする領域の案件となった。
レオンは不安そうに俯くアシュレイの肩に手を置き、
「アシュレイ、今日から貴方は僕の依頼人だ。この吸血鬼事件は僕が解決へと導こう。貴方の大事な親友は必ず取り返す」
と、強く宣言した。
もはや他に縋る袖のないアシュレイは、深々と頭を下げ、微かに声を震わせながら、「よろしくお願いします」と、唯一頼ることのできるレオンの手腕に全ての望みを託す他なかった。
「さて、エドワード・モーリスをどうやって探し出そうか、レオン」
アルカードは、頭の後ろで手を組みながら、独り言のように言った。
レオンは無言で歩き出すと、沈思するように軽く俯いた。
「何も手がないなら、おれにいい案があるぜ」
得意げに沈黙を取り去ったアルカードの顔は、妙にニコニコしている。
「なんだ、言ってみろ」
「そういった方面に明るい奴がいる。そいつなら、エドワード・モーリスについて、何か知っているかもしれない」
「今すぐその人物と連絡が付くか?」
「ああ。だがその前に、ちょいと買い物を」
アルカードは辺りを見渡し、「お、あそこがいい」と呟いて、道路を挟んだ向かい側の区画にあるケーキ屋に向かった。
「レオン、少し金が要る。なに、そんなに大金ではないさ。ほんの銀貨三枚(三千円)程度よ」
レオンは胡乱気な目になって、
「一体何に使うんだ」と、すたすたと歩いて行くアルカードの背中を追った。
「土産を買っていくんだ。手ぶらで行くと、機嫌悪くなるからな」
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