18.希望と勝機
その後、クロヌの案内で無事レオンと合流を果たした二人は、互いの無事にホッとしたのも束の間、「ひいっ」と息を呑んで二の句を継ぐどころではなかった。
余りの光景にアシュレイは口元に手をやったまま言葉もなく、辛うじて舌を動かすことが出来たアルカードが、彼女の目を掌で覆いながら引き攣った声で抗議する。
「お、お前、どうしたそれ!」
「……僕の顔がどうかしたのか」
己の身に何が起こっているのかわからないレオンは、肩を竦めながら首を傾げた。
「服の胸元まで血塗れじゃないか! 口の周りもエライことになってるぞ。もう少し拭けよ。どちらが化け物かわからんだろうが」
アルカードはタキシードのポケットから白いレースの付いたハンカチを投げて寄越しながら言った。それを受け取ったものの、彼らの言葉の意味が分からないレオンは、無言のまま、ハンカチとアルカードを交互に見やった。
『主よ、アンタ、さっき襲ってきた女吸血鬼を返り討ちにしたろ? その跡が残っているぞ』
クロヌは、アシュレイの肩から主の頭の上に移動し、耳打ちするように言う。
ようやく合点のいったレオンは、まるで豪華ディナーの皿を空けた直後のような優美な所作で、女吸血鬼の血に塗れた口元を拭った。
「……失礼した」
白い布が
「あの……」
「うん、どうした?」
遠慮がちに口を開いたアシュレイは、緊張した喉に少しでも潤いを、と唾を飲み込みながら、恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「あなたたちは、普通の吸血鬼ハンター?」
「どういう意味だい?」
レオンがゆっくりと瞬きしながら問い返すと、アシュレイは気になって気になって仕方がなかったというような顔で、思っていることを冷静に吐き出した。
「ショーコちゃんの事件について相談する前、私はネットでこの町周辺に在住している吸血鬼ハンターの情報を一通り調べました。相談者たちからの人気、評価、依頼解決率など。一日でも……いや、一秒でも早くショーコちゃんたちを助けて欲しかったから、信頼できるハンターの元へ相談を持ち込みたかったんです。ネットで得た情報を踏まえてレオンさんの事務所の門を叩きました。二十一歳という若さで個人事務所を持ち、プロ二年目にして既に数々の吸血鬼事件を解決へと導いてきたあなたたちならば、無事にショーコちゃんたちを助けてくれる――そう思ったからです」
アシュレイは長々としゃべって一度言葉を切ると、灰色の瞳をきょときょとと揺らしながら、続けた。
「あなたたちは、些か浮世離れという言葉には収まりきらないほど人とはかけ離れた存在に思えるんです。言葉を喋る
核心に迫る疑問に、レオンとアルカードは互いに顔を見合わせた。
ほんの一刹那、無言のまま目で何かを語り合った二人は、再びアシュレイに向き直ると、代表してレオンの方から口を開く。
「これは政府には黙認されていることなんだけれどね、貴方の言う通り、僕たちは普通の吸血鬼ハンターではない」
レオンは誠意を尽くして語る。
「どうかこのことは、貴方の胸の中にだけ秘めておいていただきたい。僕はダンピールさ。かつて――数百年前ならなんら珍しくもなかったよ、人間と吸血鬼との
「ダンピール……」
人間と吸血鬼の間に生まれた子どもは、生まれながらに吸血鬼を退治できる
そうした一方、人を襲う吸血鬼と共存を果たせているとは完全には言い難い現代社会において、怨敵たる吸血鬼と人間との交わりは、世間には公表し辛いものである。よって、レオンは自分の正体を
「ああ、ダンピール……本当にいたんですね」
アシュレイは独り言のように呟くと、それと同時に今まで感じていた違和感のようなものに、ようやく納得することが出来た。
「そうだったんですね。ははぁ、どおりで……」
レオンはアシュレイの冷静すぎるリアクションに苦笑した。想像では、もっと気味悪がられると思っていただけに、こうしてあっさりと受け入れてくれる物分かりの良さに謎の安堵感を抱く。彼女の中では、レオンの中に吸血鬼の血が流れているという事実が、恐怖ではなく安堵の対象となっているようだった。今日一日、時間を共有したことによって生まれた信頼関係が成したものだろう。
アシュレイは、抱いた緊張を押しのけるような気丈な笑みを浮かべて、言った。
「よかった。レオンさんたちの
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