13.白闇の孤独
「アルカードさん」
と、隣を歩くアシュレイが不安げな声を上げた。
冷静に「どうした」と訊ねつつも、少女の胸に襲い来る不安の理由を悟れないアルカードではない。彼も己らの身に迫りつつある危機を感じていた。いつの間にやら辺りは霧に包まれ、まるで夢の中をあてどもなく歩いているような気分になる。
足元さえ確かではない。このまま歩き続けた果てにあるのが断崖でないという確証もなく、足取りは段々と重くなるばかりだ。
「おかしいです。すぐ傍にいたレオンさんの姿が見えません」
「ああ、見当たらないな。あいつ、どこ行きやがった」
ほんの数歩前を歩いていたはずのレオンの背中が、瞬きをしたその瞬間に、波に攫われた砂城のごとく掻き消えていたことに気が付いたのはいつだったか。
アシュレイを不安にさせまいがために黙っていたのだが、さすがにこのような一大事に気付かぬほど、アシュレイも冷静さをかいてはいないようだ。
大声を出して探したいところだが、下手に声を上げて、
「おれの傍を離れるなよアシュレイ。何か妙な気配を感じたら必ず教えろ」
「はい」
アルカードは彼女を懐に庇うようにして立ち、辺りに注意を配った
だが、その目に映る景色と言えば、一面真っ白に染め上げる濃霧のみ。これでは、いつどこから不意を突かれてもおかしくはない。まともに見通しのきかない状況に苛立ちが募る。
「チッ、うっとおしいな」
アルカードは舌打ちを放つと、黒マントを肩から取り外し、周囲の霧を散らすように大きく翻した。ばさばさと風が巻き起こり、無風の中をゆらゆらと漂っていた霧が大きく揺らめいて霧散してゆく。だが、それもほんの一瞬のことで、少しでも手を止めれば、辺りには再び濃霧が寄り集まってきた。
「無駄だったか」
呆れたように呟いたアルカードがマントを羽織り直すと、アシュレイはいきなり「あ!」と声を上げた。真っ直ぐに指をさして、何かを見つけたようだった。
「どうした?」
「今そこにレオンさんの影が見えました」
「本当か、どこにだ?」
「こっちです」
アシュレイは視界を覆う霧に一寸の恐れも抱かず、急き立てられるようにして走り出した。
「あ、おい、待て。一人で行くな!」
あわてて追いかけようとしたその時である。
薄らぼんやりと見えていたアシュレイの背中が、溶けるようにして消えた。
「あれっ、アシュレイ!」
すぐさま駆け出したアルカードだったが、既にそこにはアシュレイの影も形もなかった。それどころか、周辺から己以外の気配そのものがすっかり感じられなくなっていた。彼女もまたレオンと同じように、元々そこには存在などしていなかったかのように、少しの気配すら残さず目の前から消えてしまった。
ああ、やはりこれは、エドワード・モーリスの罠だ。彼らは、悪しき吸血鬼の手中に迷い込んでしまったのだ。
「……まじかよぉ」
ますます濃くなる霧の只中で、アルカードは己らの陥った最悪の状況に、らしくもない恐怖のようなものを感じずにはいられなかった。
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