10.今夜決行
三人は事務所に戻ってきた。
窓の外に広がる町並みは西日に抱かれ、渇いた落葉の上を歩く人々の足は、肌寒さから逃げるように早々に建物の中へと引っ込んでゆく。
夜の気配がする。赤みを帯びた陽光が大地の彼方に沈み、間もなく、静寂を伴った闇が町を包み込む。
アシュレイは、今日もまた夜が訪れることが不安でならなかった。日ごとに夜を重ねる度、今この瞬間にも親友の命がこの世から失われてしまうのではないかという焦燥感に身を
胸に
「今夜ですか? 昼間でなく」と、訊ねた。
太陽を嫌う吸血鬼を退治しに行くなら、断然昼間が適切だと思っていた彼女の考えを裏切ったレオンは、冷静な顔はそのままに、たんたんとした口調で酷な話題を口にした。
「アシュレイ、今からするのはもしもの話だ。もし、誘拐された少女たちが吸血鬼に転化させられていたら、昼間に奴の塒から外に連れ出すことは難しい。人間だったものが死後に転化した場合、その身体はまだ吸血鬼の生体と馴染んでいない。そのため、いくら現代に適正した進化過程を経た吸血鬼の血が混じったとしても、いきなり太陽の下へ出ることはできない。瞬く間に少女らの身は灰となってしまう」
アシュレイ表情が強張る。想像したくもない未来が頭をよぎり、彼の言ったことが必ずしもあり得ないという保証がないことに、この上ない絶望感が込み上げてきた。
彼女のリアクションに、しまった、と肝を冷やしたレオンに責めるような視線をよこしながら、アルカードは彼女に「もしもの話だぞ」と励ましの言葉を贈る。人の心中を推し量るのは、人の身を捨てて久しいアルカードの方が得意なようである。どこか他人に対してドライなところのあるレオンには成せない技だ。
「もしも」と前置きしてはいるものの、絶対に無事であると言い切れる状況ではない。アシュレイからしてみれば、もしもなどという中途半端な前置きがより一層不安を掻き立てられると言っても過言ではなかった。
レオンは気を取り直すように咳払いをすると、
「……そういうことなので、ここからは僕たちに任せて。君はそろそろ寮に帰りなさい」
「えッ」
アシュレイは目を丸くして、レオンを見返した。その顔には、「聞いてないですよ?」とでも言いたげな表情が張り付いていた。彼女の言う「えッ」の意味を理解しようとしていると、アルカードたちは束の間、口を噤まないではいられなかった。
しばしの沈黙を挟んだ後に顔を見合わせたアルカードとレオンは、ゆっくりと瞬きをしながら同じことを思った。――ついてくるつもりだったのか……。
いくら何でも、危険が伴う吸血鬼退治に依頼人を同行させるのは憚られる。
「おれたちだけだと不安か?」
アルカードが諭すように言うと、アシュレイは慌てて首を振り、「いいえ、決してそういうわけではないです」と彼の発言を否定する。
「ただ私は、自分の知らないところでショーコちゃんの身が危険に晒されているというこの状況に耐えられる自信がないのです。私がベッドで夜が明けるのを待っている間、あの子はどんな恐ろしい目に合い、どんなに心細い思いをしているかと思うと、その場でじっとしていることなんてできない。だから今度は、私がこの手でショーコしゃんを助けてあげたいんです。ごめんね、って謝りたいんです」
アシュレイの親友を想う熱意に、アルカードとレオンは言葉も出なかった。感心半分、残りの半分は、少女の向こう見ずな発言に呆気に取られていると言ってもいい。友と言えど、言い方は悪いが、他人のために自らに降りかかる危険を顧みないつもりなのだ。
彼女の親友に対する――一種の執着にも似たこの感情は、「勇敢」と言えば聞こえはいいが、現実的に考えれば「無謀」である。
レオンは彼女の勇気を尊重しながら、
「君はショーコちゃんが帰ってきたときに、彼女が安心できる居場所を作ってあげておいてくれ。これは僕らにはできない、親友の君にしかできない仕事だ。僕は彼女を助ける。そのあとのことは、君に任せるよ」
「でも……」
アシュレイはまだ何か言いたそうに口を開け閉めしていたが、やがて、まだ完全に不安をぬぐい切れていない表情で、頷いた。
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