警官の果て



「銃を捨てて床に伏せるんだ! 早くしろナウ!」


 警官に大声で命じられても、男はまったく動じなかった。煙をあげる銃口と倒れるエブリンを交互に見て、ニヤリと笑う。


遮蔽物シールドを挟め、マテオ! 相手はジャンキーだ! 撃たれるぞ!!」イーサンが叫んだ。


 マテオは銃を構えたまま、男との距離をジリジリと縮めていく。「これ以上、誰も殺させるわけにはいかない。俺が注意を引くから、お前が捕まえるんだ! 危険を感じたら躊躇なく奴の足を撃て」


「こんな距離じゃ当たんないって!」


「イーサン! 散々バカにしてきたジジイに笑われたいのか? 外したら署で一生の笑いもんにしてやる!」


「チクショウ!!」


 マテオが言葉を途切れさせないようにして、男に近づいていった。意外にもすんなりと目の前まで来れたのは、男は抵抗もせず地べたに座ったまま、動こうとしなかったからだった。


「動くなよ……そのままだ……」じわじわと距離を縮めていくマテオの指先。握っていた相手の拳銃に触れようとしたその刹那、男が瞬時に身を屈めた。今までの動きからは想像できない俊敏さで、溜めていた力を一気に解き放った若い男の動きに、マテオはついていけなかった。


 男に覆いかぶさるように立っていたマテオの体が大きく揺れた。武装犯が、もう一本隠し持っていたナイフの切っ先を、思い切りマテオの腹に埋め込んだ。


「マテオ!」イーサンが叫んだ。


 うめき声を上げ、中年警官が力なく崩れ落ちていく――だがマテオは最後の力を振り絞り、顔を真っ赤にして、拳を握り込んだ。打ちおろされたマテオの鉄拳が、武装男の指をへし折り、持っていた拳銃を5m先まで弾き飛ばした。


 男が痛みに悲鳴を上げて立ち上がり、のけぞった。そこへ後方にいたイーサンが放った5発の銃弾のうちの3発が、男の肺と心臓を打ち砕いた。残りの弾丸は後方の壁にめり込んで穴を開けた。グシャリという音をたてて、男は絶命した。


「終わったか……」床に崩れ落ちながら、マテオはつぶやいた。すぐにイーサンが駆け寄ってきたが、マテオにはもう仰向けになって荒い息をする事しか出来なかった。それでも何とか声を振り絞ってイーサンに聞いた。


「あの……受付の女性は……」


「しゃべるなよ、マテオ! こんな時に言う冗談なんて知らねえんだけどよ……消えちまったんだよ! あの女の体がさあ。どんなオカルトだよ! 俺そんなの教わってねえよ。あんた年寄りだろ? 俺に何でも教えてくれんだろ?」


 マテオは笑ったつもりだった。が、イーサンには苦しそうなあえぎにしか聞こえなかっただろう。「そんな約束は……できないな……俺もようやく……思い残す事がなくなりそうなんだ……悪いけど自分で考えてくれないか」


「おい……嘘だろ? 図書館の中の子供たち生きてるぜ……あんた立派に人助けしたんだぜ!」


 涙を流すイーサンの腕の中で、マテオはゆっくりと息を引き取った。彼の輪郭が静かに薄れていく間、図書館の非常ベルがずっとホール内に鳴り響いていた。

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