店主の果て




「ちくしょう!」アルバートは味見に使ったカフェスプーンを乱暴に投げ捨てた。食器は磨きあげられた厨房の床に跳ね返って、ステンレスの収納棚の下に姿を消した。


「そんなにイライラしないで、アル」


「あと少しなんだよ。今のままじゃ甘いだけで、インパクトに欠けるんだ! こんなんじゃ客の前には出せない。だが、そのせいで俺のパヌッキーは永遠にみんなの口に入らないんだ! この苛立ちがどうして分からないんだ?」


「それで夜も眠れないなんて、根の詰めすぎよ」アルバートの妻はにべもない。「少し休憩して。チョコレートムースはもう食べないでね。薬を忘れないで」伝えたいだけ伝えると、彼女は店の奥へ引き下がっていった。


「こんなに苦しんで、さらに好きなものまで食べられないなんて、拷問でしかないよ!」


 アルバートの訴えは完全に無視された。変わりに声だけが帰ってきた。「あなたに手紙が届いてるわ。カウンターの上に置いてあるわよ」


 アルバートは椅子に崩れ落ち、ため息を着いた。彼は酒を飲まなかったが、甘いものの誘惑にはてんで弱かった。目がずっと恨めしそうに、チョコムースの残りが入った大きなボールに注がれていた。


 ええい、ままよダム・イット・オール! アルバートは我慢することを諦めた。蜂蜜の坪を抱く黄色い熊のように、ボールを脇に抱え、ヘラに付いた甘い練り物を舐め始めた。


 一通り甘味を楽しむと、やる気は眠気に変わっていた。今日はもう止めよう……そう決心して妻のいるリビングに向かう。その途中で彼の手がカウンターに置いてあった紙片に触れた。


 アルバートの太い指がそれをつまみあげる。それは封筒だった。よく店に来るマーケティングメールでもなく、ただ手書きで『アルバートへ』と書かれている。中心付近がやけに盛り上がっていた。


 アルバートが封を破り、紙筒を開くとすぐに一個の黄色い物体が転がり出てきた。慌てて反対の手でキャッチする。


 ふんわりと甘く、鼻に残る爽やかな香りが漂ってきた。彼はそれを市場で見たことがある――確かこの果物は東洋産の甘酸っぱいレモンだ。


「これだけ?」アルバートは封筒を逆さにして振ってみた。フワフワと小さな紙片が滑り出てきて、床に落ちた。アルバートがメモを拾って見ると、そこには文字が書いてあった。


『くどい味とふてくされた顔は、この店には似合わない。時には刺激が必要ねスパイス・ユー・アップ


 アルバートはしばらく意味を考えていたが、不意にメッセージの言わんとしている事に気づいた。


「これだ!」握っていた果実の臭いを嗅いで、いきなり皮にむしゃぶりついた。酸っぱさに顔を歪める。「鮮烈な甘さと苦味……こいつの果肉と皮を少し削って入れてやりゃあ、とんでもないインパクトを産むじゃないか!」


 アルバートはムースのボウルを放り投げた。キッチンにぶら下がっているピーラーのひとつを取ると、熱心にレモンの皮を削り始めた。先程までの落ち込みが嘘のように、彼の目は生き生きと輝いていた。


 こんな事を思い付くなんて、俺は天才に違いない。今すぐ死んでしまったとしても後悔はないだろうな……アルバートの心は幸せに満ちていた。

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