不穏な空気5(ニック視点)

「ニック、あんた大丈夫なの」


 いつもの様に朝の鍛錬に行こうとしたら、リナに「今朝は休みなさいよ」と笑顔で置いていかれてしまった俺はため息をつきつつ階段を上っていたら、丁度トリアが部屋から出て来て声を掛けられた。


「ああ腹の調子も戻ったし、怠いのも無くなったから大丈夫」


 階段を上り切り、まだ寝ているジョンとポールを気にして小声で話す。

 本当は仮病だけど、俺が休みの日に部屋に引きこもるのなんて初めてだから仮病だったとバレるわけにはいかない。

 考え過ぎたのか今も胃がシクシクと痛んでいるから、完全に仮病とは言わないかもしれないが胃が痛いのも病気とかじゃない。


「そう? でもちょっと元気ない感じするから無理しちゃ駄目よぉ」


 ニヒヒと幼い頃を思い出す様な笑い声を上げながら、トリアが心配してくれる。

 俺が体調不調なんて珍しすぎるから心配してくれてるんだと分かって、罪悪感で申し訳なくなる。


「ああ、無理はしないよ。皆に迷惑掛けるからな。朝食まで寝てるから悪いけど起こして貰えるか」

「いいよぉ。今朝はあんたのためにお腹に優しいスープにするわ」


 今朝はトリアが朝食作りの担当だ。

 リナが迷宮に入る様になったから、朝食作りはリナとトリアが交互に担当し俺達は皿洗いや後片付けを担当する事になった。

 昼と夜はリナが作り、俺達は手伝いと片付けを担当する。

 手伝いしつつリナに料理を習っているが、俺は皿洗いは手際が良いと褒められたが野菜の皮むきはへたくそらしい。


「芋の奴な」


 トリアが作るスープの代表は芋を細かく刻んで煮込んだスープだ。

 これは俺達が一番食べなれたスープでもある。


「そうそう、皮むきが下手くそでも細かく刻めば大丈夫だもーん。卵だっていれちゃうよ」


 芋のスープは孤児院にいた頃よく食べた。

 孤児院の敷地内で芋をを育てていたから、これだけは食べられたんだ。

 パンを買えなくてスープだけ、なんて日もあったけれど俺達は芋のスープのお陰で生きてこられた様なものなんだ。


「それは豪華だ」

「大奮発して一人一個だよ」


 ニシシとまたトリアが笑う。


 ぽとんぽとんとスープの仕上げに卵を割り入れて、黄身が崩れない様に卵に火が通るまで煮込む。

 その食べ方が俺もトリアも大好きだ。

 具沢山のスープに態々卵を入れる、そんな食べ方が出来るようになった時の感動を今でも覚えていて、屋台の串焼きだって好きなだけ食べられる様になったというのに、なんかご馳走だなって思うんだ。


 冒険者になってもなかなか思うように稼げなかった俺達は、ヴィオさんとリナに出会って変わった。

 知らない奴らも一緒の部屋で床に毛布に包まって寝るような宿から、ちゃんと人数分のベッドがある部屋に泊れる様になり、もっと稼げる様になってからはそれぞれ一人部屋に泊まれる程になった。

 

「俺達稼げる様になっても、スープの卵はご馳走だよな」

「そうそう。貧乏くさいよねぇ。食べたい物お腹いっぱい食べられる様になった視屋台のゆで卵よりもうーんと高い魔導書だって買える様になったのにね」

「うん」

「でもさ、リナが作ってくれたスープに卵が入ってた時、死にそうな位ビックリしたたじゃない。あの驚きは忘れられないから仕方ないよね」

「俺あの時息が止まったと思う」


 あれは一人部屋に泊まるのが当たり前になってから、少し経った頃だった。

 自炊が出来る宿に泊まった時リナがスープを作ってくれて、その中に卵が一人に一個として入ってたんだ。

 卵って結構高いから孤児院じゃ殆ど食べられなかったし、高いわりに腹にたまらないから冒険者になってからも頻繁に食べられるものじゃなかった。

 それなのにひとり一個の卵を食べていいのかと戸惑っていたら、毎日卵を食べられる位稼いでるから大丈夫なんだとヴィオさんが言い出して、俺達皆で目を見開いたんだ。

 驚きながら食べた卵は、不思議な味だった。

 白身と黄身って、火を通すとこんな風になるのかと驚いたし、食べ慣れない食感にも驚いたんだ。

 

「卵ってひたすら混ぜたのを麦粥やスープに入れたのしか孤児院にいた頃は食べられなかったもんねぇ。しかも一個の卵を皆で食べてた」


 日頃足りていない栄養を少しでも、院長先生がそう考えて卵を一個だけ買って来てくれてスープに入れてくれたんだ。

 孤児院には二十人前後の子供が暮らしていて、毎日食べさせるのだけでも大変だったと思うのに、院長先生自身が痩せ細った体をしながら俺達になんとか食べさせようと頑張ってくれていたんだ。


「そうそう、冒険者になってもなかなか食べられなかったよなあ。屋台のゆで卵なんて買えなかったしさ」


 何せゆで卵一個の値段は、あの頃俺達がやっと買えていた安いスジ肉の串焼きより高いんだから、それなら串焼きを買う方を選ぶのは当然だった。

 あんまり美味くないし、肉は硬いけれどスジ肉の串焼きは普通の奴より安くて肉が大きいから一本買えば四人で分けられた。

 だけどゆで卵じゃそれは無理だったし、人数分買うなんてあの頃の俺達じゃ無理だったんだ。


「孤児院の子達、卵を食べられてるといいね」

「まさか鶏飼うとは思わなかったけど、あの鶏生きてるかなあ。前に院長先生から手紙を貰った時は何羽か増えたって書いてあったけど」


 中級になってだいぶ稼げる様になったから、俺達は少額だけど毎月孤児院に送金をしているんだ。

 冒険者ギルドで依頼すると、他の場所にあるギルドにお金を送ってくれるんだ。

 それを利用して孤児院にお金を送っている。

 金の送り先の町にあるギルドに依頼が伝えられ、相手にギルドから連絡が行きギルドに受け取りに来た人にギルドが口座から指定額を支払う。

 便利な仕組みを使い送金している俺達へのお礼の手紙を、院長先生はたまに送ってくれるんだ。

 ずっと帰ってはいないけれど、院長先生の手紙を読むのは俺達の楽しみなんだ。


「機会があったらまた帰りたいわね」

「そうだな」


 ヴィオさんとリナとパーティーを組むようになってから、一度だけ孤児院に行った事があるんだ。

 ヴィオさんは、孤児院に土産だと言って鶏を数羽買ってくれた。

 ヴィオさんの家はお父さんが亡くなるまで農家だったらしく、鶏も飼っていたんだとその時聞いた。

 育て方を院長先生と子供達に教え、鶏が逃げ出さない様に囲いも作ってくれたし、餌をどうしたらいいかも教えてくれたし、ついでに畑についても教えてくれたし、雨漏りしてる屋根も修理してくれた。

 ヴィオさんて冒険者として凄いだけじゃなくて色んな事が出来るんだなと、その時に思ったんだよな。

 あの人って本当に凄いよなあ。

 ああ、ヴィオさんの事を思い出したら、また憂鬱な気持ちが蘇って来てしまった。

 ヴィオさん、元々モテる人ではあったから不思議でもなんでもないけど、ギルマスから聞いた話本当なのかな。

 何か理由があるとかじゃないのかな、極秘に依頼されてるとかさ。


「ニックどうしたの?」

「あ、ごめん。ちょっと惚けてた」

「もぉ、やっぱりまだ調子が戻ってないんじゃないの。今日はあんたは寝てた方が良いんじゃないの?」


 急に黙り込んでしまった俺を心配するトリアに誤魔化せば、心配する言葉が返ってきた。

 

「大丈夫だよ、昨日あんまり食ってないから腹が減ってるだけだ」

「じゃあ、食事しても駄目そうなら隠さず言うって約束してよ。そうじゃなきゃ許さないんだからね」


 なんだかんだ言って、トリアも結構優しいんだよな。

 だからトリアにもヴィオさんらしい人の噂は話せない、リナに同情して大変な事になるのが目に見えている。


「分かった分かった、約束するから」

「絶対だからねっ!」


 トリアのこういうところ、変わらないなあ。

 ヴィオさんの事、トリアだけじゃなく仲間の誰にも相談出来ないのが辛い。

 誰に話しても大事になりそうだから、話すなんて無理だ。


「じゃあ寝るよ」


 無理矢理笑って部屋に入った。

 部屋に入って、扉を閉めてずるずると座り込む。

 本当にヴィオさんは、今女の人と一緒にいるんだろうか。

 俺達を置いて町を出て、もう違う人とパーティーを組んでるんだろうか。


 俺達なんて、もうどうでもいいんだろうか。


 ポール程じゃ無いけれど、俺もまだヴィオさんが出て行った事に納得出来てないんだって俺は嫌になる位自覚してしまったんだ。


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