不穏な空気6

「精霊の台所を発動している間か」

「はい、使った時完全に別の空間にいる感じがしましたけれど、外から見たらどんな感じなのかしらって」

「外からなあ」


 ユーナが、トレントキングに精霊の台所の使い方を習っていた時の様子を思い出す。

 ユーナが詠唱した後、白っぽい空間に俺達は移動した。

 そこには竈しか無く、部屋の大きさは安宿のベッドしかない部屋よりも狭かった。


「なんでそんなのが気になるんだ」

「精霊の台所を維持するには魔力が必要ですけど、魔素を使ったら魔力の残量を気にする必要はありませんよね。つまり迷宮の中なら使い放題です」

「それはそうだが」


 使い放題と言い出されると、ユーナが何か無茶をしそうで不安になる。

 リナは無茶をしそうに見えるけれど、実は慎重派だ。

 ユーナは怖がりだし、すぐに動揺するがこうと決めると大胆に動こうとする。

 同じ世界から来ているからと二人を比べても仕方ないが、二人が違いすぎてついリナを思い出してしまう。

 いいや、多分俺は頭の隅でいつもリナやポール達の事を考えている。

 あいつらは元気でやっているだろう、リナもポール達もきっと俺がいなくなって、伸び伸びと自分の好きな様に冒険者として生きていると思う。

 思えば俺は自分勝手だった。

 ポールをパーティーリーダーとしていたのに、実質殆どの事を俺が決めて動いていた。薬や他の備品の管理もパーティーの資金の管理も、依頼を受けた際の交渉も迷宮攻略の流れも何もかも俺が決めて、ポール達を従わせてきた。

 強制でそうしむけていたわけじゃない、ただいつの間にかそうなっていた。

 俺が調べて考えて決定する。

 それにポール達は不満があったのか無かったのかすら、今の俺には分からない。

 でも、離れた今だからこそ俺のやり方が間違っていたんだと分かる。


「ユーナは何を考えてるんだ」


 ユーナは俺に相談する。

 一人で無茶をすることもあるが、自分はこうしたいけれどどう思うのかと聞いてくる。俺が全部決めて、それに従うだけなんてしない。

 年を取ったと弱気になっている俺にユーナは「一人で悩まないで、話してください」とそう言った。「嫌な事は嫌って言いますし、出来ない事ははっきりそう言います」とも。

 ユーナは俺が弱気になっているのを許してくれる、十歳も下の癖に「二人で悲しくなって、どうしようも無くなった時は美味しいもの食べましょう」なんて言うんだ。

 そんな、ユーナの側にいて気が付いたんだ。

 俺は、リナにもポール達にも自分の弱みを見せては来なかった。

 年上の俺が弱いところを見せてはいけないと、心のどこかで思っていた。

 多分俺とリナ達の間にいつの間にか壁を作っていたんだろう。

 同じパーティーとして行動しながら、仲間だと言いながらその関係は師弟の様な親と子の様な関係だった。

 年若いポール達の成長は著しくて、年を取って体が衰え始めた自分は思う様に迷宮で動けなくなっていると自覚し始めた。

 だからこそ焦った。

 あいつらより上にいたとは思っていなかったというのに、その実俺は上であり続けなければならないと信じこんでいた。

 だから、もう一緒にはいられないと考え悲観した。

 これからどんどん強くなるだろうポール達から、負け犬の様にしっぽを丸め逃げだしたんだ。

 俺がいると足を引っ張るとか、そんなのは言い訳だ。

 本当は、あいつらに弱くなった、年を取ったと思われるのが嫌だったんだ。

 

「私思いついたことがあるんです。使えるかどうか分かりませんが、やってみる価値はあるんじゃないかなって思うんです。さて、何を考えたでしょうか」


 にこにことユーナが俺に聞いてくる。

 ユーナは俺の醜い感情なんて想像もしてないんだろう。

 俺が自分の老いや弱さをポール達に見せられて、それでも一緒に居たいと言えたら良かったのに……なんて後悔していると知らないんだから。


「考え。精霊の台所の使い方か」

「そうです」

「他人に見えない。魔物にも見えないなら避難所になるな。ユーナが危なくなった時に逃げこめる場所には最適だ」


 だが、それだと魔物が目の前に居たら同じだ。

 いつまでもそこに居続けるわけにはいかないんだから、いつかは外に出なければならなくなる。


「うーん、ちょっとだけ当たりですけど、違います。正解はテントとして使いたいですよ。使えたらいいなって思いませんか?」

「テント、まさか迷宮でそんな使い方」

「ライさんに、迷宮攻略する時はテントを使って迷宮の中で体を休めながら数日入り続ける事があるって聞きました」

「それは、そうだな。ここの町の迷宮じゃそんな奴いないみたいだが、普通はそうやって攻略を進めるんだ」


 なにせ十層毎しか迷宮の外の転移門からは入れない。

 例えば十九層まで攻略しても、次の二十層の守りの魔物の層を攻略しない。つまり十九層で迷宮の外に出れば、次はまた二十層からコツコツ攻略するしかない。

 だからテントや食料や水を持ち込んで、数日迷宮に入り続けるんだ。

 

「階段近くにテントを張って眠るんですよね」

「そうだ。階段近くは魔物が出にくいからな。でも完全に安全だとは言えないから、交代で見張りをしながら休むんだ」


 テントの中での眠りは熟睡できるわけじゃないから、日数が掛かれば当然疲労も溜まっていく。

 だから後少しと思っても、命を優先して次の守りの魔物に行かずに泣く泣く迷宮を出なくちゃいけないなんて羽目になる。

 

「精霊王に確認したんです。精霊の台所は一度発動すれば魔素か魔力が無くならない限り解除されないんだそうです。それを使った私が例え眠ってしまっても使い続けていられるんですって」

「だが、この間使った時は料理が出来た途端元に戻ったよな」

「はい。あれは私の熟練度が足りないのと、魔素の使い方が上手くなかったからの様です。ポポちゃんと一緒に使うならそれは大丈夫なんですって」


 ユーナは精霊王に精霊の台所について聞いて来たのか。

 でも、それなら精霊の台所を使っている間の事も精霊王に聞いてきたら良かったんじゃないのか?


「つまり、ポポと一緒なら使い続けていられるのか」

「はい。まだ熟練度が低いので食材を手に持った状態じゃないと作りたいものが作れないらしいですけれど、慣れたらマジックバッグとかポポちゃんの能力で保存しているものとかから食材を取り出して使える様になるみたいです」

「そうなのか」

「しかも、台所と言いながら私が欲しいと思ったものが用意出来るみたいなんですよ。凄いですよね、例えばベッドとかお風呂とかお手洗いとかも作れる様になるみたいなんです。それって魔法でお家が作れるって事ですよ。凄くないですか? そうしたら迷宮に入り続けられますよ。一ヶ月でも二カ月でも入り続けていられちゃうんですよ」


 ユーナは話している内に興奮し始めたのか、ちょっと頬を赤くしながら声が大きくなっているが、今なんて言った? 家?


「本当にそんな事が出来たら、凄いどころじゃないな」


 そんな使い方、思いつくのが凄いと思うんだがユーナにこの世界の常識が無いから変わった事を思いつくんだろうか。


「でしょう! 私、それを思いついたら嬉しくなっちゃって、精霊王に使っている間の状態を聞くの忘れちゃったんです。ちゃんとその辺りも確認しておけば良かった」

「じゃあ、ポポ聞いてくるヨ。今晩精霊王のところに行ったら聞いて来るヨ」

「ありがとうポポちゃん」

「ポポ、何を聞いたらいいか分かるのか」


 以前より賢くなったとはいえ、ポポの言動はまだまだ幼く感じるからちょっと不安になって聞いてしまう。

 するとポポは得意そうに胸を張り、若干ずれたことを言い始めた。


「分かってるヨ。ユーナが精霊の台所をお家にして迷宮に住めるか、聞くんでしョ」


 正しいような、正しく無い様な。

 俺とユーナは顔を見合わせて、つい笑ってしまったんだ。


※※※※※※

ギフトありがとうございます。

ニック視点を書いた後、今のヴィオを書くとリナ達が不憫になってきます。


 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

オッサン冒険者は可愛い嫁さんとのんびり暮らしを満喫する 木嶋うめ香 @Seri-nazuna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ