不穏な空気4(ニック視点)
リナに色々諭されて、ポールは何とか復活した感じがし始めた。
時々何か考え込んでいるが、深酒するのを止めたし朝もそれなりに早く起きる。
俺とリナと一緒に朝の鍛錬はしていないけれど、迷宮の中で率先して魔物を狩っている。
焦って動いているという感じもなく、張り切っているわけでもない。
なんていうか、一刀一刀が重い。
ポールのその剣からは、一日でも早く森林の迷宮を攻略してやるんだっていう気迫みたいなものを感じるんだ。
それが落ち込んでいた時より良いのか悪いのか、その判断はまだ出来ないけれど、落ち込んで下を向いているよりはいいんじゃないかって思うんだ。
ポールのことは若干不安は残るものの、これでひとまずは落ち着いたって言えるのかもしれない、だけど俺にはとんでもなく気がかりな事が出来てしまった。
「おお、お前達に会うの久しぶりだな。元気か、あのさ」
「ギルマス、お久しぶりですね」
「……リナ」
昨日俺達は迷宮を出た後、いつもの様にギルドに素材を売りに来ていた。
最近の俺達は、日用品や食料等の買い出し担当と、素材を売りに行く担当と分けて動いていたけれど、その日は買い出しの必要な物が無くて全員でギルドに来ていたんだ。
しばらくギルドを留守にしていたギルマスが帰ってきていたらしく、珍しく受付付近にいたギルマスは、俺達の姿を見つけるなり声を掛けてきた。
何ていうか嬉しそうに見えたその顔が、ギルマスに挨拶したリナを見た途端固まった様に見えたんだ
「……そうか、リナもここの迷宮に入り始めたんだったな」
「そうですよ、留守の間に記憶飛んじゃいましたか、ギルマスが心配掛けちゃってるけど、何とか生きてるので大丈夫ですよ」
リナはギルマスの表情の変化を、条件付きで中級に上がった自分への心配と感じたんだろうか、態といつも以上に明るい声を出しながら話を始めた。
「その元気そうな顔を見たら上手くやってるのは分かるさ、だが…つい心配しちまったのは許してれ。リナの実力を疑ってるわけじゃないんだからな」
何となく違和感を覚える話し方で、ギルマスはリナに言い訳をしている。
「分かってますよー。私に合わせて下層からやり直してますけど、順調に進んでますから」
「そうか、それなら良い」
リナとギルマスの会話は、周囲にいる剖検し達やギルドの職員も動きを止めて注文してる。
ヴィオさんが町を出ていってから、俺達はヴィオさんが抜けリナが正式に迷宮攻略に参加したことで関心を集めていた。
リナは今まで中級にはなれそうもない下級冒険者で、だからはやぶさの雑用担当しているという認識を皆にされていて、リナ本人もそれで良いと言っていたのに、実は補助魔法の使い手として条件付きで中級の迷宮に入る資格を得たというのだから、そうなって当たり前だ。
実際リナの実力はどうかといえば、迷宮内で自分の身を守ることは何とか出来る。
単身で魔物を狩るのはちょっと難しい、でも本人も言っているように補助魔法は無茶苦茶凄かった。
膨大な魔力を使って、リナは身体強化に攻撃力向上、魔法効果向上なんかを重ねがけしまくるんだ。
そんな無茶苦茶な魔法を一日中使い続けて、それでも魔力が残ってるというんだから呆れる程だ。
探索も得意だし、周囲をよく見て動ける。
お陰でポールの調子が戻ってからは、攻略が順調に進むようになった。
攻撃の要が一人減ったというのに、ここまで順調に進めてるのは奇跡に近いんじゃないかと思ってる。
ここにヴィオさんがいたら、もう攻略完了出来てるかもしれない。
だから、もっとリナが早く決心出来ていたらもしかしたら、なんて思う。
まあ、俺達の意識が変わったから、というのもあると分かってるからリナがいなかったから駄目だったんだとは、口に出したりしないけどもしかしたらの思いは心の奥底で燻ってるんだよなあ。
でもこんな考え口に出したら駄目だと分かってるし、リナが無理してるのも見ていて分るんだよな。
リナは迷宮が好きじゃないし苦手なんだ。
迷宮の空気が合わないって人がいて、リナは多分そうなんだろう。
迷宮は外に比べて魔素がとんでもなく濃いから、どうしてもその空気に耐えられないって人もいると聞く。
こんなんじゃ、いくら能力があっても好んで迷宮に入りたいとは思わないだろうし、入れとも言えないだろう。
リナは拠点のことやってくれるだけで十分じゃないか、迷宮に入るだけが仲間の役割じゃないんだぞ。後ろをリナが守ってるから俺達は安心して迷宮に入れるんだぞ。
ヴィオさんが昔そう言って、リナを庇った事がある。
森林の迷宮の攻略を始めたばかりの頃だ、俺達はリナが中級になろうとしないのが不満だった。仲間なんだから中級の迷宮にも一緒に入るべきだって思ってたんだ。
だけどヴィオさんは、リナの事を良く理解していたから、させなかった。
リナはそれに多分甘えてて、俺達はヴィオさんが言うならと納得してしまった。
今のリナを見ていると、ヴィオさんの考えが正しかったって分かる。
迷宮に入り攻略を進められるだけの力はあっても、リナは迷宮が合わないんだ。
もしかして、ギルマスはリナのそういうところを理解していて心配しているんだろうか、でも何か違う気がするんだよなあ。
「ニック帰るよ」
ぼんやり考えていたら、トリアに声を掛けられた。
いつの間にかギルマスとリナの会話は終わっていて、皆外に出ようとしていた。
「悪い俺ちょっと便所行ってから帰るよ。何か腹の調子がおかしいかも」
「えー、大丈夫? 一応回復魔法掛けとく?」
何か気になって言い訳をトリアにしながら、こっちを見てるギルマスに視線を向けると、小さく頷いて奥へと歩いていった。
「回復魔法で腹は治らないだろ、一回行けば大丈夫だよ。悪いが皆に言っておいて」
回復魔法じゃ怪我は治せても、病気は治らない。病気を治せるのは治癒魔法の方だけど、トリアは使えないし、腹痛程度で治癒魔法を使う人はいない。
「分かったわ。本当に酷いなら、治療院に行くのよ」
「そんな酷いなら、今話せてないから」
「それもそうね、じゃあ先に帰ってるわ」
ひらひらと手を振りギルドを出ていくトリアを見送って、俺は一応便所に行ってからギルマスの執務室を訪ねた。
変な考えを持たずに、帰っておくべきだったと後悔したのはギルマスのとんでもない情報のせいだった。
「ニックー、入るわよぉ」
今日は十日に一度の迷宮攻略休みの日、俺は昨日調子が悪いという理由で夕食を食べてからすぐに部屋に籠もってしまった。
「あ、リナ」
「大丈夫? 顔色良くないわよ」
「んー、風邪っぽい感じだけど寝てたら良くなってきたかな」
「そうなの? 林檎煮たの持ってきたわ。お腹の風邪にはいいのよこれ」
リナはお盆に載せた器を持って部屋に入ってきた。
今のリナの格好は、くるぶし丈のワンピースに踵のない布靴だ。
リナがスリッパと呼んで室内履き用として愛用してる、革の靴底に足の甲を覆う変わった形の布地の上部があるだけのそれを、リナは態々靴職人に注文して作らせている。
俺はこれは歩きにくいから苦手なんだけど、草履とリナがいうものは夏場家の中で愛用してるんだ。
「態々作ってくれたのか、ありがとう」
「簡単だからね気にしないで、ゆっくり休んでよ。でも明日迷宮行けそう?」
「大丈夫、これ食ったら寝る」
風邪でもなんでもない、ただリナと顔を合わせるのがちょっと……気不味いだけだ。
「じゃあね」
何も知らないリナは、にこにこと笑いながら部屋を出ていく。
「ふう。……甘い、美味しい」
柔らかく煮た林檎は、甘くて少し酸味もあって考えすぎてシクシク痛む胃の中に優しく落ちていく。
「うぅ、リナの優しさが辛い」
食べ終わった器をベッド近くの棚の上に置いてから、ベッドに潜り込む。
頭の中は、昨日ギルマスに聞いた話でぐるぐるしている。
「王都からの帰りにヤロヨーズの町に寄ったんだがな、そこでヴィオらしい男の噂を聞いたんだよ」
ギルマスの執務室に現れた俺に、ギルマスは何故か小声で話し始めた。
「ヤロヨーズにいるんですか?」
「いや、そこからさらに馬車で一日弱ってとこかな。ニックはその辺りにある小さな名無しの迷宮がある町知ってるか」
「ヤロヨーズから馬車で一日弱点、エルフのギルマスがいる町ですか、話には聞いたことありますが行ったことは無かったかなぁ」
もしヴィオさんがその町にいるとして、なんで名無しの迷宮しかないところに?
そんな疑問は次の言葉で吹っ飛んでしまったんだ。
「そこに黒髪の美人と一緒にいるらしいんだ」
「黒髪の美人? え、ええっ」
「美人というのは兎も角、黒髪は珍しいだろ。だからリナがヴィオに追いついたのかと思ったんだか、違うらしいな」
それでギルマスはリナを見て驚いたのか。
いや、そうじゃない。
今はヴィオさんかもしれない人の噂の話だ。
「なんで、そんな話がヤロヨーズで?」
「実は一つ目熊の上位品が大量にあの町から出たという噂があってな、ヤロヨーズのギルマスが商人や冒険者から色々情報を集めたらしいんだが、その素材をギルドに売ったのがヴィオなんじゃないかって俺は思うんだよ」
思う? つまりヴィオさんだって確認されたわけじゃないのか。
一瞬だけ安心した俺は、ギルマスに遊ばれてたのかと思う程の話を聞かされた。
「上位品を大量に取るなんて、普通は出来やしない。だがヴィオなら出来る可能性がある」
「可能性?」
「あの町の迷宮の最上層の守りの魔物が一つ目熊なんだ。上位品を狙うならそこで大量に狩り続ければいい」
「そりゃ、理屈はそうでしょうけど、名無しの迷宮と言っても最上層の守りの魔物を狩り続けるってかなり無茶ですよ」
いくらヴィオさんが凄くても、そんなことするだろうか。
「だが俺はヴィオの他に上位品を大量に取れる奴を思いつかないぞ」
「それは?」
「ヴィオが思いついた、馬鹿みたいな狩り方があるだろう。魔物寄せの香を使って狩り続けるって奴がさ、あれをヴィオ以外の誰がやる?」
「それは、でも名無しの迷宮とはいえ守りの魔物なんですよね? そんなの自殺行為じゃないですかっ。あ、もしかして黒髪の美人って凄い冒険者だったりするんですか?」
それなら出来るかもしれない、そして一緒にいる理由も分かる。
何かの理由でその黒髪の美人が一つ目熊の上位品が必要で、ヴィオさんが協力した。
それなら納得だ、だってヴィオさんは面倒見が良いから。
「いや、そっちは迷宮に入れないだろ。登録したばかりの見習いみたいだからな」
「見習い?」
「つまり、一人で守りの魔物を狩り続けた。そんなのヴィオ以外に思いつくか?」
嘘だろ。
もしそれがヴィオさんだとして、なんで見習いなんかと。
「黒髪なんて珍しいし、あの町じゃ一つ目熊を簡単に狩れる冒険者も珍しいからな。商人なんかも噂してるらしいな。試しにヤロヨーズの町の商人に聞いたら噂を知ってる奴は結構いるようだぞ。同じ町の中なら兎も角離れた町まで噂が来るなんて、相当な狩り方してなきゃあり得ない。つまりその男は急に現れてそんな目立つことをしてるんだよ」
「そうですね。時期的にも合います」
嘘だろ、ヴィオさん。
俺の顔色は相当悪かったんだろう、ギルマスは気の毒そうに俺を見ながら更に追い打ちを掛けた。
「ヴィオが元気なのは良い。ただ、気掛かりなのはその黒髪の美人とヴィオらしい男は宿で同じ部屋に泊まってるらしいんだよ。リナとヴィオがそうじゃないのは知ってたが、一旦離れたことで関係が変わったのかと思ったんだが、リナはこの町にいる」
魔物寄せの香を使った狩り方は、ヴィオさんが考えた方法だ。
仲間がいる時なら兎も角、名無しの迷宮だとしても最上層の守りの魔物を一人で狩るなんて俺には出来ない。
ましてやそこで魔物寄せの香を使うなんて出来るわけがない。
時期を考えたら、ヴィオしかそんなとんでもない事が出来る人はいないだろう。
でも、そしたらヴィオさんが黒髪の美人といると認めることになる。
「黙ってて下さい」
「リナに?」
「誰でも、全員です。そんなの受け入れられるわけがない」
「そうだな、さすがにここまで噂が来ることは無いだろ」
ギルマスに頭を下げて部屋を出た後、俺はどうやって帰ったか覚えていない。
ヴィオさんが今一人じゃないどころか、リナじゃない女性と一緒に行動してると聞いて、衝撃が大き過ぎて受け入れられなかったんだ。
「嘘だと言ってくれよ、ヴィオさん」
リナがそれを聞いてどう思うだろう、どんな反応をするんだろう。
それが怖くて、怖すぎて俺は仮病を使って部屋に引きこもった。
明日から何も知らない振りをする。
せめてリナがもう少し迷宮に慣れるまでは、俺は何も言わない。
俺は何も聞いてない。
そう心に決めて、毛布を頭からすっぽりかぶって現実逃避したんだ。
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