不穏な空気3

「ん、これはなんだ?」


 手のひらに乗る位の大きさの長方形と正方形のパンみたいなものを指さしユーナに聞く。

 迷宮で食べるのを想定しているからなのか、ユーナが今朝マジックバッグに入れてくれたのはフォーク無しに手で掴んで食べられそうな物が多かった。

 握りこぶし程度の大きさのパンに挟まれているのは、こんがりと焼かれた肉と葉物野菜。それにトマトを煮込んで作られたタレが掛かっている。後は同じパンに茹でた鶏肉とゆで卵を何かのタレで和えた物が挟んであるものと、ユーナ曰くフライと言う料理方法で作られたものと葉物野菜が挟んであるものが入っていた。

 おかずは鶏肉をこんがり焼いてから煮込んだものと、細切りにした人参とピーマンと一緒に葉物野菜で包んだものは、俺が好きだと言ったら何度も作ってくれているもの。その他には具沢山の卵焼きと小ぶりのトマトの中身をくり抜いて何か具を詰め込んでチーズを乗せて焼いたものと肉好きの俺の好みに向けてなのか、大きな骨付き肉を焼いたものがあった。

 その中で目立っていたのが、今ユーナに聞いたパンみたいな何かだ。


「これはパイです。パンというよりお菓子っぽいものですけれど、中身は正方形の方が鶏のクリーム煮を入れた物、長方形の方がオーク肉のトマト煮込みです。こちらの長い物は甘く煮た林檎を入れていますからお菓子ですね」

「凄く手間が掛かっているな」


 こんがりと焼かれたパイは食べやすい形だし、マジックバッグに入っていたから熱々だ。

 ユーナに取って料理は趣味というか、作っていると元気になる行いらしいが朝にこれだけ作ったというのは凄いの一言だ。


「あとこれはパイのあまりで作った物です。あまりなので、砂糖を振りかけて焼いただけですね。あ、こっちはライさんに型を作って貰ったキッシュです。自信作ですよ食べて下さい!」

「キッシュ?」

「はい、パイ生地に卵液を流して焼いたものです。ライさんに沢山型を作って貰ったんですよ。食パン型でしょ、ケーキ型にマフィンにクッキーでしょ、リング型のケーキも焼けるしパウンドケーキ型もあるんですよ」


 魔素酔いしていた時のユーナみたいにはしゃいでいる様子に一瞬警戒するが、これはただ喜んでいるだけだと分かったから落ち着いてユーナが勧めるキッシュに手を伸ばす。

 

「美味いっ」

「本当ですか、良かったぁ」


 さっくりとした土台に、ユーナが言うところの卵液がしっとりふんわりとしていて何と言うか美味い。

 卵液の中身は青菜と腸詰肉とチーズだろうか。トロリととろけたチーズと土台のパイの相性が良くて物凄く食欲をそそる。


「ユーナ、ポポこれ好き」

「ポポちゃんが気に入ったのは、こっちねトマトグラタン」

「うん、トマト美味しい、チーズも美味しい」


 パタパタと翼をはためかせながら、ポポは大喜びで食べている。

 俺はキッシュを一つ平らげた後、フライが挟まれているパンに手を伸ばした。


「このフライというのは?」

「ふふっ、何だと思いますか?」


 悪戯っぽく笑いながら、ユーナはじいっと俺の顔を覗き込むのを見ながら大口を開けてパンに齧りついた。


「魚?」

「ピンポーン、正解でーす。迷宮産の白身の魚を仕入れたけれど、どう調理したら冒険者好みになるか分からないって調理人さんに相談されて作ってみたんです。どうですか? 美味しいですか?」


 白身魚をフライにして、刻んだ葉物野菜は酸っぱいタレで和えられているものと一緒にパンに挟まれている。

 この白っぽい酸っぱいタレをユーナはフレンチドレッシングと呼んでいるんだが、俺はどうも名前を覚えるのが苦手で全部タレと呼んでしまうんだが、これが美味いんだ。


「このフライだけでも美味いだろうな。俺は酒飲まないが、酒に合いそうだ」

「ですよね。フライは油を結構使うんですけれど、硬くなったパンを細かくして使えばいいのでそういう意味でもいいんじゃないかって思うんです」

「ユーナはパンの再利用が好きだな」


 パングラタンとか、ラスクとか、クルトンとか、グラタンスープとか、ユーナは硬くなったパンを美味しく食べられる様にする料理を考えるのが好きな様だ。

 ユーナが焼くパンはどうしてか時間が経っても柔らかいものが多いが、他の料理人が焼いたパンは夕方には硬くなってしまうし、焼き立ても何て言うか硬い。

 それが普通だと思って食べていた時は気にならなかったが、ユーナが焼いたパンを食べてからは焼き立てのパンも硬いと思う様になってしまった。


「パンが硬いなあって、ちょっと気になってしまうので美味しく食べられる物をつい考えちゃうんですよね。この世界のパンが硬いのは、この宿の調理人さん達のを見る限り発酵不足とこね不足と配合の問題みたいなんですけれどね」

「なるほど?」

「私の住んでいた世界とは小麦の種類が違うので、私が覚えている配合がそのまま使えるわけじゃありませんけど、私料理の能力があるので分量とか分かるみたいなんですよね。だから私が作りたいものの分量とか温度とか分かっちゃうんです。もう凄いですよね、自画自賛しちゃいます」


 にこにこと自慢するユーナは、俺の皿に焼いた肉を盛りつけた後収納から器によそったスープを取り出した。


「これもどうぞ」

「肉団子スープだな。これ美味しいよな」

「ふふふ、ヴィオさんは肉団子が好きですよね」


 大きく丸めた肉団子は、スプーンで簡単に半分に割れる程に柔らかく煮込まれているし、一緒に煮られた芋や人参も柔らかい。


「肉団子がこんなに柔らかく煮られてたら、そりゃ好きになるだろ。美味いんだからさ」

「ふふふ。ヴィオさんって美味しい美味しいって言って食べてくれるから、作り甲斐があるんですよね。本当沢山作って食べて欲しくなっちゃいます」

「俺は嬉しいが、無理するなよ。迷宮に入るだけで疲れるんだからな」

「はい、ヴィオさんに心配掛けたくないので、気を付けます」


 はいっと右手を挙げてユーナはにこりと笑う。

 その顔が得意気で何と言うか可愛いのは良いんだが、どうもこの気を付けるは信用出来ないところがある。


「本当か、これぐらい大丈夫って無理するなよ」

「しませんよぉ。ね、ポポちゃん」

「ユーナは無理する。ポポしんぱーい」


 ポポに同意を求めるものの、ポポはユーナの望む答えをせずに皿の中のものを啄んでいる。


「ポポちゃん、心配って」

「ユーナは無理する。ヴィオもするからポポは心配ヨ」

「え、俺もなのか」

「二人似てる。頑張ってる自覚無しに頑張るから、ポポ心配ヨ」


 言いながらポポは皿の中身を平げて、ユーナに甘いものを強請っている。

 結構な量を皿に盛られていたというのに、一体いつそんなに食べたのか分からないが、ユーナはポポの皿に甘く煮た果物を入れたと言うパイを入れ始めた。


「ポポちゃんに心配掛けちゃったものね、はいこれ食べて」

「食べる。美味しそう」


 喜ぶポポを見ながら、ユーナは「そう言えば精霊の台所って私が使っている間って他の人はどう見えてるんでしょうね」と疑問を口にしたんだ。


※※※※※※

更新分を書こうとパソコンに向かったら、Windowsのアップデートの途中でパソコンが固まってしまいました( ;∀;)

うんともすんとも動かないまま三十分、パソコン死んだと本気で思って恐怖した恐ろしい時間でした……。

動いて良かった。

パソコンの再起動の時におかしくなりやすい感じがしてるんですが、これ壊れる前兆なんでしょうか……。

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