不穏な空気2

「……外、だよな?」


 首を傾げつつ窓に近付くと、会話まではっきりと聞こえて来る。

 窓を閉め切って、ついでにここは宿の最上階なんだが何でそれで彼女の声が聞こえるんだ?

 

「だから私は約束してるんだって言ってるでしょ! 部屋に通しなさいよっ」

「そうは言ってもあたしは言われていないからねえ。それに部屋に行っても返事も無かったしねえ。そんなに大声で言われてもこっちも困るんだよねえ」


 ターニャの声と女将の声が聞こえて来る。

 俺が対応するよりも穏便に断れるかと思い頼んでしまったが、あまり女将に迷惑を掛ける様なら出ていくしかないかと考えていたら思わぬ人の声が聞こえて来た。


「ターニャ、こんなところで何をしているんですか」

「ギ、ギルマス。あ、あのこれは、その」

「おや、珍しい人が来たもんだ。ギルドマスター、この人は本当にギルドの受付なのかい? 泊り客の迷惑になるって言ってるのに聞いてくれやしないんだけどね」


 突然会話に加わってきたのは、さっき転移していったギルだった。

 なぜギルがと思いながら会話を聞いていると、女将がギルにターニャは本当にギルド関係者なのかと聞き始めた。

 何て言うか女将はなかなか肝が据わっている人らしい。

 ギルにしっかりと苦情を訴えている。


「あ、あの、その。何でもないです。あの帰ります」


 さすがにギルマスが来たのはまずいと悟ったんだろう、ターニャの声はだいぶ小さくなり慌てている。

 その辺りの分別はあるのだと安心したが、逆にこの位の相手じゃないと引き下がらないと分かったとも言う。


「ターニャ。迷惑を掛けたのなら女将に謝罪なさい」

「申し訳ありませんでしたっ! ギルマス失礼します」


 ターニャはギルの話を遮り逃げる様に去って行ったみたいだ。


「うちの人間がご迷惑を掛けましたね。申し訳ありません」

「いや、いいんだよ。あの子も美人だからムキになってるんだろうねえ」


 しみじみと言う女将にギルは苦笑しているようだ。

 冒険者でなくとも美人に弱い者は多いし気を引くためにちやほやする者も多いんだろうが、それを鼻にかけ強引にこられても嬉しくもなんともない。


「ふう。ギルに助けられたな。女将に詫びに行くか」


 ギルドに戻らずギルは態々ターニャに注意しようと来てくれたらしい。

 下に行って女将に謝罪してくるかと向きを変えると、ユーナが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。


「どうしたユーナ、気分でも?」

「いいえ、ヴィオさん窓に向かって何か呟いているのが不思議で」

「不思議って、外の声気にならなかったか?」

「外の声? 声は聞こえましたけど何を話しているかまでは分かりませんでした、ヴィオさんは何を話してるか分かったんですか?」


 きょとんと俺を見上げながら、膝に乗せたポポの頭を撫でているユーナはターニャと女将のやり取りが聞き取れていなかったらしい。

 結構大きな声だったと思うんだがなあ。


「聞き取れなかったのか」

「はい。少し大きな声だなとは思いましたけれど、女性の声かなって程度でした」

「そうか、追い返そうとしている女将にターニャが噛みついていた感じだな。そこにギルが来て追い払ってくれた」

「ギルさんが、そうでしたか」

「ギルが来たから帰ってくれたが、何なんだろうな彼女」


 特に親しくもしていない人からあんな風にされて、困惑というか迷惑という感情しか起きない。

 もうすぐこの町を出るから良いが、それでもあの調子で来られるかもしれないと考えると面倒だとしか思えない。


「……ヴィオさんと親しくなりたいのだと思いますけど」

「俺は思わないが」

「でも、美人ですよ」

「人の都合も考えず押しかけて来た挙げ句、関係ない者にまで迷惑掛けているのを、美人だから許せって言われてもな。俺は嫌だとしか言えないな。そもそも俺は個人的に彼女と話をしたことすらないんだぞ」


 ツンとポポの額を指で突きながら、ため息をつきつつ話す。

 美人かと言われたら美人なんだろうが、迷惑を考えもせず宿の入り口で騒ぐ相手に好意を持てと言われても無理だろう。


「そうですね。自分の事を優先して迷惑掛けるのは駄目ですね。……私も今日迷惑かけましたけど。反省してます」

「ユーナのは迷惑じゃ無く心配だろ」


 ユーナが倒れたのを迷惑なんて思うわけがないのに、何を反省することがあるっていうんだろう。


「どちらも同じですもん。ヴィオさんごめんなさい。ポポちゃんも」

「ユーナ悪くないヨ」

「そうだな、ユーナは悪くない。二度目は困るが、今回はユーナがそうしたくてしたわけじゃない。だから謝るのは無しだ。それに悪いと言うなら魔素酔いの可能性を思いつかなかった俺の方だろ」


 魔素を使えと言ったトレントキングに罪はないだろう、魔法でトレントを狩れるユーナが魔素に慣れていないなんて思うわけがないんだから。


「じゃあ、お互い悪かったことにして次から気を付けます。でも気を付けるって、魔素を使わなければいいのかしら?」

「ポポと一緒なら使っても問題ないらしいが」


 その辺りはギルに確認しないと分からない。

 俺もユーナも、精霊魔法についてはギルに頼りっぱなしだ。

 ギルが練習に付き合ってくれたお陰で、転移魔法もだいぶ使いこなせる様になったし、何か礼をしないといけないな。


「ポポちゃんと一緒なら、そう言えば精霊王もそんな様な事を言っていた気がします」

「精霊王か、ギルだけでなく精霊王にも世話になっているなあ」


 ユーナが異世界から来たと、精霊王は知っている。

 それをユーナに話すかどうか、俺はまだ迷っている。

 その話をするには、帰る方法が見られなかった話もしなくてはならなくなるかもしれない。

 この話を聞いてユーナはどう思うのか、そう思うと言い出しにくい。

 帰りたいのは当然だろう。

 帰る為の手がかりを探したくてユーナは冒険者になったんだから、当たり前の話だ。


「ヴィオさん、困った様な顔してどうしたんですか」

「ギルだけでなく、精霊王にも礼をしないといけないなって思ったんだが、あの人が喜びそうなものが思いつかないなって思ってさ」

「そうですね」


 人なら金とか宝石とか食べ物とかあるが、精霊王はそういうのとは無縁のところにいるからなあ。


「ポポちゃん、精霊王が好きなもの何か知らないかしら」

「ポポ、甘いの好き」

「ポポはそうだな。何か食べるか?」


 帰ってきてから何も飲み食いしていないと気が付いて、マジックバッグに入れていた食べ物を取り出す。

 食べてなかったと思いだしたら、急に腹が減ってきてしまった。


「ユーナが昼用に作ってくれていたものだ」

「私のせいでヴィオさんお昼抜きになっちゃったんですね」


 またユーナはしょんぼりするが、そんなの食べ始めたら無くなるだろう。

 ポポは嬉しそうにテーブルの上に乗ってきてるしな。


「ポポ食べるヨ」

「沢山食えよ。ポポが好きな芋を茹でて潰したのもあるぞ」


 熱々の状態で器に入れられたものをテーブルに並べていくと、ユーナがポポの分を少しずつ器に取り分ける。


「ユーナの料理、ポポ好き。きっと精霊王も好きだよ。甘いのも他のも、くるくる巻いたのきっと大好き」

「くるくる巻いた? それなら果物を沢山入れたクレープを作るわね。明日作ったらポポちゎん精霊王に届けてくれる?」

「ポポちゃんと届けられるヨ」


 ポポは任せろと言わんばかりに、ユーナに向かって胸を張ってみせたんだ。

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