ユーナを置いて2

 結論から言えば、どこでもいいから境い目の森のどこかに飛ぶ。というのは今の俺には出来なかった。

 自分が今いる場所から少し離れた場所と考えても飛べず、境い目の森の入り口の辺りと思っても駄目だった。

 詠唱し魔法陣が現れても転移出来ないんだ。

 思えば俺が転移の魔法で飛んだ時は、確実に場所を頭の中に思い浮かべて飛んでいた。

 ギルの執務室、迷宮の中、どちらもあの場所に行こうと場所の様子を思い描いて転移の魔法を使っていた。

 そしてその場所はどちらも俺にとって馴染みの場所、つまり俺は自分が行った場所でなければ飛べないんだ。


「やはり駄目ですね」

「ギルは分かってたのか」

「ええ、その場所が見えるから私達は転移出来るんですよ。そうでなければさすがに目標が定まらずどこかとんでもない場所に行ってしまうでしょう」


 そう言われて納得し、ではどうしたらと悩む。

 

「そうか。どうしたらいいのかな」


 考えながら、わくわくしている自分を感じて苦笑する。

 どうして俺はこういう出来ない事をどうにか出来る様にしようとするのが昔っから好きなんだ。

 苦手だと思うものを繰り替えし練習してものにする。

 一度しか出来なかった事が二度出来る様になり、三度でも四度でも出来る様になっていく。

 狩れなかった魔物が狩れる様になる、進めなかった層を攻略しそれを繰り返して最後には迷宮を攻略する。

 自分が上に行く、自分こそが上に行く。

 その達成感を味わいたくて俺は冒険者を続けていたんだ。


「ヴィオ、どうしてそんなに楽しそうなんですか」

「あ、ああ悪い。どうやったら出来る様になるかって考えたらさ、楽しくなってきてしまったんだよ」


 俺の気持ちが理解出来なかったんだろう、ギルはしげしげと俺を見た後「さすが魔物狩り狂いで迷宮狂いですね」と呟いた。


「そうじゃないが、そうなのかもな」


 ユーナの事が心配だし、精霊王が言っていたユーナの帰る道の事も気になっているというのに今の俺は転移の魔法を使いこなすことに夢中になっている。


「人は出来ない事を嘆く生き物なんだと思っていましたが、あなたはちょっと違う気がしますね」

「出来ない事を嘆くというのは俺にも十分当て嵌まる事だ。出来ない事じゃなくて出来なくなった事だけどな」


 年齢的な体の衰え、それを感じて嘆いてポール達と離れたんだ。

 きっとこの感情は一年一年深くなっていくんだろう。


「出来なくなった事、そういえば以前言っていましたね」

「人の一生は短いからな」


 生きて来た時間の殆どを迷宮攻略の為に使ってきた。

 出来るなら、俺は少しでも長くそれを続けたいと願っている。

 もう無理だとポール達から逃げたのに、それでも俺は迷宮から離れられないと分かったんだ。


「良いのか悪いのか私には分かりませんが、あなたの表情が以前より明るくなった気がするので今はこれでいいんでしょうね」

「明るくなったか?」

「ええ、熊の手を集め始めた頃のあなたより今のあなたの表情の方が明るい気がしますよ」

「そうか」


 それは多分ユーナのお陰なんだろうな。

 俺と一緒に考える、楽しい事も悲しい事も一緒にと言ってくれたユーナの存在が俺を励ましてくれたんだ。

 ユーナはか弱いしすぐに泣くし、なのに強いんだ。


「一人じゃないからなのでしょうかね」

「多分な」

「そうですか。ああ、話をしている時間はありませんね。ヴィオがラウリーレンの能力を使いこなせていないのは良くわかりました。これは何度も繰り返し魔法を使い続けるしかないかもしれません。実際この魔法を覚えたばかりの精霊もエルフも繰り返し魔法を使う事で使いこなせる様になっていくのですから」


 誰でも最初は出来ないものだ。

 それは剣を子供に教える時に俺が伝える言葉だ。

 出来なくても諦めるな、繰り返し繰り返し剣を振り体に覚え込ませる。上手くなるなんてそれからだ。

 根性論は古いと言う奴もいたし、そういうのは泥臭いと笑う奴もいたけれど俺はこのやり方しか出来ない。

 ポールの様に才能がある奴と俺は違うんだ。


「繰り返せばいいのか」

「まずはそこからでしょうかねえ」

「ここと迷宮を往復するとかでもいいのか」

「ここと迷宮、うーんあそこよりこの森の方が魔素が強いので、この森を往復する方が良い気がしますが。そうですね、こうしましょう。私がヴィオを飛ばしますからヴィオは飛ばした先からここに戻って来て下さい。どこに飛んだかヴィオには分からないでしょうけれど、帰りの場所は思い浮かべられるでしょう」

「そうだな、多分大丈夫だ」


 それが訓練になるのかどうか分からないが、ギルが言うんだから間違いないんだろう。なにせギルは精霊魔法を熟知している。


「境い目の森は魔物の出現が他の迷宮よりも多いですから、飛んだ先に魔物がいる場合も多いでしょう。その辺りは気にせずに転移させますからヴィオは必ず精霊の爪を使いながら魔物を狩って下さい」

「精霊の爪、分かった」


 何となく魔法を使いながら戦うのは気が進まないが、覚えているのを使わないのはおかしいだろうというトレントキングの言葉を思い出して頷く。

 持っている能力を使いこなすというのは、剣も魔法も変わらないと思えばいいだけだ。


「では飛ばしますよ。飛べ」


 あっさりとギルはそれだけ言って俺の体を転移させた。

 転移の魔法とは違う、もっと乱暴な魔法だ。

 

「うおっ。って、飛んだ先に魔物って」


 ぐいっと体が見えない何かに引っ張られた感覚の後、俺は知らない場所で魔物に囲まれていた。

 大きな紫色のキノコの形の魔物と何かの大きな花の様な魔物、それらが俺が転移した途端遅い掛かって来たんだ。


「させるかっ」


 魔物の気配を感じた刹那剣を抜き、精霊の爪を剣先に纏わせながら剣を振る。

 トレント等が出る迷宮は今まで何度も攻略してきたが、紫色のキノコも大きな花の魔物も初めて見るものだった。

 キノコの魔物は毒をまき散らすものが多いから早めに狩らないといけないし、花の魔物は蔓の様な物をこちらに伸ばして来ているからこっちも注意が必要だ。


「軽い」


 精霊の爪を剣先に纏わせながら振ると簡単に魔物は倒れて魔石に変わっていく、これは魔物が弱いせいじゃない。試しに精霊の爪を使うのを止めてみると何度か切りつけないと狩ることは出来ない。

 さすが入ったら出られないと言われているだけある境い目の森だ。

 そもそもこの森に辿り着くことが稀なんだが、ギルが言っていた通り魔物の出現数も多いんだろう。

 今も狩っても狩っても魔物が現れてきりがない。


「まあ出て来るのは全部狩ればいいだけの話だ」


 試しに精霊の爪に衝撃波を重ねて剣に纏わせてみると、簡単に出来ると分かったからそれで魔物を狩り始める。

 精霊の爪は魔素を使って発動する魔法だが、衝撃波は精神力を使う剣士の技だ。

 付与魔法でも違う性質の攻撃魔法は剣に付与出来ないと聞いたことがあるが、この二つはどちらも使えている様だ。

 まあ、精霊の爪も衝撃波も本来の付与魔法とは違うのかもしれないが、使えるならそれに越したことは無い。


「それにしても出すぎだろ」


 花の魔物は長い蔓を使い攻撃してくるが、そんなのはあっさりと阻止出来る。

 考え事をしながらでも魔物が狩れているのはこいつらが弱いからじゃなく、精霊の爪の威力がそれだけ大きいからだ。

 衝撃波を使わず剣だけでは一刀で狩れないんだから、それなりの強さはある。


「くそっ」


 楽しい、わくわくする気持ちが止まらない。

 知らない魔物を狩るだけで、それを何度も繰り返せるだけで気持ちが高揚してきちまうんだから、俺はもうどうしようもない。


「これで終わりだ。よしっ」


 ある程度狩ると魔物が現れるのが一旦止まるんだろうか、それを残念に思いながら落ちた魔石と素材を拾いマジックバッグにしまう。


「ギルのところに戻らないとな。甘い花の蜜、綺麗な小石、光る苔、くるくる回る金の指輪……かの場所への道を開け精霊の門」


 今は魔物を狩りに来たんじゃなくて、転移魔法の練習をしているんだった。

 つい夢中になって魔物を狩ってしまった。

 これじゃギルに魔物狩狂いと言われても仕方ないな。

 苦笑しながら俺はギルのところへと転移したんだ。

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