ユーナを置いて1

「ヴィオ、ギルと少し転移の練習をしておいだ」

「精霊王、何故そんなことを?」

「ユーナとポポは少し魔力の調整が必要な様だ、だからその間二人は別の事をしていた方が時間を有意義に使えるだろう」


 精霊王が急に言い出した理由が分からず戸惑っていると、ギルの方が先に動いた。


「分かりました。ヴィオ行きましょう」

「え、おいギル。魔力の調整なら俺が側にいても」

「いいから、行きますよ。甘い花の蜜、綺麗な小石、光る苔、くるくる回る金の指輪……かの場所への道を開け精霊の門」

「お、おいギルッ!」


 了承していないというのに、ギルは俺の手を掴むとさっさと詠唱を始めどこかへと飛んでしまった。

 ギルから逃れようとするのに俺の体は微動だにせず、ギルに掴まれた腕を振り払うことも出来なかった。


「ギル!」


 とっさに剣を抜き周囲を見渡しながらギルの名を叫ぶ。

 なんで急に俺はユーナから離されたんだ。

 魔力の調整だけなら、俺が側にいても良いはずだ。

 トレントキングの姿は見えないが、ここは境い目の森の筈だ。少し離れた場所に精霊の国の門も見える。


「精霊王がされる魔力の調整は精霊の秘儀です。つまり当事者であるユーナ以外の人には見せられないものなのですよ」

「秘儀?」


 ポポの魔法でユーナは正気に戻っている。

 それなのに、何故そんなものが必要なんだ。


「良い感情も悪い感情もユーナは向けられやすいと精霊王は言っていたでしょう。ユーナは感情を向けられやすいというだけじゃなく、そういう感情を増幅する」

「増幅?」

「ええ、良い感情も悪い感情もです。ラウリーレンがいい例です。あれはユーナの魂と魔力に惹かれた、惹かれ過ぎた。そして自分の悪しき感情を大きくし過ぎて暴走してしまった」


 ラウリーレンの感情は、迷宮でユーナに向けた感情は異常としか言えなかった。

 あの姿がユーナの性質がラウリーレンの感情を増幅させてしまった結果だとしたら、もしもユーナがラウリーレンの前に現れなければ穏やかなにラウリーレンは命を終えられたとでもいうのか。


「綺麗なものに悪しきものは惹かれます。綺麗であればあるほど、悪しき感情は引き寄せられます。ユーナ自身がそれを割り切れれば良いですがあの子はそういう事を器用には出来ないでしょう」

「そりゃ、ラウリーレンにも情けを掛ける様な子だからな」


 ユーナは優しい、優しすぎる程に。

 自分の魔力を奪おうとしていたラウリーレンに慈悲を与える程に、優しいんだ。


「魔力の調整をすれば何か変わるのか」

「大きくは変わらないでしょう。なにせユーナの契約精霊はユーナ以上に純粋なポポですからね。優しく清らかな心を持つユーナと純粋過ぎる精霊のポポの組み合わせで悪しきものに対抗なんて、あなた想像出来ますか」

「……無理だな」


 それを精霊王は何とかしようとしてくれているのか、でもその干渉はユーナをこの世界に縛りつけることにならないんだろうか。

 

「精霊王が出来るのはユーナとポポの魔力に日常的に防御を掛ける事位でしょう。それはポポの今の格でギリギリ出来る位のものです。力をつけたとは言えまだポポは知識不足の子供ですから」

「そうか。魔法を使うのも上手くないからな」


 さっきのポポは焦るあまり何度も魔法を失敗していた。

 あれが経験不足、知識不足から来る結果なんだろう。


「……魔法が上手く使えないのは俺も同じか。精霊王が転移を練習しろというくらいだから俺の魔法も酷いんだな」

「そうですね。ヴィオが覚えた転移の魔法は本来ラウリーレンの能力がそのまま移ったものですから、ラウリーレンと同様に使いこなせて当然なんです」

「ラウリーレンと同様」


 ラウリーレンと同様に使えるなら、俺は詠唱無し転移出来てもいい筈だ。

 だが俺は詠唱しないと魔法が発動しない。


「転移する時ヴィオには転移先の場所が見えますか」

「転移先の場所、そんなのが見えるか?」

「ええ、見えなければ転移した先が水の中だったり戦いのさなかだったり魔物の大群の真ん中だったりするかもしれないでしょう」


 そんな事考えもしなかった。

 確かに転移した先が何の問題も無い場所ばかりだとは分からないが、それでもそんな危ないところに転移なんてするつもりは無い。


「転移の魔法、ラウリーレンなら行ったことが無い場所でも飛べますし、飛んだ先がどんな状況なのか飛ぶ前に見えるんです。私は確実に飛びたいので詠唱をしますがラウリーレンはそれもしなかった。面倒だというのもありますが、それだけ転移の能力が高かったのです」


 高い能力、俺はそれをそのまま引き継いだというのにお粗末としか言えない転移しか出来ない。


「じゃあ、ラウリーレンなら迷宮の守りの魔物の層に行ったことが無い者も一緒に飛べるのか」

「可能です」

「それはギルも」

「そうですね、出来ます。転移の能力が低い内はそんなことは出来ないので、ラウリーレンと一緒に町の迷宮は攻略しましたが、今の私と命が尽きる前のラウリーレンなら攻略をしていなくても簡単に迷宮の守りの魔物の層に行けたでしょう。精霊の転移魔法は知らないものに詳しく話したりしないので、そんな事は出来ないとしていますが、実際には簡単に望みのまま飛べます」

「それはポポも出来るのか」


 精霊王のところにいるユーナの事が気になるが、今は自分の事をしなければ。

 疑問に思う事は全部ギルに聞いて、自分の能力を高めなければ。


「さすがにポポはまだ無理でしょう。あの子は町から精霊の国以外転移したこともないでしょうし、経験不足すぎますから」

「成程」


 つまりそれが俺がユーナを連れて守りの魔物の層に飛べなかった理由なんだな。

 俺の能力が低いから、ラウリーレンの高い能力の魔法を譲り受けたというのに使いこなせないんだ。


「精霊王が何を思ってヴィオに練習をさせようとしているのか分かりませんが、無駄な事をさせる人ではありませんから。練習しましょう」

「分かった。教えてくれ」

「私は厳しいですよ」

「望むところだ」


 剣術と違い俺は魔法は元々生活魔法しか使えない。

 それがいきなり精霊魔法を使える様になり、ラウリーレンから転移の魔法まで譲り受けた。

 能力にない力を譲られたとしても、すぐにその能力を使いこなせるわけでは無いんだな。


「じゃあ、まずは一人で少し離れた場所に飛んでみてください」

「分かった。甘い花の蜜、綺麗な小石、光る苔、くるくる回る金の指輪……かの場所への道を開け精霊の門」


 少し離れた、精霊の国の門のところを思い浮かべ詠唱を行う。

 魔法陣は問題なく現れて、俺の体は精霊の国の門の前に飛んだ。


「……ふむ、詠唱は間違いなく出来ますね。ここはヴィオが思い描いた場所ですか」

「ああ、その様だ」

「ヴィオは魔力が殆どありませんから、魔素が無いと確実な魔法の発動は難しいと思いますが、十分な魔力を持った魔石を手にして魔法を発動すれば近距離であれば飛べる筈です。どうしても迷宮の外で転移魔法を使いたい場合はそうして下さい」

「分かった」


 魔石なんてマジックバッグの中に幾らでも死蔵しているんだから、それを使えば外でも転移出来るなら緊急の場合に役に立つだろう。


「ではヴィオ、ここから境界の森のどこかに飛んですぐに戻って来て下さい」

「分かった。甘い花の蜜、綺麗な小石、光る苔、くるくる回る金の指輪……かの場所への道を開け精霊の門」


 ギルの特訓はこうして始まったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る