目覚めてそして1

「精霊王、遅くなりまして申し訳ありません」


 精霊王と暫く無言で待っていた後、ギルが肩にポポを乗せて帰って来た。

 ポポの体の光は無くなっており、少し体も小さくなっている様に見えるが元気そうだった。


「ヴィオ、ポポ帰って来た。ポポ魔法上手くなった。ギルに沢山教えて貰ったよ」


 あれ、少し話し方が流暢になっている。

 先程まではポポはのんびりとした話し方だったが、これはやっぱりポポの魔力量に関係するものなんだろうか。


「そうか、ギルありがとう。ポポは吸い過ぎた魔素は使い切れたのか」

「ええ、トレントに最初はだいぶ遊ばれていましたけれどね。最後は単独で狩っていましたよ」

「狩っていた? ポポ、お前は防御系の魔法しか使えないんじゃなかったのか」


 確か精霊王にポポを預ける時はそんな事を言っていた様な覚えがある。

 ラウリーレンがポポの口の中に魔法陣を刻み、それをギルに治療して貰った時に覚えたのは、精霊の宝物入れと精霊の眼後は精霊の幸運だった筈だ。

 でもこの魔法ではトレントは狩れない。


「そうですね、ポポは防御魔法しか覚えていなかった筈ですが、精霊王に最終契約の儀式を行って貰った際にポポの格があがり攻撃魔法も覚えた様なんです。今までポポは魔素から必要な魔力を得る事は出来ませんでしたが、精霊王と最終契約の儀式を終えて格が上がった事で十分な魔力を魔素から得る事が出来る様になりましたし、魔力の器もかなり大きくなった様です」


 確かポポは生まれたばかりで力が弱いし、元々持っている魔法の属性が防御の方に偏っているという話だった。

 だが、格が上がって使える魔法が増えた事で攻撃魔法も使える様になったのか。


「何を使える様になったんだ」

「精霊魔法の初歩と下級と中級の一部ですね」

「それは随分使える様になったんだな」

「ええ、でも攻撃の方はあまり上手では無い様です。元々ポポは防御の方に能力が偏っていましたから、無理矢理攻撃魔法を覚えたと考えた方がいいですね」


 無理矢理覚えた? それはポポが攻撃魔法をしたいからと願ったってことか?

 ギルの肩に乗るポポは、相変わらずのふわふわな羽をしていてこれが中級冒険者がやっとパーティーで狩るトレントを単独で狩れるとは思えない。

 

「ポポ、どうして攻撃魔法を覚えようと思ったんだ」

「ユーナ泣いてたよ。魔物怖いって泣いてたよ」


 ユーナが泣いていた? ああ、そうか精霊王のところにポポを連れていく前に、ユーナは俺がトレントを魔物寄せの香で集めて狩っていたのを見て泣いていた。

 

「ポポ誓ったよ。ポポ強くなるよ。ユーナが泣いてもポポが守れる様になるよって、だからポポは強くなったよ。約束したからユーナを守れる様にって。それにユーナも言ったよ。遠くで震えているくらいならヴィオの隣で一緒に戦いますって、だからポポもユーナとヴィオと一緒に戦うよ。ポポは二人の精霊だから、いっぱい戦うよ」


 得意そうに胸を張って、翼を広げてふわりと宙に浮くと、ポポは俺が差し出した手に舞い降りた。

 ポポは重さが殆ど無い、手に乗ってもポポがいると言う感覚があるだけだ。


「そうか、ポポは強くなったんだな。きっとユーナが喜ぶな」

「ヴィオも喜ぶ?」

「ああ、勿論だ。一緒に迷宮で魔物を狩ろうな」


 小さな頭に指先で触れると、ふわりとした羽の感触がする。

 本当の鳥よりもポポの羽は柔らかいし、何となく温かさも感じる。


「あれ、ヴィオも魔素沢山? ポポ吸うね」

「ん?」


 確かに俺はさっきまで酩酊となる程度に魔素を吸っていた様だ。

 それをポポは察したらしいが、精霊のポポに分かるというのがちょっと謎だ。


「ヴィオ、おでこつけて」

「あ、ああ」


 ポポを手に乗せたまま俺の額を近づけると、ポポはぐりぐりと俺の額に自分の額を擦り付け始めた。


「ポポ無理はするなよ。まだユーナの方が終ってないんだぞ」

「大丈夫。ポポ出来るよ」

「そうか?」


 俺の中の何かが額から抜けていく感触に、これが魔素を吸いだすと言うことかと思いながらポポが納得いくまで魔素を吸ってもらう。

 僅かな時間で体が楽になっていくのが分かる。

 例えるなら、服を着たまま水中に潜っていた状態から陸に上がった様な感覚だ。

 ユーナから魔素を受けていた実感は無かったし、酩酊していた自覚も無かったがこうしてみるとだいぶ負担になっていたんだと分かる。

 俺の状態でこれなんだから、ユーナが意識を失うのは仕方がないだろう。

 なにせ、ユーナはさっきまで迷宮で大量の魔素を吸い続けたんだから。


「ヴィオはもう大丈夫。ヴィオ、魔力量増えたの? ポポ知らなかったヨ」

「魔力量が増えた? そんな事はないと思うが」


 ポポは首を傾げながら、ユーナの方へと飛んで行くとユーナに今度は額を付けて擦り付け始めた。

 するとポポの体はまたすぐに光を持ち始める。


「凄いですね、二度目でも光るとは」

「ギル、ポポが今言ったのは」

「ああ、ヴィオの魔力が増えたと言う事ですか、増えたと言っても魔法使いとして魔物を狩れる程ではありませんよ」

「それはそうだろう。俺は元々生活魔法を使うのがやっとなんだぞ」


 冒険者の中には魔法使いが多いから一瞬勘違いしそうになるが、魔法使って魔物が狩れるほど魔力量が多い者は希少だ。

 エルフならともかく、人族の殆どは生活魔法をやっと使える程度の魔力量で、魔法使いや付与魔法の使い手、錬金術師となれる程の魔力量を持つ者は平民にはあまりいない。

 貴族は昔から魔力量が多い者通しを結婚させ、魔力量が子供を儲けるのを繰り返すことで魔法を使える者が多いとは聞いている。

 魔力量が多い者が優秀という考え方と、魔法より剣や弓や槍といった物理攻撃が強い者が優秀という考え方に真っ二つに分かれているらしいが、そのどちらにも魔物を狩りに迷宮に入る事は野蛮な事だと思われているというのが貴族的な考え方だ。


「そうなんですよね。でも魔力量が増えたので魔素の扱いももう少し上手くなると思いますよ」

「そうなのか?」

「ええ、ヴィオはラウリーレンの持っていた転移の魔法を渡していますが、多分ラウリーレンが使っていた様には使えてはいないでしょう」


 ギルは寂し気な顔で気になる事を言い始めた。

 俺は確かにラウリーレンの魔法を譲り受けたが、転移の魔法は俺は覚えたばかりだから上手く使えていない、そうじゃないのか?


「ギル、ラウリーレンが持っていた魔法を俺が使える様になっても、それは魔法使いが魔法を覚えた時と同じじゃないのか」

「それは、どういう? ああ、誤解ですよ。そうじゃありません。精霊王はラウリーレンの魔法を奪いヴィオとユーナに渡しました。魔法使いがある魔法を覚えた時に使える魔法の威力が一だとします。同じ魔法をラウリーレンが十の威力まで使える様になっていたとしたら、ヴィオはその十の威力が使える状態で渡されているんです」

「つまり、熟練度が最高まで上がっていたなら、譲り受けた状態で俺も熟練度が最高になっているということか」


 それにしては、俺の転移の魔法はちょっとお粗末な気がする。

 ラウリーレンの転移の魔法の熟練度が低かったと言う事なのか?


「転移の魔法というのは、精霊は生まれた時から持っている魔法です。ポポですら多分持っている。ラウリーレンの精霊としての格は高く、転移の魔法は日常的に使っていましたから熟練度も最高になっていた筈です」

「だが、俺は魔素の使い方が上手く無いから、魔法も上手く使えていないということなのか? ああ、そうか。それでか」


 そう言えば、ギルに聞きたい事があったんだ。すっかり忘れていた。


「ギル、最初に俺達を転移の魔法で連れて来てくれたあの場所は、他の迷宮で言えば守りの魔物がいる層と同じだと言っていいのか」

「え、最初。ああ、そうですね。あそこは守りの魔物がいる層と同じです。条件も同じですよ。普通なら攻略した者しか迷宮の外からは飛べません」

「そうか、実は俺は町の迷宮の守りの魔物の層にユーナと飛ぼうとして、飛べなかったんだ。それはつまりそういう事か」


 俺の魔法の熟練度が低いから、二人一緒には飛べないのかと言うとそうでは無かった。一度ユーナが行ったことがある層なら飛べたんだ。


「そうですね。今のヴィオではまだ守りの魔物の層にはユーナを伴えないでしょう。他の層なら入った事が無い場所でもユーナと一緒に転移出来るかもしれませんが、それはもう少し慣れてから試した方がいいでしょうね」

「ユーナはどうなんだ」


 ユーナもラウリーレンの魔法である精霊の台所を貰っている。

 だが、そもそもラウリーレンは精霊の台所を殆ど使ってはいないのだったか?


「ユーナはちょっと私の理解を超えるところがあるので、何とも言えませんがポポの魔力量が増えていますし、ポポを通して魔素を使うのであれば魔素酔いは起こさないと思います。でも練習の意味で精霊魔法以外は自分の魔力を暫くは使った方がいいでしょうね。ユーナはそもそも魔法使いになりたてで、いわば修行を始めたばかりですから最初から楽な方に流れては、魔素が薄いところで魔法を使うのが苦手になる可能性もありますから」


 ユーナなら、迷宮の外でも精霊の台所を使いたいと言い出しかねないから、ギルの心配はもっともな話だ。

 収納の魔法の使い方といい、ユーナは本当とんでもない魔法の使い方をするからなあ。


「分かった。俺はなるべく転移の魔法と精霊の爪を使う様にして、魔素の使い方を覚えていく。ユーナは精霊魔法以外は魔素を使わないで魔法を使う様にする。これでいいんだな」

「そういう事です」


 満足そうに頷くギルの近くで、精霊王もにこにこと頷いている。

 精霊の爪という俺にとっては狡い方法を使っている様にも感じる精霊魔法も、トレントキングとの話で使わずにいる方がおかしいのかもしれないと思う様になった。

 俺は剣に関して考え方が偏っていたのかもしれない。

 

「ユーナ、目を覚ますよ。ユーナ、ポポ戻って来たヨ」

「……ポポちゃん?」


 ポポの声にユーナの方に視線を向けると、ユーナはゆっくりと体を起こそうとしていたんだ。

 

※※※※※※

ギフト頂きました。

ありがとうございます。

更新が飛び飛びで申し訳ありません……。

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