伝えないという選択は

「そうか、そういう考え方もあるな」


 精霊王の考えに賛同はするものの、それは俺がそうであって欲しいと思っているだけの様にも感じる。

 俺は、ユーナの事になると頭が上手く働かなくなる気がする。

 自分の事はいつだって決断は早かった。

 ずるずるとしていたのは、ポール達と離れるかどうか。それだけだ。

 しかも、今でも未練があるのが情けない話だ。

 ポール達と迷宮に入れていれば、俺は幸せだった。

 ポール達が強くなっていくのを肌で感じながら迷宮を攻略していくのは、俺にとって喜び以外の何物でもなかった。

 出会った時のポール達はまだ駆け出しでカツカツの生活をしていたけれど、俺にはこいつらはこれからどんどん強くなっていくと分かったんだ。

 俺がこいつらを育てて強い冒険者にしたい、そう思ったからパーティーを組むことを決めて誘った。

 予想通りポール達は強くなって、俺自身は年齢と共に衰えを感じ限界を感じ始めた。

 もっともっと一緒に冒険したかった、もっともっと一緒に迷宮に入りたかった。

 だけど、俺は。

 ああ、何度も何度も繰り返し後悔する。

 どうして俺は出て来てしまったんだろう、どうして俺はもう少し頑張れなかったんだろう。

 ユーナと出会って、ユーナと一緒にいると誓った。

 ポール達と一緒に天空の迷宮に行くと言いながら挫折しているというのに、俺はユーナに一緒にいると誓っている。

 これは不誠実とは違うんだろうか、俺はユーナを自分自身への言い訳にしているんじゃないだろうか。


「ヴィオどうした」

「精霊王。俺はユーナと一緒に、彼女が帰る方法を探したい。それは可能か」


 こんな事精霊王に聞くことじゃないとは思うけれど、リナの時に散々探して見つからなかったのだから、何か少しでも手がかりになるものが欲しい。

 迷宮のあれは本当に手がかりなのか、それとも違うのか。


「帰る方法を探すのはユーナ自身。彼女が望まないならそれは現れない」

「ユーナは帰りたいと思っている。心の底からそう思っているならどうなんだ」


 精霊王の答えはどこからくるものなんだ。

 さっき彼は命を百年削って禁忌の魔法を使ったと言っていた、それで分かったというんだろうか。ちょっとまて、精霊王の魔法に驚いて確認しなかったが、彼は百年の命を削ったと言っていた。

 百年、人族なら一生分だが精霊王にとって百年というのはどの程度の犠牲なんだ、俺はもしかしてとんでもない事をさせてしまったんじゃないのか。


「精霊王」

「どうした」

「さっきの魔法、精霊王の命を削ったというのは、百年という時は」


 精霊王は何でもない顔をしているが、神に近い存在の寿命なんて分からないものの禁忌という言葉が気にかかって尋ねる。

 だが、精霊王は俺の問いの意味を理解してはいないらしく、的外れな言葉を返してきた。


「どうしたヴィオ。先程の魔法の結果が理解出来ないのか」

「そうじゃない。精霊王の命を百年も使わせて申し訳なかった。ラウリーレンのやらかしの償いとはいえ、禁忌の魔法を使わせてすまない」


 ラウリーレンのしようとしていた事を考えたら償いは貰っても良いのかもしれないが、それで禁忌を犯させるのは違っている気がする。


「ああ、気にすることは無い。精霊王たる私の寿命は気が遠くなる程に長い。いつ生まれたのかすら忘れてしまった程だ。魔法の発動条件で百年の寿命を必要としているだけだ」


 精霊王は何でもない事の様に言うが、人族の俺としては百年という寿命は重い。

 寿命は精霊王にとって何でもないのなら、禁忌の方が償いということか。

 

「禁忌というのは」

「先程の魔法は精霊以外に使うと咎となる。咎を何度も繰り返すとこの世の神からの罰を受ける。つまり精霊王の命が終る」


 百年の寿命を使うより、禁忌の意味の方が問題だった。

 精霊王の命を奪う理由となる咎、それがさっきの魔法なのか。


「人族には先見の魔法を使える者は存在するが、精霊王が使った魔法はそれとは違うんだな」

「全くの別物だね。人族の先見の魔法は今ある物の一番可能性のある物を見る魔法だ。例えば先見の魔法で今日の朝のユーナを見たら『迷宮の中で具合が悪くなっているユーナ』を見たかもしれない。だが具合が悪くなった理由は分からないし、どうしたらそれを回避できるかも分からない」

「精霊王の魔法の場合はどうなんだ」


 先見の魔法はすべて分かるわけじゃないとは聞いたことがある。

 魔法の熟練度が低い者が使うと、明日の天気すら当てられるのは半々。そんな程度だと聞く。


「今現在可能性がある未来を見られる。例えばある人間がいて、それが死ぬ未来、怪我をしても助かる未来、怪我をせずにすむ未来、怪我をするような事が起きない未来すべてが見える。そして、それらがどういう過程でそうなるのか、そうならないのか。すべて分かる」


 精霊王の説明の意味が理解出来ない。

 死ぬ、怪我をする、怪我をしない。

 それは、未来が分かれば怪我せずに済む様に出来るから、というのではないんだろうか。一番可能性がある未来が一つだけ見える先見の魔法より少し精度が上なだけというのは間違いなのか。


「違いが分からないという顔をしているね。先程の例を使うとするなら、先見の魔法で見えた未来は怪我をするような事が起きない未来だったとする。それをもし聞いていて油断したとしたらどうなる?」

「安全だと言われたら油断するかもな」

「そう、油断する事で安全だった未来は怪我をするかもしれない未来になり、実際に怪我をする未来になる可能性が出て、怪我をした為命を落とす未来になる可能性も上がる。まあ、これが一つの可能性しか見られない先見の魔法の問題と言えるだろうね。私の魔法との違いはもう一つあって、その者の望みを叶えるにはどうしたらいいかという道を探せるというものがある」


 望みを叶えるにはどうしたらいいか。

 ユーナが元の世界に帰る為の手がかり、俺が望んだのはそれだ。

 だから、精霊王は魔法を使ってくれたのか。


「普通であれば、ユーナの望む元の場所への帰る方法。それを実行しているユーナの姿が見える筈だった。ユーナは帰りたいと願っていた。だが帰れないと諦め嘆き悲しんでいた。それは見えた。ユーナの今だから見えたのかもしれない。だが、その先を見ようとしたら私の魔法は弾かれてしまった」

「見えなかった理由は分かるのか」

「私よりユーナの力が強いなら、だが人族の魔法を使い始めたばかりの者が私よりも力が強いというのはあり得ない。それにユーナの力がそこまでではないのは分かっている。私よりも強い力を持っているのなら、そもそも魔素酔いなんてものにはならないだろうからね」


 魔法を弾いたと聞いて思い浮かんだのは、ユーナの安全地帯という能力だ。

 俺は聞いたことがない、安全地帯という能力はユーナを守るためのものなんだということは想像がつくが、でも何をどうしたら発動するのか何が出来るのかも分かっていない。


「ユーナが目覚めて、私が何を見るか理解した上でもう一度魔法を掛けることは出来る。ただこの魔法は強いから本来であれば二度も掛けていいものではないと理解はして欲しい」

「問題が出るのか」


 禁忌の魔法、精霊王の咎となるというだけで使わないという理由になる。

 だが、精霊王の言い方はそれとは違う様に聞こえる。


「先程は百年の寿命を使ったが、同じ魔力では結果も同じだろう。ユーナが私の魔力を受けると自覚させた上で先程よりも強く魔法を掛ける。そうだね寿命を五百年に増やそう。それなら見えるかもしれない。だが私の強力な魔力を受ける事で人族から魂が離れてしまうだろう」

「魂が離れる」

「そう、人族よりも精霊に近くなる。精霊と契約することですでにユーナとヴィオは精霊にほんの少し近い存在になっている。魔素を使い精霊魔法を使える様になったのはそういうことだ。だがユーナは私の強い魔力を受ける事で精霊に近い存在になるかもしれない」

「精霊に近い存在、そうなったらどうなる」

「この世界の存在に近くなると言う事は魂がこの世界に結び付くということだから、帰る手段が見つかっても帰れなくなる可能性が出て来る」


 それじゃ、精霊王に見て貰う意味が無くなる。

 精霊王に魔法を掛けて貰い、帰る手段が見つかっても帰れなくなるんじゃ駄目だ。


「どうするヴィオ」

「……どうしても、自分達で道を探してそれでも見つからなかったら、その時に頼んでも良いか」


 俺が決めて良い事じゃないのかもしれない。

 だが、喜ばせて突き落とす様な事、言えるわけない。


「成程。勿論それでも構わない」

「精霊王。ユーナには秘密にして欲しい。ユーナが異界から来たと知っていることも帰る道が見えるかもしれないことも。今は言わないで欲しい」

「……そうか。お前がそう望むならそうしよう」


 これが間違った選択だったのか、今の俺には分からなかったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る