見えているのか

「精霊王? あなたには何が見えているんだ」

「見えている? いいや、感じている。ユーナの魂がこの世界の者とは違うとね」


 精霊王に気が付かれているとは思わなかった。

 もしかして、精霊には分かるのか? それとも精霊王だけか。


「ユーナの魂がこの世界の者と違うというのは、精霊王だけが分かるのか、ギルや他の精霊は」

「そうだね、ギルは分からないだろう。私も話していないし。門番のトレントキングは察しているかもしれないが、あれはそういう事に頓着しない。他の精霊は……そうだな、ラウリーレンは気が付いていなかったけれどユーナの魔力に惹かれた理由の一つがこれだったかもしれないと、今更だが思うよ」


 ユーナの魔力にラウリーレンが惹かれた理由が、異世界の魂だから。

 そう言われても、なぜそれが理由になるのか分からない。


「他の世界から来た魂は特殊なんだよ。魔力を持たない者が異世界渡りをしてこの世界に来る際に魂の質が変わるんだろうね。魂の質が変わり持っていなかった筈の魔力を何故か持つようになったり、特殊な力を持つんだ」

「魂の質が変わる? それに特殊な力だと?」


 特殊な力と聞いて、内心どきりとする。

 ユーナの持つ収納や安全地帯という能力はそれに当たるんじゃないのか。


「そうだよ。精霊の生まれ変わりに近いと言えばいいのかな」


 精霊の生まれ変わりに近い? ちょっと待て生まれ変わりって。

 それじゃ、つまりユーナは。


「どうした、ヴィオ。顔色が良く無い。状態異常はもう無くなった筈だが」

「精霊王、生まれ変わりに近いというのは」

「そのままの意味だよ。他の世界で肉体が死んで魂だけがこちらの世界にやってきて何故かこの世界で肉体を得る。……ある日突然この世界に現れる場合もあれば、この世界の子として生まれる場合もある。でも魂はこの世界のものとは異なるものを持っているからすぐに分かる」


 死んで魂だけがこちらの世界にやって来る。

 そしてこの世界の肉体を得る。


「ユーナがそうだと?」


 そうしたらユーナは家族のもとに帰れないのか?

 それを俺はユーナに言えるのか。


「生きたままこちらの世界に来る事は絶対にないのか?」

「生きたまま? ああ、それもあるか」

「あるのか。じゃあもしかしたら」


 ユーナが向こうの世界から生きたままこちらに来た可能性があるのか無いのか、それが知りたい。

 

「そうだな、精霊王の私もその違いは簡単には分からない。今分かるのはユーナの魂の質が違うということだけ」


 精霊王にも違いが分からない、その答えだけでも少し心が軽くなった。

 生きたままこちらの世界に来た、その可能性はまだ残っている。


「この世界に来る条件みたいなものがあるのか」

「条件は、あると言えばあるかな。死者の魂が異世界渡りをするのは、この世界の魂が間違えて他の世界で生まれてしまい、他の世界で肉体が死んで魂が元々の場所であるこの世界に戻って来る場合。これが一番生まれ変わりとしては力が強い。後は向こうの世界の魂が間違えてこちらの世界に来てしまった場合。多いのはこの二つだろうね」

「間違えて魂が世界を渡る」


 精霊王の説明に俺は頭を抱えたくなる。

 そもそも精霊の様に人の魂も生まれ変わるなんて、俺は知らなかった。

 俺の魂も、前は誰かの魂だったということなのか。


「精霊の生まれ変わりと違うのは、普通に同じ世界で死んで新たに生まれる場合は魂はまっさらになり、力も何も受け継ぐことはないというところだ。けれど世界を渡った魂は死んだ肉体の記憶を残している場合が多い。新しい体で生まれた時に以前の記憶を思い出しているかどうかの違いはあるよ。死ぬまで記憶を思い出さない場合もあるし、最初から記憶を持っている場合もあるし、何かのきっかけで突然思い出すこともある」


 もしもユーナが元の世界で命を落としていたとして、俺が出会った時元の世界の記憶を全部覚えていた。いいや、覚えていたんじゃなくユーナの感覚で言えばいきなりこの世界に来てしまったというだけだろう。

 自分が死んだ記憶は持っていない、とすればユーナは生きたままこちらに来た。そう考えていいんじゃないか。


「生きたままこちらの世界に来る条件は」

「そうだね、こちらの世界の誰かに召喚された」

「召喚? そんなことをして何になる」

「聖女や勇者。過去にそういう者を欲して召喚していたことがある。ヴィオが今いる国ではなく、海を渡った先の国では何度か召喚していたね。後は神が呼んだこともある。その他は世界の狭間に引き込まれてというのもある」


 魂が生まれ先を間違うのと、世界の狭間に引き込まれるというのはどちらが数として多いんだろう。

 俺みたいな平凡な男には想像もつかない話に、軽い眩暈を感じながら目を覚まさないユーナを見つめる。

 出来るならユーナを家族のところに帰してやりたい、今は離れているがリナだってずっと帰りたがっていた。

 迷宮の一つ目熊のあの文字がユーナが帰る為の手がかりになるんじゃないかと思っていたというのに、向こうの世界ではすでに死んでいるかもしれないなんて、そんな酷い話はないだろう。


「世界の狭間に引き込まれたというのは、帰る事は出来るのか」

「帰ったという話は聞いたことがないな。精霊王が初めて生まれてから数千年の時が過ぎている。狭間に落ちた者や召喚された者を何人も見ているが帰った者は一人もいない」

「帰る方法がないのか」


 迷宮のあれは、帰る為の手がかりにはならないのか。

 だとしたら、ユーナの世界の言葉に見えただけだっていうのか。


「帰る方法は、人により異なると言われている。そういう話は聞いたことがある」

「帰る方法があるんだな」


 どうした、俺。

 帰る方法があると聞いて嬉しいのに、なんか心の奥底でもやもやとした黒い感情が燻っている感じだ。


「あるとはっきりは言えない。過去の彼らがそれを見つけられなくて帰れなかったのか、分かっていても帰らなかったのか。それも分からない」

「今、精霊王が知っているこの世界の魂ではない者はユーナだけなのか」

「そうだね。他は人は知らないな」

「人は?」

「精霊なら二人ほどいるが、あの子達は記憶ははっきりとは戻っていない様だね」


 精霊というなら、その前は違う世界で人として生きていたっていう事か。

 ん? つまり、人は人に生まれ変わるわけじゃないのか。


「精霊王」

「どうした、ヴィオ。さっきよりも顔色が悪いよ」

「人は人だけに生まれ変わるわけじゃないのか」

「違うね。人が動物やエルフやドワーフに生まれ変わる事は当たり前にある話だし魔人や精霊に生まれる場合もある。虫や植物に生まれ変わる場合も勿論あるよ。勿論動物が人や精霊に等もある」


 頭が混乱してきて黙り込む。

 この世界の人族の間で信じられているイシュル神の教えでは人は、人は死んだ後イシュル神が見守る場所で眠りにつくとされている。

 ラウリーレンや精霊が生まれ変わりを繰り返したのと同じことを人も動物もエルフもその他の生き物もしていたなんて、すぐには信じられない。

 そしてそれ以上に、もしかしたらユーナが生まれ変わりをしていたかもしれないなんて信じられないし、考えたくもない。


「……そうか。精霊王、もしユーナが生きたまま異世界渡りをしていたとして、帰る手がかりはどうやって見つけたらいい。何か知っている事はないのか」

「どこかにあるどこにでもある」

「どこかにある? どこにでも?」

「必要なのは帰りたいと思う心だと、聞いたことがある。強く思い続けることで道が開けると」


 強く思い続けることで道が開ける。

 だとしたら、リナはどうして見つけられなかった。

 帰りたいとずっと泣いていたのに、どうして。


「もしヴィオは、ユーナが帰りたいと思い続けその道があったならユーナを帰してやるのかな」

「そのつもりだ。俺はユーナが生まれ変わったとは思えない。ユーナ自身帰りたちと願っている。それなら俺はユーナが帰る為にどんな事でもしてやりたい」


 ユーナを好きだという気持ちに嘘はない。

 好きだという気持ちをユーナに伝えるつもりはない、俺はユーナを困らせたいわけじゃない。ユーナが大切でもユーナの幸せが家族のもとに帰るという事なら、絶対に帰してやりたいんだ。


「そうか。それならば、私の子供である精霊がお前達にした罪の償いに、見てやろう」

「見る?」


 首を傾げる俺の前で、精霊王はユーナの近くに寄り右手でユーナに触れた。


「遠くより届く願い、思い、魂は孤独に耐え、優しさに涙する。その思いが誰かに触れ、憎しみ、怒り、悲しみ、慈しみ、愛す。いつか辿り着く場所は遥か彼方、神が守るその場所で、安らかな眠りを永遠の眠りを……今許されざる道を開く」


 精霊王の声は小さくて、俺にはよく聞こえない。

 精霊王の言葉はそのまま植物の蔓に変化した様に見えた。

 光植物の蔓。

 その蔓がユーナの体を包み込む。


「帰りたいと願っている。帰れないと諦め嘆き悲しんでいる。そうだ帰れない、道が見えない。いいや見える。揺れている、どちらに行くか、行けるのか」

「精霊王?」

「ヴィオ、ユーナのは見えない」

「どういうことだ」

「今の魔法は精霊王である私の命を百年削って行った禁忌の魔法。これは対象者の心の奥底に入りこみ過去の出来事を探ると共に、この先どう生きていくかを見ていくものだ。だがユーナの過去も未来も私には見えなかった。未来はともかく過去は見えて当たり前だというのに、ユーナが生きたままこちらに来たのか命が尽きて魂が異世界渡りをしたのかすら分からなかった」

「帰れるかどうかも分からないのか」


 精霊王は道が見えない、いいや見えると言っていなかったか?

 見えた物が道では無かったのか、それとも本当に見えなかったのか。


「何も見えなかったのか」

「おぼろげに見えた物はある。だがあれは未来とは言えない。心が揺れ過ぎているのか未来が何かの理由で定まっていないのか、それすら分からなかった」

「そうか、折角見て貰ったのに申し訳なかったな」


 精霊王が禁忌と言われる魔法まで使い調べてくれたのに分からないとは思わなかったが、こなったら仕方ない。

 やっぱり迷宮の、あの手がかりになのかどうかも分からないものを探していくしかないのか。


「いいや、推測でしかないがユーナは魂が異世界渡りをしたのでは無いのではないかと思う」

「何故そう思うんだ」

「ユーナが暮らしていた世界で命を落とし魂が異世界渡りしてこちらの肉体を得たのなら、元の世界には帰れないという未来が少なくとも浮かぶ筈だろう。ユーナのいた世界で死んだ者を生き返らせることは出来ないだろう? 死者蘇生の魔法があれば別だが、それはこの世界でも難しい」


 それじゃあ、少なくともユーナにもう帰れないだろうと言わなくてすむのか。

 まだ希望はあると伝えていいんだろうか。


※※※※※※

ギフトとレビュー頂きました。

ありがとうございます。

最近ヴィオの言動が低年齢化してきた気がしていたので、イケオジの文字にホッとしています。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る