ポポを迎えに5

「分かった分かった。でも大声は禁止だ」

「あ、そうでした。えぇー、どうしましょう。もっと長いの……出来ちゃう?」


 調子に乗ってユーナはもっと長い香をと言い出したから、ぎょっとする。

 最初からユーナ張り切り過ぎなんじゃないのか、本当に大丈夫か?

 出来ちゃう? じゃないだろ。

 なんでそう軽いのか分からないが、下層な内に慣れていた方がいいのは確かだから悩む。

 ここは名無しの迷宮だし、最上層でも俺が簡単に屠れる魔物しか出てこない。

 ユーナが練習をするには適した環境だ。

 なにせ、他の冒険者が全くいない層で練習出来るんだから。


「ヴィオさん、私もう少し練習したいです」


 俺の心配をよそに、ユーナはきっぱりとそう言った。

 こういう感じのユーナは、俺が何を言っても止まらない。

 それはここ一ヶ月ちょっとで理解した、ユーナの性格だ。


「無理してないな」

「はい、してません。私出来ます」


 言い切るユーナに、俺は諦めのため息を吐く。

 ユーナの顔色を確認しつつ、元気そうな様子に二番目に効果時間が短い香を出す。


「これはちょっと長いぞ。途中で無理だと思ったら声出せよ」

「はい」


 ユーナから離れて香に火を点ける準備をする。

 この香の効果は四半刻。

 さっきの香と比べたらだいぶ長い。

 ユーナは本当に大丈夫なんだろうか。


 不安にはなるけれど、ユーナが駄目だと判断したら俺が助けに入ればいいだけだ。

 この迷宮の魔物程度なら、俺が遅れを取るわけがないんだから。

 そう思うから初心者冒険者のユーナの決断が無謀だと思いながらも、俺は止る事はしないんだ。

 俺はユーナが強くなろうとしている事が嬉しいから、危ないと分かっていても止められないんだ。

 指導者としての判断なら間違いだと分かってるが、止められない。


「いいか、三つ数える。香に火を点けたら魔物の出現が始まる。効果は四半刻だ、大丈夫か」

「大丈夫です。迷宮の魔素がある限り私魔法を打ち続けられますから。大丈夫ですよヴィオさん、私絶対に大丈夫です」


 笑うユーナに不安を覚えながら、俺は香を準備する。


「いいか、いくぞ。三、二、一!」


 香に火を点けて、俺はユーナの魔法の邪魔にならない位置に急いで移動する。

 ユーナは広範囲攻撃魔法を使うから、俺が邪魔していると攻撃が出来なくなる可能性があるから、瞬時に魔物が出現する位置を見定めて移動する。


「いきます! かまいたち!」


 ユーナは危なげなく風属性の中級魔法を放った。

 そこからのユーナは、俺が呆れる程にやりたい放題だったんだ。



 

「あのさ、ユーナ」


 目の前に大量に落ちてる素材と魔石に、俺は苦笑いするしかない。

 ユーナは本気で魔法を打ち続けた。

 連続魔法なんて聞いたことないが、まさにそれなんじゃ無いかって位の早さでユーナは魔法を打ち続け、魔物の姿が見えたのは幻なのかと言わんばかりに魔物を狩るものだから、ユーナが狩る速度に魔物の出現が間に合っていなかったんじゃないかと思う程だ。


「凄ーーいっ。ヴィオさん、大量ですね」

「ヴィオさん、大量ですねじゃないぞ」


 四半刻魔物を狩り続けた割にユーナは元気だった。

 元気すぎて心配になる程で、つい大丈夫かと聞けばコクコクと元気に頷く。


「しゅーのー!」


 脳天気な声と、指をパチンと鳴らす仕草に唖然としていると、ユーナはニコニコ顔笑顔でその場に崩れ落ちた。


 はっ?

 

 間抜けな俺は、ヘナヘナと地面にへたり込むユーナに慌てて駆け寄るしか出来なかった。


「ユーナッ」

「……ヴィオさん?」


 ユーナを抱き起こし顔を覗き込む。

 ユーナの顔が赤い。

 赤いだけじゃなく、目付きが少しおかしい? 寝ぼけている様なとろんとした目をしている。


「ユーナ、ちょっとごめん」


 額に手を当て、首筋にも触れる。

 周囲の気配を探りながら、ユーナの様子を観察する。


「ユーナ、気分は悪くないか。吐き気は?」

「大、丈夫ですけど、立てそうにないかも」


 素直に体調を告げるユーナに、俺はマジックバッグから水筒を取り出しユーナに水を飲ませる。


「ユーナ、今朝から体調良くなかったのか?」

「いいえ、今朝は食欲もありましたし、元気でした」

「そうか」


 俺の目から見ても迷宮に入る前のユーナの体調がおかしかった様子は無かった。

 だけど今のユーナは、今朝と全く違う。

 明らかにユーナは発熱している。

 さっきまでの子供がはしゃいだような様子も実は体調がおかしかったのだと、今なら分かる。


「ユーナ、戻ろう」

「え、少し休めば大丈夫ですよ」

「駄目だ、ユーナ分からないのか熱が出てるぞそれもかなりの高熱だ」


 予想外だったのだろう、ユーナは目を見開いた。


「熱なんて、どうして。え、私熱なんて」

「すまない、ユーナが魔素に慣れていないのを軽く見ていた。俺の判断が甘かったんだ」


 今朝ユーナの体調は悪そうには見えなかったのに、こんなに今熱が高い。

 この状態で思い当たるのは一つだが、本当にそうなのか自信がない。

 でも、こうなるかもしれないと考えていなかった俺の失態だ。


「すぐ外に出よう」


 急ぎ出口に向かおうとして、転移してギルのところに向かった方が早いかと考えて止めた。

 俺が転移の魔法を使えるなんて公言してないのに迷宮から出て来なかったら迷宮の門番達が騒ぐだろう。

 とりあえず迷宮の外に転移で出よう。

 走っても大差ないかもしれないが、体の負担になる。

 

「判断が甘かった?」

「判断が甘いというか、それを想定してなかったのが悪いというか、それがあっているかどうかも分からないんだが」

「あの、どういうことですか」


 なんて説明をしていいのか、悩む。

 ユーナの状態は一言で言えば魔素の吸いすぎと言われるものだと思うんだが、俺も話に聞いたことがあるだけで、経験が無いから本当にそうか分からないんだ。


「悪い病気ですか?」

「違う、多分なんだが」

「多分?」

「ユーナは短期間で魔物を狩りすぎたんだ。説明は後だ、とりあえず迷宮から出よう。甘い花の蜜、綺麗な小石、光る苔、くるくる回る金の指輪……かの場所への道を開け精霊の門」


 ユーナを横抱きにしながら、転移の魔法の詠唱を早口で行うと迷宮の外に出た。


「お疲れ様ですヴィオさん、今日は早い……ユーナさんどうしたんですか、怪我ですか?」

「あ、ああ、魔力切れ寸前まで行ってな、回復薬は飲ませたんだが今までここまで魔力を使った事が無かったから少しふらついてるんだ。今朝ちょっと調子が悪そうだったからそのせいもあるのかもしれない」


 魔法使いは魔力切れ寸前まで魔力を使い過ぎると、体が思う様に動かせなくなる。

 魔力回復薬を飲んでもすぐにその症状が良くならない者もいるから、言い訳には最適だ。

 ユーナの今の状態は、魔素になれていない子供が魔素の濃いところに行った時になると以前どこかの孤児院で聞いた症状に似ている気がする。

 だが、あの時これが出るのは本当に小さい子供だけで、ある程度大きくなれば魔素に身体が慣れているから、少しくらい魔素が濃い場所に行っても問題は無いのだと言っていた。

 あの時、どう対処すればいいかまでは聞かなかったのが、今更悔やまれる。

 ギルが対処法を知っていると良いんだが。


「魔力切れをしたことがないんですか、それじゃ辛いでしょう。早く休ませてあげて下さい」

「ああ、じゃあな」

「お気をつけて」


 門番に挨拶して急ぎ足で宿に戻ると、受付から女将が慌てた様子で出てきてしまった。


「ユーナちゃんどうしたんだい。顔が赤いじゃないか」

「ちょっと熱が出ているみたいなんだ。ふらついてたからこうしているだけで大したことはないんだが。今日は部屋で休ませる」

「そうかい。薬師にはみせたのかい」

「手持ちの薬があるから大丈夫だ。迷宮に入り始めたばかりで疲れもあるんだろうから、ゆっくり休ませれば大丈夫だと思う」


 迷宮からここに来るまでの間、ユーナはぐったりと目を閉じている。

 意識はある様だが、心配で女将への対応がぶっきら棒になってしまう。


「分かったよ。何かあったら声かけておくれ」

「あぁ、ありがとう」


 早くユーナを寝かせて、ギルを呼びに行かなければ。

 俺は焦りを見せないようにしながら、階段を駆け上った。

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