ポポを迎えに6

「ヴィオさん、私大丈夫ですよぉ」

「ユーナ、熱あるんだぞ、吐き気とかは無いか? とにかくベッドに」


 部屋に入るとユーナのマントを脱がせて、ベッドに寝かせようとしたのに何故か

ユーナは自分は大丈夫だから宿の調理場に行くと言い張った。


「大丈夫でぇすよ。ほぉら」

「ほぉらじゃない、なんで回ろうとするんだ、そんなふらついてるのに」

「だってぇ、ヴィオさん私が大丈夫だって言ってるのに、信じてくれないんですもぉん。だかぁらぁ、大丈夫なところを見せようと思ってぇ」


 熱のせいなのか、口調までおかしくなっているとユーナは気が付いていないらしいのが余計に焦る。

 これ、一人にして平気だろうか。

 迷宮からギルドに行くより宿の方が近いし、早く寝かせなければとこっちに連れてきてしまったが、間違いだったろうか。


「大丈夫かもしれないが、熱があるんだから大人しく寝てられるか、俺はギルを連れて来るから、すぐに戻るから」


 話に聞いていた症状よりユーナの症状は重い気がする。

 俺が聞いていた症状は、元気だった者の顔が魔素の濃い場所に長時間いただけで突然赤くなり高熱を出してふらついて歩けなくなるというものだ。

 魔素の濃い場所に居続ける、回復薬等を飲ませると悪化するからなるべく早く魔素の濃い場所から離れるという対処方法は症状と一緒に聞いていたんだが、その後どうしたらいいのかまでは聞かなかったのが今更ながらに悔やまれる。

 

「一人?」


 ベッドに入るのを嫌がるから、何とか椅子に座らせながら言うと、ユーナはこてんと首を大きく傾げて俺を見上げる。

 俺を見上げているが、とろんとした目で視線は合っていない様な感じで、暫く俺を見続けたユーナはへらりと笑い顔になった。


「一人で待ってます?」

「ユーナが一人でいるんだぞ。大丈夫か」

「あ、まだ浄化してなかったですねぇ。浄化ぁ」


 何となく俺の話を聞いていない感じで、ユーナは浄化を掛けるが魔力を込めすぎたのか部屋全体にまで掛けてしまったらしい。

 煤けた様にくすんだ色の部屋の壁も、ベッドに掛けられた毛布も新品の様に綺麗になってしまったんだ。


「ふにゅう」


 ふにゅう?

 天井まで綺麗になっているってどれだけ魔力込めたんだと、呆れて天井を見つめていた俺はユーナの変な声にぎょっとして視線を下に向けた。


「ユーナ!」


 今魔法を使ったのが悪かったのか?

 ユーナは椅子からずるずると滑り落ちようとしていた。


「ヴィオさ……?」


 ユーナの体を支え抱き上げると振動を与えないようにベッドに向かい、そっと体を横たえる。


「わ……だいじょ……ぶ」


 まだ大丈夫だと言い張っていたユーナは、そのまま目を閉じてしまった。


「ユーナ」


 毛布を掛けて、額に手を当てるとさっきよりも熱が上がっている様だった。

 

「ギル、対処方知ってるんだろうか」


 知っていなくても、魔素が原因かどうかギルなら判断出来ないだろうか。

 ギルドに向かうべきだったか、ギルを呼びに行く時間が惜しい。


「転移、使えるか?」


 俺の魔力量ではギルドまで飛べないだろう、この部屋にどれだけ魔素があるか分からないが試してみるか。


「甘い花の蜜、綺麗な小石、光る苔、くるくる回る金の指輪……かの場所への道を開け精霊の門」


 迷宮で使った時よりはだいぶ弱々しい魔法陣が浮かび出て魔法が発動したんだと分かった。


「ギルドのギルの執務室」


 場所だけをしっかり頭に思い描いて、俺はギルの元に飛んだんだ。



「うっ、なんだこれ」


 何とか執務室に飛べた俺は、着いた途端激しい頭痛に襲われて床に蹲った。


「ヴィオどうしたんですか。顔色が悪いですよ」

「だ、大丈夫、ちょっと頭痛が酷くて、さっきまでなんともなかったんだが転移の魔法を使ったら突然」

「あなたまさか自分の魔力で飛んで来たんじゃありませんよね、それ魔力切れの症状ですよ」


 魔力切れ? 魔素だけでは足りなくて自分の魔力を使って飛んだってことなのか?


「ほら、魔力回復薬です。飲んでください。人族の物よりも効くのが早い筈です」

「ああ、すまない……凄い味だな」

「味は最悪ですが、効き目はいいんですよ」


 ギルがくれた魔力回復薬は酷い味だった。

 青臭くて酸っぱくてどろりと甘く喉に張り付く。

 だが、飲んですぐに頭痛は無くなったから、やはり魔力切れだったんだろう。


「ありがとう、助かった。いくらだ」

「この位いいですよ。あなたには稼がせて貰いましたからね。それよりどうしたんですか、転移する程急ぎの用事なんて」

「すまないが、ユーナを診て貰いたいんだ。迷宮の中で突然高熱を出してふらついて歩けなくなったんだ」

「なんですって? 体調を崩していたんですか」

「いいや、今朝は元気だったし、迷宮の中では元気に魔物を狩りまくっていたんだ。ユーナが魔物寄せの香を使って魔物を狩ってみたいというから一番効果の短いのを使って、それで大丈夫そうだから四半刻のものを使って、その後なんだか急にはしゃぎだしたと思ったら、その場に座り込んで」


 こんな説明で状況が分かるだろうか、不安に思いながら話すとギルは眉間に皺を寄せ考え込み始めてしまった。


「確かユーナは魔物を狩ったのは迷宮に入ったのが初めてなんですよね、初日にラウリーレンが集めた魔物を大量に狩って、次の日にも魔物が延々と出て来るところで狩り続けた」

「ああ」

「その時は何ともなかったのに、今日突然その症状が出たのですか?」

「そうだ」

「昨日やおとといは具合が悪くなった様なそぶりはありませんでしたか、今日は何か特別な物を狩ったか、したかしましたか」


 特別な事なんか、何も……何かあったか?

 だが、今日のユーナはいつもよりも調子がよさそうに見えた。

 魔素を使って魔法を使っていて、魔力が減らないからいくらでも戦えると言っていた位だ。


「具合がなった感じは無かったんだ。魔力が減らないからいくらでも戦えると言っていて、好きなだけ魔法が使えると」

「どういう事ですか」

「トレントキングに昨日精霊の台所の使い方をユーナが習ったんだが、その時に精霊魔法は魔素を使った方がいいと教えられて、慣れてくれば普通の魔法も魔素を使って魔法を放つ事が出来ると言われたんだ」


 ギルはユーナに魔力を使って精霊魔法を使わせていて、魔力の無い俺には魔素を使う様に言っていた。

 だが、トレントキングはユーナに魔素を使う様に勧めたから、ユーナは今日それを精霊魔法以外でも使えないか試したんだ。


「つまり、ユーナは今日迷宮で普通の魔法を魔素で発動していたという事ですか、そして魔物を大量に狩っていた? その結果熱を出した」

「そうだ、以前魔素に慣れていない幼い子が魔素の濃いところに行くと熱を出すことがあるという話を聞いていたから、俺はそれなのかと思って急いで迷宮を出て来たんだ」


 ギルは焦った様な顔で執務机の引き出しを開け、いくつかの魔石を取り出した。


「ギル?」

「それは魔素を取り込み過ぎた症状です。やっぱりユーナは魔素に慣れていないんですね。だから使わせなかったというのに」

「駄目だったのか?」

「駄目と言えば駄目、そうじゃないといえばそうじゃない。……この位あれば足りるでしょうか。ヴィオ、ユーナはどこにいますか」

「宿の部屋だ」

「分かりました。じゃあ、……そうだ、魔素が薄い場所でヴィオが魔法を使う方法を教えましょう。いい機会です」


 魔素が薄い場所で魔法を使う?

 さっきみたいに魔力切れになりながら、魔法を使うってことか?


「ヴィオ、今何か魔石を持っていませんか」

「一つ目熊程度で良ければ山ほどあるが」

「それでいいでしょう。それを両手に一つずつ持って、詠唱しながら転移する場所を思い浮かべて下さい」

「分かった。甘い花の蜜、綺麗な小石、光る苔、くるくる回る金の指輪……かの場所への道を開け精霊の門」


 マジックバッグから魔石を二つ取り出し、両手で持つと詠唱を始める。

 さっきよりもだいぶはっきりした魔法陣が浮かび上がり、俺はギルと共に宿の部屋へと飛んだ。


「と、ととととっ」


 よろけながら何とか飛んだ俺の手には、色が透き通った魔石だけが残っていた。

 だが、今度は魔力切れにならず飛べた様だった。


「……ヴィオ、その魔石をユーナの手に握らせて」

「あ、ああ、ユーナ手を出すぞ」


 俺がギルのところに行く前よりもユーナの顔は赤くなっている様に見えるし、声を掛けてもピクリとも動かない。

 毛布の中から腕を出させ、魔石を握らせると魔石の色がどんどん濃くなっていくのが分かった。

 これ、魔力を充填してる?


「ギル、これはどういうことだ」

「説明は後です、色が濃くなったら次の魔石と交換して下さい。色が濃くなるのが早すぎますね。困りました、これでは足りないかもしれない」


 一つ目の魔石の色が元の色よりも濃くなり過ぎた様に見え始め、次の魔石を持たせるがまたすぐに色が濃くなって行く。

 ギルが持って来た魔石すべてを使っても、ユーナはまだ目を覚ます様子も無ければ熱が下がった様にも見えない。


「ヴィオ、空の魔石は持っていませんか」

「無いな。魔道具の魔石は俺は使い捨てにしてしまっているからな」


 魔石なんてマジックバッグの中に死蔵しているのが沢山あるから、魔道具に使う魔石は基本使い捨てだ。

 普通は魔道具の魔石の魔力が少なくなると、魔力充填屋のところで必要な分入れて貰うものだが、そんな手間かけるよりその方が早いから魔力が無くなった魔石なんて持ってはいなかった。


「そうですか、どれだけ魔素を体内に貯めたのか分からないですが、こうなるとポポを連れてくるしかありませんね」

「ポポを? だが、もう迎えに行って大丈夫なのか?」

「ええ、今は精霊王の元で教育をしてもらっているだけですから、迎えに行っても問題はありません。ただ夜はまだ精霊の国で過ごした方が良いらしいですね。なにせポポは級に格が上がってしまって知識が格に合っていないのです。暫く精霊王がポポを教育すると言っていましたから。夜間は体を休めつつ教育を受ける必要があるのですよ」

「そうか、じゃあ、精霊の国にポポを迎えに行くか」


 またユーナを一人にしないといけなくなるが、大丈夫なんだろうか。


「ユーナを連れて行った方が早いでしょう。ユーナはまだ目は覚めそうにありませんか」

「ユーナ、起きれるか。ユーナ」

「……まだ、駄目そうですね。仕方ありませんそのままユーナを抱き上げて連れて行きましょう」

「分かった」


 毛布を剥いでユーナをマントで包むとそのまま横抱きに抱き上げる。


「今度は私の魔法で行きましょう。さすがにここから精霊の国まで三人の転移はヴィオには難しいでしょう。さあ、私の隣に。甘い花の蜜、綺麗な小石、光る苔、くるくる回る金の指輪……かの場所への道を開け精霊の門」


 俺が出した魔法陣より輝きが全く違う転移の魔法陣を出し、ギルの魔法で俺達は精霊の国に飛んだんだ。

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