いい加減にしろ3(ニック視点)

「お、おいリナ」


 リナの大声に俺は狼狽えて二人の顔を交互に見た。

 朝の清々しいこの時間に、なんでこんな状態になってるんだろ。


「あんたいい加減にしなさいよ。私がどこに行くって? ふざけんな、ドニー達は良い子達だけど違うパーティーでしょ。私ははやぶさの、あんた達とパーティー組んでるの他になんて行かないわよ。はやぶさは私達とヴィオさんのパーティーよ、そこからどこかに行くなんてあるわけないでしょ。脳みそまで二日酔いになってんじゃないわよ」


 リ、リナが怖い。

 こんな凄い勢いで大声上げ続けるなんて、リナのこんな姿初めて見たよ。

 ポールもリナの勢いに後退ってる、そりゃそうだよ怖すぎるって。


「だいたいニックと二人で朝出掛けてるだけで恋人ってどういう思考なのよ。馬鹿なの? 二人で仲良く歩いてたら好きなんだなんて思うのは三つの子供と同じよ。単純思考、筋肉馬鹿、脳みそまで筋肉なんでしょ、そうよきっとそうだわ、こんな馬鹿だと思って無かった知らなかったわ。馬鹿過ぎだわ」


 リナの口調の荒さに本気で怒ってるんだって分かるけれど、あまりにいつもと違い過ぎて俺が怒鳴られてるんじゃないのに、顔が引きつって来る。


「大体真剣に鍛錬してるってのに、くだらなく恋愛に結び付けて何なのよ。私の事もニックの事も馬鹿にしてるんじゃないわよ。こっちはね、一日も早く迷宮を攻略してヴィオさんを探す旅に出るつもりで毎日頑張ってるっていうのに、飲んだくれていじけて八つ当たりしてふざけんな。ばーかっ!」


 こ、怖い。リナが怖すぎる。

 俺、こんなに怒って怒鳴る女の人、今まで見たことない。

 トリアはすぐに怒るけど、あれって俺達が揶揄ってたりふざけたりしててトリアをわざと怒らせてるところもあるから平気だけど。

 リナはいつも怒ったトリアを宥める方だったんだ。


「た、鍛錬。毎朝?」

「そうよ、毎朝よ。あんたは出掛けるギリギリまで寝てるけど、ニックは早起きして走り込みして素振りしてんの。ヴィオさんが出て行ってからずっとそうやって前に進もうって頑張ってんの。トリアだってジョンだって頑張ってるの。魔法をもっと覚えようと頑張ってるし、回復薬とか備品の管理や買い出しを私と一緒にやってくれる様になったし、ヴィオさんに任せっきりだったって反省しているの。皆、後悔して落ち込んでたけど、そこで立ち止まってないわ。悔やんでいてもずっと泣いてたって仕方ないから努力してるの。全部、ぜぇんぶヴィオさんともう一度迷宮攻略する為にしてんのよ。元気で平気? 泣いてたらヴィオさんが戻って来てくれるわけ? それなら体の水分全部出る位泣き続けるわよ、暗く沈んでたらヴィオさんが心配して戻って来てくれるの? それなら膝抱えて部屋に籠って外になんか出ないわ。でも違うでしょヴィオさんは一人で出て行ったの、私達に迷惑が掛かるなんて変な誤解して出て行っちゃったの。だからこっちから探して追いかけない限りヴィオさんと二度と会えないの、分かる? 泣いてたら駄目なの、立ち止まってたら駄目なの!」


 リナはポールに言っている様で、自分自身に言い聞かせてるみたいだ。

 ヴィオさんを追いかけたい、すぐにでも追いかけてヴィオさんを探して、でも今の俺達じゃ力が足りないから、ヴィオさんが一緒に行動してくれると言ってもきっとまた甘えてしまうから、ちゃんと力を付けなきゃ駄目なんだ。


「リナ、リナはヴィオさんを忘れるつもりなんじゃ」

「そんなわけない、私は忘れない。ヴィオさんは私を連れて言ってくれなかった。いつもついて来るかって聞いてくれていたのに、今回は何も言わずに一人で出て行っちゃった」


 リナは行くところもなく一人でいて、魔物に襲われそうになったところをヴィオさんに助けられたんだって、昔聞いたことがある。

 俺達と出会う前の話だ。

 出会った最初の町でリナを働かせてもらえるところをヴィオさんは見つけようとしてくれてたらしいけれど、リナはヴィオさんと離れたくなくてヴィオさんについて行きたいと頼んだんだそうだ。

 俺は気が利かないし、女の子だからって優しくしないがそれでもリナが来たいならそうすればいい。そんな様な事を言ったらしいんだ。


「ついて来るかって、聞いて欲しかった。自分が足を引っ張ると分かってたから私からは言えなかったけど、本当は言って欲しかった。リナも来るかって」


 声が小さくなる。

 リナは俯いて、ぐすんと鼻を鳴らして、目の辺りをごしごしと擦り出す。


「後悔したわ。なんで自分は戦えないし中級の迷宮に入れないからって甘えてたんだろって、私も迷宮に入れる様に考えて行動してたら今みたいに出来たのに、そしたらヴィオさんに置いていかれたりしなかったのに」

「リナ、ごめん。俺、ごめん馬鹿だった。ごめん」


 そうかリナも後悔してたんだ。

 俺達がヴィオさんに頼り切りだったのを後悔してたのと同じ、いいやそれ以上にリナは後悔してだから中級の迷宮に入れる方法を考えたんだ。


「謝る必要なんかないわよ。ポールが馬鹿なのは今に始まったことじゃないし」


 ぐいっと目元を拭って、リナは顔を上げるとポールの肩をドンと突き飛ばした。


「今日からしっかり攻略頑張ってもらうわよ」

「分かった。ごめん、リナ」

「もう私とニックが恋人だなんて変な妄想しないでよね。置いてきぼりになった様な気持ちでいじけてたんでしょうけど、迷惑よ」


 迷惑って、そりゃ俺も別にリナをそういう目で見てたりしないけどさ。

 その言い方さすがの俺も傷つくんだけど。


「悪かったってば。でも、本当にドニーのところに」

「行かないわよ。あんた馬鹿過ぎ。私の居場所は、ドニー達のところじゃないわ。はやぶさが私の居場所よ。ポールとニックとトリアとジョンが仲間なの。パーティーはやぶさの五人で迷宮を攻略したらヴィオさんを探しに行くのよ。いい、忘れないで一日も早く迷宮攻略してヴィオさんを探すの。攻撃の要はポールなんだから、いつまでも腑抜けてないで気合いれてよね!」


 バンバンと今度はリナの手がポールの肩を叩いた。

 鎧をつけてるポールの肩をそんな風に叩いたら、痛むのはリナの手の方じゃないかって思うんだけどいいのかな。


「分かった。分かったから叩くなよ。リナ、俺は平気だけどリナの手が痛いだろ」

「確かに痛いけど、いいの。気合を入れてるの」

「わけわかんねえ。あーでも、泣かせてごめん」

「そこは気が付かない振りしてよ。そういうとこだけヴィオさんに似なくていいんだからね」


 それ、リナがいつも言ってた「ヴィオさんそういうところですよ」って奴かな。

 ヴィオさん、確かに気遣いあんまりする人じゃなかったよなあ。

 優しいし思いやりあるけど、細やかな気遣いとかは皆無だった。


「そんな、確かにヴィオさんってそういうとこあったけど。でも、ああいう大雑把な気遣いがありがたい時もあったよ。ヴィオさんて基本優しいじゃないか」

「優しいわよ。あの人、お人よしで優しくて天然の人たらしでさあ、ちょっと目を離すと誰かを助けてるし、餌付けしてるんだから。きっと今も似た様な事してるわよ。迷宮で誰か助けて若い冒険者達から慕われまくってるわ」

「うわあ、やってそうだそれ」


 二人の会話が昔に戻っている。

 ヴィオさんが出ていく前はこうやって二人でヴィオさん談義をするのが常だった。

 

「はあ、ヴィオさんに会いたいなあ」

「会いたいなあ。よし、一日でも早く迷宮攻略するぞ!」


 うおおおっ叫び声を上げてポールは自分に気合を入れている。

 ああ、ポールはもう大丈夫だ。

 大声を上げるポールをリナは微笑ましそうに見ている。

 

「よし、リナいつものところまで走るぞ。ポール二日酔い大丈夫ならお前もやっていけよ」

「え、俺まだ回復薬飲んでない、まあいいか」

「よし、走るわよ! 一番遅かった人が串焼き奢ること! 行くわよ!」

「え、リナ。は、早っ。自分だけ身体強化掛けるのずるいぞ!」


 凄い速さで走りだしたリナを追いかけて、俺とポールも走り始めた。

 

「リナ、ずるいぞ」

「ずるじゃありませーん!」


 笑いながら走っていくリナを俺達は追いかけた。

 ああ、俺達は大丈夫だ。

 きっと俺達は大丈夫だ。

 迷宮を攻略して、ヴィオさんを探しに行くんだ。きっと。

 心に誓いながら俺はリナを追いかけたんだ。


※※※※※※

レビュー頂きました。

ありがとうございます。

百話超えてもまだ最初の迷宮という、展開の遅さですが引き続き読んで頂けたら嬉しいです。


リナ:ついて来たいならくればいい。俺はでも優しくないぞ。

ユーナ:ずっと一緒にいるから、一人で泣くな。

リナと出会った時のヴィオは若かったこともあるんですが、今回ユーナとの違いにリナが気の毒過ぎて……ヴィオ酷いなあと書いていて思った次第です。

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